太陽の涙を手に入れた俺は、満足してその日は帰ってしまった。
そして日曜日、俺はまた若葉ダンジョンへと足を運んでいた。
人差し指には太陽の涙を付けている、運が6上昇するぐらいしか変わらないので大して意味はないが、まぁ無いよりは良いだろう。
また大扉前の列に加わって、ダンジョンドローンを起動させる。そして手続きを済ませて中に入った。
昨日とは違い、石材の壁や天井、床に蔦がいくつも張っていて、湿気が肌にまとわりつく。
蔦は青々としていて、一部はまるで意思があるかのようにゆらりと揺れていた。
水溜まりも所々にあるからか、ダンジョン入口の大扉周辺には人が少ない。中には野外用の折りたたみイスに座って休憩している人がいた。
(折りたたみのイスか、確かにあれなら異空間収納のリュックにも入るし、良いな。そのうち買いに行こう)
そう思いながら、探索者用のスマホを取り出して探索者マップを開いた。
昨日と同じく、マッピングされている場所が多いほうに行ってみる。今日は北側だな。
俺はスマホをリュックのサイドポケットにしまって歩き出した。
足音は水音と混ざって響き、額に汗が滲む。
通路は狭く、足元は不規則にうねった蔦が邪魔をしている。その中を慎重に進むと、前方から虫のような大きな羽音が聞こえてきた。リュックからサーベルを取り出す。
現れたのは、緑と黒の斑模様の甲殻が特徴的な、体長1メートルほどの巨大な蜂だった。
複眼は宝石のように光を反射し、透明な羽根を猛烈な勢いで振動させている。
「きっしょ…何の魔物か分からないけど、まぁ針が危ないだろうな。蜂だし」
俺は呼吸を整え、右手にサーベルを構える。
羽音が一気に近づく。ライトニングの間合いだ。
「『ライトニング』」
細い紫の雷が直撃すると、蜂は一瞬震えて地面に落ちる。そして地面でもがいている蜂に、サーベルを振り下ろした。
蜂は動かなくなり、光となって消える。そして大きな蜂の針と、魔石をドロップした。
俺はそれをリュックに入れると、また歩き出す。
「今日は虫系の魔物がメインなのかなぁ」
若干憂鬱な気持ちになりながらも、探索者マップを確認して、あまり奥に行かないようにしながら進んでいく。
すると、奥で戦闘音が聞こえた。見てみると、先ほど戦った蜂の魔物と戦っている3人パーティーがいた。
だが数が10体以上はいて、手こずっているように見える。
「手伝いますかー?!」
そう声をかけると、後衛の魔法スキルを使っていた男性がこちらに向いた。
「すみません!お願いします!!」
「了解!」
俺は小走りで距離を詰め、再びサーベルを抜いた。
蜂どもはパーティーに集中していたが、俺が横から突っ込んだことで一部がこちらに気づき、羽音を立てて数匹が向かってくる。
(正面はパーティーに任せて、俺は側面から…)
「『ライトニング!』」
左手から放たれた雷が、先頭の蜂を直撃させる。
痙攣したそれが落下するよりも速く、地面に着地する寸前にサーベルを突き刺した。
続けて振り向きざま、飛びかかってきたもう一匹の羽音を聞き分け、体を捻って斬り払う。
蜂の体が光に変わり、魔石と針を地面に落としていく。が、戦況はまだ終わらない。
「すっごい数…」
一瞬、視界の端に蜂が接近しているのが見えて飛び退いた。
寸前までいた場所を、太い針が風を切って通過していく。すれ違いざまにサーベルを振り下ろして蜂の体を切断。
蜂は光になって消える。
(あっぶね…!)
すぐさま後退して体勢を整える。すると、前衛の一人が足元を取られて転んだのが見えた。
蜂がその人に向かって一直線に飛びかかろうとしている。
俺は転んだ人の元まで走り、接近してきた蜂の腹にサーベルを突き立てた。刃がそのまま貫通すると、傷口を広げるように斬り裂く。
蜂が断末魔のように羽音を散らし、光となって消えた。
俺が転んでいた青年に手を差し出すと、泥だらけの手で掴んで起き上がる。
「助かった。ありがとう」
「いえいえ」
青年は立ち上がると、すぐに戦闘に戻る。俺もまた態勢を整えて前線へと戻った。
そして、少し経つと全ての蜂を倒しきった。辺りには蜂の針と魔石が転がっている。
前衛の男性と女性、そして後衛の男性がこちらにやってくる。
「すみません、だいぶ助かりました」
前衛の男性がそう言いながら、軽く頭を下げてきた。額には汗がにじみ、鎧には泥と飛び散っている。
それでも礼儀は忘れないあたり、ちゃんとしたパーティーなんだろう。
「本当に助かりました。あのままだとジリ貧でやられていたと思います」
後衛の男性が息を切らしながらも、穏やかに笑う。
「ありがとう、あなたがいなかったら一人はやられてたわ」
女性の前衛も、深く一礼する。
「いえいえ、たまたま近くにいただけですし。
それにしても凄い数でしたね、蜂の巣でもつついたんですか?」
冗談混じりにそう言うと、3人とも黙って少し目線をそらす。
「え、つついたんですか?」
「つついたというか、燃やしたというか?」
「たまたま巣を見つけたから、一気に倒すためにファイアランスで燃やしたんだよね。そしたらこの有様」
「私は止めたんだけどね…お礼にこの針と魔石、半分持っていって」
「…ありがとうございます」
ちゃんとしたパーティーじゃなかったかもしれない、なんて考えながら魔石と針を集めると、そのパーティーと別れた。
何度も頭を下げているのを見ると、悪い人たちではなかったみたいだな。うん。
そう思いながら、俺は再び通路を進み始めた。湿気で服が肌に張りつき、不快感はあるけど、なんとなく気分は軽い。
背後から遠ざかっていく足音を耳にしつつ、俺は探索者マップを確認する。さっきよりも少し奥に進んでいた。
(うーん、行き過ぎだな。そろそろ危ない)
俺は引き返して別のルートへ進む。
分岐点まで戻ると、右手に細く伸びる通路があった。
慎重に足を踏み入れると、先ほどよりも蔦が濃く絡み合っていて、視界が狭くなる。
ぬかるんだ地面を踏むたび、ぐちゃりと嫌な音が響いた。鼻をつく匂いも濃くなってきて、腐葉土のような、それでいてどこか鉄っぽい、嫌な臭気が混じっている。
「不快な道だな」
そう呟きながらも、足を運ぶ。進んでいくうちに、通路の終わりが見えてきた。
そこを目指して歩いていると、角の先がやけに尖っている大きなカブトムシが道の先に現れた。こちらに歩いているのが分かる。
それを見た俺は、サーベルを取り出して、すぐさま蔓が絡まる壁に体を寄せる。
ダンジョンドローンも同じように壁の側へと移動した。
「『気配遮断』」
スキル名を呟いて息を殺す。待っていると、目の前をカブトムシが通る。
そして、サーベルを振り下ろした。サーベルはカブトムシの体を斬り裂いて、カブトムシは光となって消えた。
気配遮断の効果が切れ、疲労感が体を襲う。
「ふぃ〜…スピアビートルだったっけ。危ねぇ危ねぇ」
スピアビートルがドロップした尖った角と魔石をリュックに入れると、また進み出した。
そしてやけに細く足場が悪い通路を抜けると、先ほど通っていたような通路に出て、開放感に包まれた。
「こういう系のダンジョンはキツイな〜」
それから少し探索すると、大扉のエリアへと戻った。
蜂のドロップがある分、ある程度の稼ぎは獲得できたな。