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第32話 迷宮

土曜日、俺は早朝から電車で探索者協会若葉支部へと向かっていた。

もしかしたら来月には別の環境に変わってしまうかもしれないからな、せっかくなら体験しておこうという考えだ。

最初は行く気がなかったが、結局気になってしまった。

一之瀬さんも誘ったが、残念ながら土日は家族の用事があるということで断られてしまった。


しばらく電車に揺られながら乗っていると、アナウンスが響いた。


「『次は〜、若葉ダンジョン前、若葉ダンジョン前〜。降り口は右側です。お忘れ物のないようご注意ください』」


俺は立ち上がってドア前まで歩く。

ドアが開くと、冷たい朝の風が吹き込んできた。ホームにはすでに数人の探索者が立っており、それぞれの装備を確認したり、仲間と小声で打ち合わせをしていた。

俺は人混みに混ざることなく、黙って構内の階段を歩き、駅前に出た。

駅前は朝のわりには騒がしく、探索者らしき人々がそこかしこに見える。装備を整えた若者もいれば、仲間と談笑しながら移動している中年組もいる。


俺は人の流れに乗って歩き、通りを数分進むと、探索者協会若葉支部の建物が見えてきた。

黒鋼とガラスを基調とした外観、広大な敷地、美女木支部とほぼ同じだな。

だが、美女木支部とはまったく違うところもある。それは――


「すんごい人……」


とんでもない人混みだ、賑わっていた時の美女木支部よりも全然多い。まだ7時前でもこれだ。

ダンジョン入口の大扉に続く大通りでは、出発前の簡単なブリーフィングや、コメントが表示されているダンジョンドローンを前にテンション高く喋っている探索者がちらほら見えた。


俺は少しだけ距離をとって、その喧騒を眺めた。


(迷宮型は人気だなぁ…)


最近話題になっている迷宮型のダンジョン。

特筆すべきは、1日の終わりに内部構造がガラッと変わってしまうことだろう。

環境が変わらない再構築期間みたいなものだな。


だから探索者は毎日新鮮味のある感覚を味わえるし、視聴者も飽きずに見続けられる。

まさに探索者向けのダンジョンだ。


俺も先に進んでいき、大扉前の列に加わる。待っているうちにダンジョンドローンをリュックから取り出して起動させておいた。

少し経って列が進み、俺の番となって手続きを済ませてダンジョン内に入ると、そこは遺跡のような広いエリアだった。


天井はかなり高く、壁や床はすべて灰色の石材で構成されている。

長い年月を感じさせるひび割れや、薄く積もった砂埃が目についた。天井には水晶のようなものが明るく光っている。


このエリアには探索者が休憩所として使用しているようだ。

俺は探索者用のスマホから若葉ダンジョンのマップ情報を読み込むと、簡易的な地図が表示される。

大扉から出て北側があまり探索されていないみたいだ。それでも俺はあまり深いところまでは行けないが。


「にしても便利だな。探索者マップ」


ダンジョンドローンが記録して簡易的な地図を作成してくれるんだったか。

平原や荒野だと、あまり奥まで行かないから使うことが無かったけど、この迷宮ではかなり使いそうだな。


俺はスマホをしまうと、北側の道へと進み出した。

通路の入口はアーチ状になっていて、古代文字のようなものが刻まれていた。意味はまったく分からないが、どことなく不気味な雰囲気を漂わせている。


一歩踏み込むと、湿った石の匂いが鼻をつき、ひんやりとした冷気が肌にまとわりつく。

奥へ進むごとに、光源は天井の水晶から壁に取り付けられた燭台のようなものへと変わっていく。その燭台は青白い光を揺らめかせていた。


(迷宮っぽさが一気に増してきたな……)


周囲に気を配りながら足を進める。視線は常に前方と床、そして天井の順に巡回させる。

迷宮型のダンジョンではトラップがあるから、そこは面倒なところではあるな。


少し歩いたところで、通路が左右に分岐していた。

俺は直感で右に曲がると、先では1人の探索者が目玉に翼が生えている魔物と戦っていた。俺は邪魔にならないように、道を引き返して左の方へと行く。


進んでいると3人パーティーの探索者とすれ違った、お互いに軽く会釈して通り過ぎる。

左の通路はやや傾斜があり、下へと続いているようだった。

空気がさらに冷たくなり、足元に敷き詰められた石畳も微かに湿っていた。

滑らないように慎重に進んでいく。


すると、前方から剣を持つスケルトンが2体歩いてきた。

スケルトンは俺を見つけると、剣を掲げながら走ってくる。

俺もサーベルを取り出して構える。スケルトンたちがライトニングの間合いに入ったのを見て、左手をスケルトンに向けた。


「『ライトニング』」


細い紫の雷がスケルトンの1体に直撃すると、そのスケルトンは崩れるように倒れて光となって消えた。


残りのスケルトンが剣を振り下ろしてくるのをサーベルで受け止める。思ったよりも弱い衝撃だ。

俺は剣を押し返すと、すぐさまスケルトンの頭にサーベルを振り下ろして、頭蓋骨をかち割った。

そのスケルトンも光となって消える、周囲を軽く見渡すと、俺は一息ついた。


「ふぃ〜、さすがに弱かったな。スライムとかと同レベルか?」


スケルトンは魔石をドロップした。俺は魔石をリュックにしまうと、また歩き出した。


それから時々探索者マップを確認して、深く行き過ぎていないかを確認しながらも探索をした。

だがまぁ浅いところでは大したことも、ましてや宝箱、魔物すらも遭遇しない。

でもトラップを常に警戒しなきゃいけないから気疲れをする。


俺は大扉がある大部屋まで戻ると、適当に空いてるスペースに腰を下ろして水筒を取り出して、水を飲んだ。


「人が多いのも考えものだなぁ」

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