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第34話 虫

太陽の涙を手に入れた俺は、満足してその日は帰ってしまった。


そして日曜日、俺はまた若葉ダンジョンへと足を運んでいた。

人差し指には太陽の涙を付けている、運が6上昇するぐらいしか変わらないので大して意味はないが、まぁ無いよりは良いだろう。


また大扉前の列に加わって、ダンジョンドローンを起動させる。そして手続きを済ませて中に入った。

昨日とは違い、石材の壁や天井、床に蔦がいくつも張っていて、湿気が肌にまとわりつく。


蔦は青々としていて、一部はまるで意思があるかのようにゆらりと揺れていた。

水溜まりも所々にあるからか、ダンジョン入口の大扉周辺には人が少ない。中には野外用の折りたたみイスに座って休憩している人がいた。


(折りたたみのイスか、確かにあれなら異空間収納のリュックにも入るし、良いな。そのうち買いに行こう)


そう思いながら、探索者用のスマホを取り出して探索者マップを開いた。

昨日と同じく、マッピングされている場所が多いほうに行ってみる。今日は北側だな。


俺はスマホをリュックのサイドポケットにしまって歩き出した。

足音は水音と混ざって響き、額に汗が滲む。


通路は狭く、足元は不規則にうねった蔦が邪魔をしている。その中を慎重に進むと、前方から虫のような大きな羽音が聞こえてきた。リュックからサーベルを取り出す。


現れたのは、緑と黒の斑模様の甲殻が特徴的な、体長1メートルほどの巨大な蜂だった。

複眼は宝石のように光を反射し、透明な羽根を猛烈な勢いで振動させている。


「きっしょ…何の魔物か分からないけど、まぁ針が危ないだろうな。蜂だし」


俺は呼吸を整え、右手にサーベルを構える。

羽音が一気に近づく。ライトニングの間合いだ。


「『ライトニング』」


細い紫の雷が直撃すると、蜂は一瞬震えて地面に落ちる。そして地面でもがいている蜂に、サーベルを振り下ろした。

蜂は動かなくなり、光となって消える。そして大きな蜂の針と、魔石をドロップした。

俺はそれをリュックに入れると、また歩き出す。


「今日は虫系の魔物がメインなのかなぁ」


若干憂鬱な気持ちになりながらも、探索者マップを確認して、あまり奥に行かないようにしながら進んでいく。

すると、奥で戦闘音が聞こえた。見てみると、先ほど戦った蜂の魔物と戦っている3人パーティーがいた。

だが数が10体以上はいて、手こずっているように見える。


「手伝いますかー?!」


そう声をかけると、後衛の魔法スキルを使っていた男性がこちらに向いた。


「すみません!お願いします!!」


「了解!」


俺は小走りで距離を詰め、再びサーベルを抜いた。

蜂どもはパーティーに集中していたが、俺が横から突っ込んだことで一部がこちらに気づき、羽音を立てて数匹が向かってくる。


(正面はパーティーに任せて、俺は側面から…)


「『ライトニング!』」


左手から放たれた雷が、先頭の蜂を直撃させる。

痙攣したそれが落下するよりも速く、地面に着地する寸前にサーベルを突き刺した。

続けて振り向きざま、飛びかかってきたもう一匹の羽音を聞き分け、体を捻って斬り払う。


蜂の体が光に変わり、魔石と針を地面に落としていく。が、戦況はまだ終わらない。


「すっごい数…」


一瞬、視界の端に蜂が接近しているのが見えて飛び退いた。

寸前までいた場所を、太い針が風を切って通過していく。すれ違いざまにサーベルを振り下ろして蜂の体を切断。

蜂は光になって消える。


(あっぶね…!)


