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第16話 スキルスクロール

俺たちは買取所を後にすると、スキルスクロール販売所の方向へと歩き出した。2人とも33万ほどのダンジョンポイントがある。


辿り着くと、そこはガラス張りの大きな建物で、入口には警備員が数人立っている。中に入ると、監視カメラがいくつもあり、警備員が至る所に立っているのが見えた。


「さすがに厳重ね」


「置いてあるものがとんでもなく高価だからねぇ」


中にはEランクからAランクまでのスキルスクロールがあり、そしてエリアごとに魔法系や物理系、支援系、自己強化系と分かれていて、その中でも常時発動と任意発動で分かれている。


勝手に使用されることを防ぐために、全てのスキルスクロールが強化ガラスのケースの中に納められており、買うには専用のスタッフを呼ぶ必要があるみたいだ。

巻物一つ一つにタグがつけられていて、価格と簡易な効果説明が表示されている。


「おお…見てるだけでも緊張するなぁ」


「そうね…」


俺たちは自然と声を潜めていた。周囲の探索者たちも、皆どこか真剣な表情で巻物を眺めている。


俺達はもちろんEランクのスキルスクロールにしか手が出せないので、Eランクのエリアを巡っていると、一之瀬さんがふと俺の袖を軽く引いた。


「ねぇ、あれ…気配遮断ってあるわよ」


一之瀬さんが指さす先のガラスケースに貼られた商品名を見ると、確かにそう記されていた。


《気配遮断》

【分類:任意発動】

20秒間、一定距離外にいる存在からの認識率を低下させる。


「おお…これ良いな」


「ふふ、いくらかしら?」


表示されていた価格は21万。今の俺のポイントで買える額だった。


「買えるな…でも俺、実は魔法系が欲しいんだよね」


「魔法系?どうして?」


「レベル1のうちにステータスの"気"を訓練で上げときたいんだよね。魔法スキルがなきゃ無理だからさ」


「あぁ〜、確かに…確かにそうね。私も買おうかしら」


「いいんじゃない?ステータスを上げられるし。

…でもやっぱ気配遮断も良いよなぁ。いや、とりあえず魔法系を見に行ってみようよ」


「ええ、そうね」


一之瀬さんと一緒に、魔法系スキルスクロールのエリアへと向かった。さっきの場所とは違い、魔法系は少し雰囲気が違う。

展示棚の色調も落ち着いた青系で統一されていて、漂う空気すらひんやりして感じる…ような気がする。


そこにはファイアボールやウィンドバレット、アイスアローなどの威力が弱めの魔法系スキルスクロールが並んでいる。

一之瀬さんも興味津々な様子で眺めているな。俺も眺めていると、1つのスキルスクロールが目に入った。


《ライトニング》

【分類:任意発動】【射程:2m〜3m程度】

【範囲:小】

小規模の雷を放つ。


値段は30万、だが俺には相性が良いスキルスクロールな気がした。

しばらくそのガラスケースの前で悩み、一之瀬さんに相談しようと探すと、すでに一之瀬さんはスタッフを呼んで魔法のスキルスクロールを買って、スキルを手に入れていた。


あの思い切りのよさは見習うべき…なのだろうか。一之瀬さんは薄く笑みを浮かべながら俺に近付いてくる。


「早いね。なんのスキルスクロールを買ったの?」


「マジックアローよ。無属性だし、汎用性が高いのよね」


「なるほどなぁ…マジックアローか。迷うなぁ」


まだ目の前のライトニングから視線を外せずにいると、一之瀬さんが少し屈んで、ガラス越しに巻物を覗き込む。


「これにするの?」


「うーん…どうしようかなって」


「別に、直感に従ったら良いじゃない。一つ目のスキルなんだし」


「…まぁ、それもそうだね」


一之瀬さんらしい言葉に、思わず笑みを浮かべる。

ガラスケースの側にあった呼び出しボタンを押すと、レジと端末が乗っている手押しカートを押している女性スタッフがやってきた。


「いらっしゃいませ。スキルスクロールのご購入ですか?」


「はい。このライトニングのスキルスクロールをお願いします」


ライトニングのスキルスクロールが入るガラスケースを指差す。女性スタッフは軽く頷いて会話を続ける。


「こちらですね。どちらでのお支払いをご希望ですか?」


「ダンジョンポイントでお願いします」


「かしこまりました。ではお支払いのほうを先にお願いします。

ダンジョンポイントですと、ガラスケースに貼られているバーコードを読み込んで頂けるとお支払いができますので」


「分かりました」


