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第30話 ファン?

次の日、授業が終わると、俺は黒革のリュックを背負って、聖鉄のサーベルと新しく手に入れたスキルを試すために戦闘訓練施設へと向かった。

中に入ると、受付で漫画を読んでいる男、原さんが出迎える。相変わらず白衣が似合わないほどガタイが良い。


「ん、鈴木じゃねーか」


「ども。魔物の仮想戦闘をやりに来ました」


「そうか、そんじゃ学生証を貸しな」


「はい」


俺は学生証を渡すと、原さんは端末に学生証を通す。


「魔物は何にすんだ?」


「オークでお願いします」


「了解。ほれ、学生証」


原さんは受付から手を伸ばして学生証を返してくる。


「それじゃ、2番の扉に入んな」


「分かりました」


俺は奥に進んで、2番の扉に入っていく。

中は平原のエリアのようで、足元にはわずかに草が生い茂り、風の音と鳥の鳴き声まで聞こえる。

俺は背負っていた黒革のリュックから聖鉄のサーベルを取り出して構える。


「使用者、鈴木海人を確認。難易度、初級。敵性存在、オーク1体、初期配置完了しました」


そう機械音声が聞こえると、遠方にオークが見えた。

背丈は2m程度で肥満体型だが、足や腕には筋肉が浮き出ている。そしてかなり雑な作りの木の棍棒を手に持っている。

オークは俺に気が付いていない。


「『気配遮断』『斬撃強化』」


スキル名を呟く。サーベルの刃の部分が白く光るが、気配遮断は発動している実感は全くない。


気配遮断の効果時間は20秒なので、足早に、そしてなるべく足音を立てないようにオークに接近していく。

視界に入らないよう接近していくと、サーベルの間合いに入った。俺はサーベルを横薙ぎに振るって、オークの腰辺りを斬り裂いた。


オークは倒れて光となって消える。斬撃強化の効果が切れ、刃の光は消えた。


「うん。悪くない……っと」


気配遮断の効果が切れたようで、体にドッと疲労感が襲ってくる。


「次のオークを配置しますか?」


「いや、少し休憩する。始めるときに声をかけるよ」


「かしこまりました」


俺はその場に腰を下ろして休憩する。じわじわと疲労感が引いていくのが分かる。

スマホで調べてわかったことだが、気配遮断の認識率低下は、自身の匂いや発する音、姿などを認識しづらくなるというものだ。

あくまで認識しづらくなるというだけで、強い匂いや大きな音をたてればさすがに気付かれる。


それでも効果は強力だ。その分、効果が切れたときの体力の消耗は激しいが。

疲労が和らいできたのを確認すると、俺は立ち上がった。


「また同じ感じでオークを配置してもらえる?」


「かしこまりました」


すると、また少し遠くにオークが出現する。

今度は気配遮断を使用しないで、正面から戦ってみる。意図的にオークの視界内に入ると、オークがこちらに向かって走ってきた。

肥満体型にしてはそれなりに素早い。ライトニングの間合いに入るのを見ると、俺は左手をオークに向ける。


「『ライトニング』」


バチィ!と乾いた音を響かせ、細い紫の雷がオークに直撃する。オークは怯んで動きが鈍くなるが、それでも構わずに襲いかかってくる。

オークが棍棒を振り下ろしてくる、それを横にステップして避けると、棍棒が地面に深くめり込む。

隙を晒しているオークの首を、サーベルで斬り裂いた。

オークは倒れて光になり消える。


「うん。悪くないね」


さっきよりも明確に手応えを感じる。気配遮断の奇襲だけじゃなく、正面からの立ち回りでも十分にやれる。


それから1時間程度オーク相手にスキルを試すと、俺は仮想戦闘をやめて受付まで戻った。

そこには相変わらず漫画を読んでいる原さんがいた。俺がカウンターの上に学生証を置くと、原さんが顔を上げて俺に気が付く。


「ん、終わったのか」


「はい」


原さんは学生証を端末に通して、すぐに返してくる。


「ごくろーさん。どうだ、探索者としての活動は」


「結構いい感じだし、楽しいですね。昨日と一昨日で採掘やりまくってスキル2つと武器買ったんですよ」


「おー、探索者やってんなぁ。ちゃんと成果も出してるじゃねぇか。武器ってのは?」


「聖鉄のサーベルですね。」


「聖鉄か……あれは軽いくせに頑丈、それに切れ味がえげつねぇ。盗賊には向いてるだろうな」


原さんは顎を撫でながら感心したように言った。


「で、スキルは何を?」


「昨日買ったのは斬撃強化と気配遮断ですね。あと前にライトニングも買いました」


「いいねぇ…ライトニング以外は盗賊スターターキットみたいなもんだからな」


「ハハ!調べてまったく同じこと書いてありましたよ。とりあえずこれは揃えとけみたいな感じで」


「あぁ、どの職業にも最適なスキルが何個かあるもんだ。それじゃ、頑張れよ」


「はーい」


俺はリュックを背負い直して戦闘訓練施設を出た。

そして、夕方まで基礎訓練施設で速のトレーニングをして帰路についた。


いつもの帰り道を歩いていると、すれ違った1人のスーツを着た女性が俺の顔をジッと見てきた。なんだ?と思いつつも、目をそらすと、声をかけてきた。


「あの、海人くん…ですよね」


「え?あ、はい」


「探索Lifeでよく見てます。これからも頑張ってください」


「あ…はい。ありがとうございます」


その女性が手を差し出してきたので握手をすると、女性は俺の手をギュッと握り、そして去っていった。


(ファン……ファンなのか?)


俺はアパートの家に帰って晩ご飯を食べると、一之瀬さんに通話して今日の出来事を話してみた。


「『そういえばあなたはコメント見ないものね。コメントそれなりに流れてるのよ、あなたの配信』」


「え、そうだったんだ。一之瀬さんも?」


「『ええ。SNSでバズったのも影響しているのでしょうね。

まぁ、しばらくすれば落ち着くんじゃないかしら』」


「なるほど」


そんなことを話して一之瀬さんとの通話は終わった。


(今度からコメントを表示してみようかな)


布団の中でそう考えながらも、俺は眠りについた。

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