すぐさま後退して体勢を整える。すると、前衛の一人が足元を取られて転んだのが見えた。

蜂がその人に向かって一直線に飛びかかろうとしている。

俺は転んだ人の元まで走り、接近してきた蜂の腹にサーベルを突き立てた。刃がそのまま貫通すると、傷口を広げるように斬り裂く。


蜂が断末魔のように羽音を散らし、光となって消えた。

俺が転んでいた青年に手を差し出すと、泥だらけの手で掴んで起き上がる。


「助かった。ありがとう」


「いえいえ」


青年は立ち上がると、すぐに戦闘に戻る。俺もまた態勢を整えて前線へと戻った。

そして、少し経つと全ての蜂を倒しきった。辺りには蜂の針と魔石が転がっている。

前衛の男性と女性、そして後衛の男性がこちらにやってくる。


「すみません、だいぶ助かりました」


前衛の男性がそう言いながら、軽く頭を下げてきた。額には汗がにじみ、鎧には泥と飛び散っている。

それでも礼儀は忘れないあたり、ちゃんとしたパーティーなんだろう。


「本当に助かりました。あのままだとジリ貧でやられていたと思います」


後衛の男性が息を切らしながらも、穏やかに笑う。


「ありがとう、あなたがいなかったら一人はやられてたわ」


女性の前衛も、深く一礼する。


「いえいえ、たまたま近くにいただけですし。

それにしても凄い数でしたね、蜂の巣でもつついたんですか?」


冗談混じりにそう言うと、3人とも黙って少し目線をそらす。


「え、つついたんですか?」


「つついたというか、燃やしたというか?」


「たまたま巣を見つけたから、一気に倒すためにファイアランスで燃やしたんだよね。そしたらこの有様」


「私は止めたんだけどね…お礼にこの針と魔石、半分持っていって」


「…ありがとうございます」


ちゃんとしたパーティーじゃなかったかもしれない、なんて考えながら魔石と針を集めると、そのパーティーと別れた。

何度も頭を下げているのを見ると、悪い人たちではなかったみたいだな。うん。


そう思いながら、俺は再び通路を進み始めた。湿気で服が肌に張りつき、不快感はあるけど、なんとなく気分は軽い。

背後から遠ざかっていく足音を耳にしつつ、俺は探索者マップを確認する。さっきよりも少し奥に進んでいた。


(うーん、行き過ぎだな。そろそろ危ない)


俺は引き返して別のルートへ進む。

分岐点まで戻ると、右手に細く伸びる通路があった。

慎重に足を踏み入れると、先ほどよりも蔦が濃く絡み合っていて、視界が狭くなる。


ぬかるんだ地面を踏むたび、ぐちゃりと嫌な音が響いた。鼻をつく匂いも濃くなってきて、腐葉土のような、それでいてどこか鉄っぽい、嫌な臭気が混じっている。


「不快な道だな」


そう呟きながらも、足を運ぶ。進んでいくうちに、通路の終わりが見えてきた。

そこを目指して歩いていると、角の先がやけに尖っている大きなカブトムシが道の先に現れた。こちらに歩いているのが分かる。


それを見た俺は、サーベルを取り出して、すぐさま蔓が絡まる壁に体を寄せる。

ダンジョンドローンも同じように壁の側へと移動した。


「『気配遮断』」


スキル名を呟いて息を殺す。待っていると、目の前をカブトムシが通る。

そして、サーベルを振り下ろした。サーベルはカブトムシの体を斬り裂いて、カブトムシは光となって消えた。

気配遮断の効果が切れ、疲労感が体を襲う。


「ふぃ〜…スピアビートルだったっけ。危ねぇ危ねぇ」


スピアビートルがドロップした尖った角と魔石をリュックに入れると、また進み出した。

そしてやけに細く足場が悪い通路を抜けると、先ほど通っていたような通路に出て、開放感に包まれた。


「こういう系のダンジョンはキツイな〜」


それから少し探索すると、大扉のエリアへと戻った。

蜂のドロップがある分、ある程度の稼ぎは獲得できたな。

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