少しの間、探索者マップを見ながら休憩していると、ふと思い付いた。
逆に、既に探索されて詳しくマッピングされた場所なら人も少ないんじゃないかと。
もはや、この迷宮型ダンジョンでの俺の目標は、宝箱を見つけるでもなく、ここに来るまでにかかった電車代を稼ぐになっている。
そんなわけで、俺は西側の通路へと足を向けることにした。
探索者たちは新しいルートを求めてこっちにはあまり寄らない…はずだ。
先ほどの傾斜道とは違い、今度の通路は平坦でやや広い。
石畳の目地はほとんどすり減っており、誰かの通った形跡がある。
壁の一部には何かのスキルで焼け焦げたような痕もあり、魔物との戦闘がここであったようだ。
数分歩いたところで、小さな部屋を見つけた。
角には壊れた木箱の残骸が積まれていて、中央にはすでに開かれている宝箱が一つ、ぽつんと置かれていた。
「そりゃ取られてるよねぇ」
がっかりしながらも、周囲をくまなく確認する。
そして宝箱の中も一応確認すると、宝箱の角に小さな黒い布切れが挟まっていた。
拾い上げてみると、それは黒地に銀糸の刺繍がされたポーチの一部のようだった。
「あれ?」
指先で触れた感触に、ほんのわずかだが違和感を覚える。妙に固い。
俺はポーチの縫い目を指で裂くようにして開き、中に指を差し込んだ。
「おいおいおい、入ってんじゃんこれ」
取り出すと、中に入っていたのは暗めの黄金の指輪だった。
装飾は、三角の模様が等間隔で刻まれていて、石座が太陽のような形になっており、石座にはオレンジ色の大きな宝石がある。
「な、なんかすごくたかくうれそう。かんていにだそう」
若干指先が震えながらも黒地のポーチに戻し、ポーチごとリュックに入れた。
すると、後ろから足音と、女性の喋り声が聞こえてきた。
「ほんとに取り忘れなんてあんのぉ?」
「コメントでそうあったんだよねぇ。まぁ嘘コメの可能性もあるけど……ありゃ、先越されちゃったか」
そこには金髪で強めの化粧のギャル二人がいた。
2人ともピッチリとしたジーンズ、黒い革のジャケット、へそ出しのインナーという、まるで街に出かけにきたかのような服装だ。
腰にはマチェットのような武器が揺れている。
二人を追従している二つのダンジョンドローンはド派手なピンク色で、様々なシールなんかが貼られていた。
二人とも俺に近寄ってくる。
「どうも~。もしかしてその宝箱で何か見つけました〜?」
「あ、はい。見つけましたね」
「ありゃー…マジで取り忘れがあったのか」
「さすがに先取りされちゃったね〜。まぁ仕方ないか!」
そう言って、ギャルの一人の目元にラメを散りばめた、派手なアイシャドウの方が笑って肩をすくめる。
もう1人のほうはダンジョンドローンから表示されているコメントを見ている。
「ところでさぁ、なにが入ってたの?見せてもらったりとか、無理?」
にこやかな笑顔のまま、でもその目は鋭く俺のリュックを見ている。さすがにギャルとはいえ、探索者としての経験は浅くなさそうだ。
「全然良いですよ。まぁ指輪なんですけど」
リュックから黒地のポーチを取り出して、指輪を見せる。
2人は俺の近くに寄ると、少し眉を寄せてじっくり見ている。香水の強い匂いが鼻を刺激する。
「うっわ。見たことねー…」
「レアだったくせー…さすがにやったわ」
「あはは…他には何が入ってたんですか?」
「スキル付きの剣と宝石が何個か入ってたね〜」
「ここ隠し部屋だったから舞い上がっちゃったんよ。しくったなぁ」
2人は露骨に落ち込む。俺は指輪を黒のポーチに入れて、ポーチをリュックにしまった。
すると、1人のギャルが俺に腕を絡ませてきた。そして耳に口を近付かせてくる。
「ねぇねぇ…このあと、私の体好きにしても良いからさぁ、その指輪譲ってくんね?」
ギャルは胸を俺の腕に押しつけてくる。
「ハハ!俺にメリットがないじゃないですか、嫌だなぁ」
そう言って優しく腕を引き離す。
「ぷっ、アハハ!フラれてんじゃんエミ!」
「ハハハ!うっせ!もう行こ、ヒカリ!」
「はいはい。うちのエミがごめんねー!」
二人はあっけらかんとした笑い声を残して、元来た通路を引き返していく。
俺は彼女たちの姿が完全に見えなくなるまで見届けると、ため息を吐いた。
「はぁ、なんか疲れちゃったな」
そう言いながら、俺はダンジョン入口の大扉へと戻っていった。
ダンジョンを出ると、俺は探索者協会の中にあるアイテム鑑定所へと向かった。
まだ11時前だからか人は少ない。
アイテム鑑定所の受付カウンターに行くと、受付の女性に軽く会釈をして、俺はリュックから黒地のポーチを取り出すて受付の上に置く。
「指輪の鑑定をお願いしたいんですけど」
「指輪ですね、探索者カードをお見せいただいてもよろしいですか?」
「はい」
俺は探索者カードを渡すと、受付の女性は端末に探索者カードを通して、何かを確認すると探索者カードを返してくる。
「ありがとうございます。それではこちらの鑑定をさせていただきますね」
女性がそれを手に取ると、手元の端末にデータを入力し、ポーチごと奥の作業室へと運んで、白衣姿の男性に渡した。
男性はポーチから指輪を取り出し、アイテム鑑定用らしき機械に入れた。そして端末から何か操作すると、機械が稼働して紙が1枚出てきた。
(アイテム鑑定ってあんな感じなんだ)
白衣姿の男性が記録用らしきカメラで指輪を色んな方向から何回か撮ると、指輪をポーチに入れてこちらにやってくる。
そして受付の女性にポーチと紙を渡した。
「お待たせしました。こちらが鑑定結果になります」
《太陽の涙》
効果1:装着時、炎系スキルの威力大幅上昇。
効果2:装着時、スキル"太陽の雫"を使用可能。
効果3:装着時、運のステータスが6上昇。
受付の女性はタブレットを見ながら説明する。
「こちらの効果2で、装着時に使用可能になる太陽の雫というスキルは、おそらく高レベル探索者様向けのスキルだと思われますので使用しないようご注意ください。
気力が足りなかった場合、しばらく動けなくなる可能性がありますので」
「なるほど、分かりました」
受付の女性は、にこやかに頷きながらポーチを差し出す。
「それでは、こちらをお返しいたします。またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございます」
俺はポーチを受け取り、それをリュックにしまって受付を離れる。
しかし、絶妙に使えない指輪だったな。炎系のスキルも持ってないし、付与されてるスキルも使えない。
運が上昇ぐらいか、使えるのは。
「まぁ、初めてのレアっぽいアイテムだし。持っておくか」