俺は探索者用のスマホを取り出して、ダンジョンポイントでの支払い画面を開いた。

ライトニングのスキルスクロールが置かれているガラスケースにあるバーコードを読み取り、確認ボタンを押す。

ピッ、と小さな電子音が鳴って、すぐに"支払い完了"の文字がスマホの画面に表示された。


「確認いたしました。それでは、スキルスクロールの取り出しを行いますので、少々お待ちください」


女性スタッフは端末を操作し、ガラスケースのロックを解除する。カチリという音と共にガラスケースが開かれると、白地に青い文様が刻まれた巻物を慎重に取り出す。


「こちらがライトニングのスキルスクロールになります。

規則として、購入したらその場で使用することを決まっていますので、よろしくお願いします。

巻物を完全に開くと使用できますので」


女性スタッフはそう言うと、スキルスクロールを手渡してきた。

受け取った瞬間、巻物の表面から微かに感じる静電気のような刺激が指先をくすぐった。


巻物を両手で持ち、ゆっくりと広げていく。中には複雑な文様と、雷の形を模した魔法陣の模様が描かれていた。

そして、それが視界に入った瞬間…


バチッ!


強めの静電気のような音と共に、巻物から眩い光が弾けた。反射的に目を細めたが、痛みや熱は感じない。

代わりに、脳の奥に直接何かが書き込まれるような、不思議な感覚が走った。そして、スキルスクロールは消えて無くなる。


「お…おぉ、こういう感じなんだ」


「良ければ、ここの裏にある広場でスキルをお試しできますよ」


「そうなんですね!一之瀬さんも行こうよ」


「ふふ、いいわよ。ちょうど私もマジックアローを試してみたかったところだし」


一之瀬さんは軽く頷くと、俺たちは魔法系スキルスクロール売り場の奥にある試用エリアへと向かった。


そこは簡易的な射撃訓練場のようになっていて、各種属性に対応した人型のターゲットが並べられている。

天井は高く、壁は耐魔法用の加工がされているらしい。


射程は短めなので少し接近して、試し撃ち用のエリアに立つ。

手に意識を向けると、雷のイメージが自然と浮かんできた。

俺の中に刻まれたその感覚が、明確に力を引き出す方法を教えてくれる。

俺は手を金属製のターゲットに向けた。


「『ライトニング』」


スキル名を口に出すと、指先から、バチバチと音を立てながら細い雷光が走る。

雷は真っ直ぐと前方へと放たれ、金属製のターゲットに命中した。


「うおっ…!」


雷は思っていたよりも発生速度が早い。

命中したターゲットはわずかに黒焦げになり、そこから煙が立ち上っていた。

想像以上の手応えに、思わず息を呑む。


隣では一之瀬さんが自分の手を前に出していた。


「『マジックアロー』」


一之瀬さんがスキル名を呟くと、手の先に薄い紫色の矢が生成されると、すぐさま放たれた。

マジックアローはギリギリ目で追える速さで真っ直ぐと飛んでいき、木のターゲットに直撃した。

ドンッと鈍い音が響くと、木のターゲットに少しだけ傷がつき、そして矢は消えた。


「静かだね。しかも早いから威力も結構ありそう」


「ええ。使い勝手が良さそうね」


少しの間2人で試していると、空が夕焼け色に染まり始めているのが見えた。


「もう夕方か。そろそろ帰る?」


「そうね。もう充分試したことだし、帰りましょうか」


一之瀬さんが小さく頷くと、試用エリアから出た。

まだ賑わっている大通りを並んで歩きながら、2人で話す。


「どうだった?初めてのダンジョン探索」


「なんとなく想像していたのと同じ感じ…だったかしら?

まぁ初日だから何ともいえないけれど、ただまぁ…」


一之瀬さんがこちらに顔を向けて少しだけ笑みを浮かべる。


「あなたを誘って良かったわ」


不意にそう言われて、少し面食らった。少し反応が遅れて俺も笑みを浮かべた。


「そう言ってもらえて嬉しいよ。またいつでも誘ってね」


「ええ。そうさせてもらうわ」


それから一之瀬さんは駅に行くというので、駅まで談笑しながら歩いた。

そして、駅に着くと改札の前で足を止める。


「じゃあ、ここでお別れね」


「うん。それじゃ、また学園で」


「ええ、またね。鈴木くん」


一之瀬さんは背を向けて、改札の中へと消えていった。

俺はなんとなく歩きで家まで帰ることにした。


(これはもう、友達と言っても過言じゃないな)


そう考えてニマニマしながら歩いていると、通行人に変な顔をされたので、慌てて表情を引き締めた。

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