「さーてと、焼き鳥屋はやってるかな〜」
ダンジョンから出た俺は屋台が並んでいる通りまで向かった。前来た時より屋台の数はかなり減っている。
店主たちも暇そうだ。歩いていると、いつもの場所に焼き鳥の屋台があった。買おうとすると、スマホを見ていたおっちゃんが俺に気が付く。
「おっ、あんちゃんじゃねぇか。買うか?」
「はい。タレ3本お願いします」
「あいよ、今から作るから座って待ってな」
「うっす」
俺はすぐ近くのベンチに座り、リュックを隣に置く。前までは事前に作り置きしてあるものを再度焼いて、味付けしていくような感じだったが、客が少ないからかそれもしてないみたいだ。
しばらくスマホを見ながら待っていると、おっちゃんに声をかけられた。
「あんちゃん出来たよー!」
「はーい」
俺は立ち上がって屋台まで行くと、焼き鳥3本が入った袋を受け取って、6000円を払う。
「まいど! そーいや、あんちゃんは千葉のダンジョンには行かねぇのかい?」
「あー、たぶん行かないですね。まだレベル2なんで」
「ほう!まだ新人だったか。それなら鉱石が採れるここのほうが稼げるまであるわな」
「そうっすね。逆に、おじさんはあっちに行こうとかはないんですか?」
「俺もたぶん行かねぇわな。後から行ったところで場所も良くねぇんだわ」
おっちゃんは苦笑いしながら焼き台の炭をかき混ぜた。
「ああいうとこは、最初の数日が勝負なんだよな。うちみたいな屋台じゃ場所も選べねぇし、客も分散しちまう。ここの方がまだ落ち着いて稼げるってもんよ」
「なるほどなぁ…それじゃ、いただきますね」
「おう。ありがとな!」
袋の中の焼き鳥から、香ばしい匂いが立ち昇る。
俺はベンチに戻って、焼き鳥を1本取り出した。甘辛いタレがしっかり染みてて、噛むたびに旨みが広がり、疲労が無くなっていく。
(疲労回復ってやっぱデカいな。疲れ果てても、これ食べれば問題無く動けるわけだし)
疲労回復などの効果が乗っている糧食が2000円とかで売ってるのも見かけたが、あれがあれば探索中にも疲労回復が出来るんだよな。まぁせっかくなら美味いもんが食いたいのが人間ってもんだが。
そんなことを考えながら3本食べきると、家を出るときと同じぐらいの元気を取り戻していた。
俺は水筒で水を飲むと袋をゴミ箱に捨てて、ダンジョンドローンを起動させて、またダンジョンに向かった。
「働くかねぇ〜」
俺はげっそりとした顔でトボトボと買取所から出て、帰路につく。
疲労回復はまぁ助かったのだが、だからといって採掘が楽しくなるわけではない。
結局17時までは頑張ったわけだが、さすがにキツかったな、主に退屈という点で。
とは言っても合計19万程度は稼いだ、重量としては100kgぐらいだったので、依頼自体は早く終わりそうだと思った。
ついでに、俺のレベルとスキルの数じゃ、この荒野になった美女木ダンジョンでは採掘が一番稼げることにも気が付いてしまった。
焼き鳥を食べて、ダンジョンに入ってからずっと採掘していたが、魔物と遭遇した回数は数回程度。それも不快なノイズラットだけだ。
もっと奥まで行けば遭遇できるかもしれないが、行ったところで死ぬだけ。つまり…
「下積み時代というわけですか…」
そんなことを呟きながら、トボトボと歩いていった。
次の日、俺は腕と肩の筋肉痛に苦しみながらも、鬼龍先生の授業を受けていた。もしかしたら力のステータス上がってたりするんじゃないかと思いながらも、真面目に話を聞く。
「今日は、"神崎啓介"という男に関しての授業だ。
もっとも、有名だから知っている者も多いだろうが」
クラスメイトたちは軽く頷いたりしている。ちなみに俺は知らない、入学式で初めて名前を聞いたぐらいだ。
「まず、ダンジョンが現れたのは、今から22年前の2015年。世界各地に続々と、ダンジョンの入口である大扉が現れた。
当然、最初は魔物が発見されたことで、危険なものだと大騒ぎとなった。
だが豊富な資源や魔法の道具の発見で、ダンジョンが有益なものとして認識されていくことになる」
鬼龍先生は淡々と語っていく。
「そして、鑑定のスキルスクロールが発見されたことで、人類に職業とステータスがあることが分かり、ポーションの素材にもなる治癒の花などの有用性も発覚した。
この時点で、日本はすでに自衛隊だけではなく、民間への開放も行っている。日本はダンジョンの数が世界で最も多く、自衛隊だけでは手が回らないというのも理由の1つだった」
へぇ、日本って世界で一番ダンジョン数が多いんだな。
「ダンジョンの出現から1年経ったある日、日本にある米軍基地の兵士たちが突如、各地のダンジョンの占領を行った。
理由は、『ダンジョン内の資源が軍事的に極めて重要であり、同盟国である日本には管理の責任能力がない』という、一方的かつ傲慢な主張だった」
教室がざわついた。鬼龍先生の語気が少し強まったのが分かる。
「当然、日本政府も黙ってはいなかった。交渉は行われたが、話は平行線のままだった。
米軍は一部のダンジョンを実力で制圧し、一部地域では探索者や自衛官との衝突も起きていた」
そんな事件があったのかと俺は驚きつつ、他の生徒の様子をちらりと見た。
皆、真剣な顔をしている。ここからが本題、って雰囲気だ。
「米軍が強引な動きをし、ロシアや中国も怪しい動きを見せていた中、現れたのが“神崎啓介”だった」
その名が出た瞬間、クラスの空気が少し変わった。
「彼は当時、自衛隊に所属していて、出現してすぐにダンジョンに入り、魔物を積極的に討伐してレベルを上げていた。
もはやダンジョンに"住んでいる"と言っても過言ではないほどに入り浸っていたそうだ。
米軍がダンジョンを占領したときのレベルは63、スキルの枠は全て埋まっていたそうだ」
63…?もはや、どれだけ強いのかも想像できないぐらいだな。
「米軍がダンジョンを占領したことで、神崎啓介はもちろん上層部に抗議したが、下手に手を出したらまずいと弱気の姿勢だった。
そうして、まず神崎啓介は自衛隊を脱退して行方をくらました。
そして同時期に、ダンジョン内の米兵が失踪する事件が各地域で多発。その数は3万人にも及んだ。
アメリカと日本が混乱に陥っている時期、ロシアと中国が日本に圧力をかけ始めた。
特に北海道と沖縄の一部ダンジョンに対し、"国際的な共同管理体制の構築"を名目に、探索部隊を派遣してきたのだ。
このとき、国際社会では日本の主権が危ぶまれる声すら上がっていた。だがその空気を、一変させたのが…」
鬼龍先生が指を動かすと、ディスプレイに映る映像が切り替わる。赤黒い岩壁の洞窟で、重装備の米兵たちが倒れ伏し、その中央に一人の男が立っていた。
「神崎啓介。行方をくらましたとされていた彼が、突如として表に出てきた。
占領されていたダンジョンに姿を現し、わずか1日で他国の探索拠点を壊滅させた」
「は…?」
その声に、クラスが静まり返る。俺も思わず声を出してしまった。
「使われたスキルは、おそらくは転移系だとされている。各地で彼の姿が確認されていて、単独で行動していたのは間違いないからだ。
そして、神崎啓介は事前にマスコミ等に声をかけて集め、日本を含む各国に声明を出した。
"日本にあるダンジョンは日本国民、そして私の物だ。まだ手を出すつもりなら、上から順に始末していく。これは単なる脅しではない"と。
その声明の後、ロシアと中国は即座に探索部隊を撤収させた。
アメリカは沈黙を守り、神崎啓介の行動に抗議の一つもできなかった。なぜなら、彼が声明を出したその日から"始末"を始めたからだ」
映像が切り替わる。戦闘の記録だろう。視点が乱れたドローン映像の中で、黒いコートの男が一瞬だけ映る。
爆発と閃光が交錯し、次の瞬間には静寂だけが残った。
「以降、日本のダンジョンに他国が介入することは、完全に無くなった。神崎啓介は、たった一人で国家間の均衡を作り出した男だ。
そんな神崎啓介のことを、日本の英雄として見ている者も少なくない」
というかまぁ、普通に英雄だよな?やり方は無茶苦茶だけど、功績が桁違いすぎる。
「お前達の中にも、神崎啓介のような探索者を目指している者がいるだろうが、彼を真似て無理をすることはやめておけ。
神崎啓介は文字通り、"次元が違う"」
鬼龍先生はそう言って、神崎啓介に関しての話を締めくくった。