《シーカーズ・ニュース本社 霧島視点》
「ただいまでーす」
「お、霧島。おかえり、打ち合わせはどうだった?」
「ばっちりですよ!鈴木さんも一之瀬さんもすごく協力的で、助かりました」
私はバッグからノートパソコンを取り出して、自分のデスクに置く。画面にはさっきの打ち合わせのメモや、仮編集映像のプレビューが並んでいる。
「これ、ちょっと見てくださいよ。まだラフですけど、雰囲気はかなりいい感じになってきてます」
後ろからのぞき込んできたのは、同じ編集部のベテラン記者、長谷川さん。ゴツい体格に反して繊細な記事を書く人だ。
「うん、良いな。高レベルの探索者はひたすらにド派手だが、この映像には“人間味”がある。
息遣いや、視線の揺れ、ぎこちなさすらも、視聴者を惹きつける要素になってる」
長谷川さんは腕を組みながら画面を見つめ、真剣な口調で続けた。
「低レベルの新人だと、逆に一般人に近い。そこに感情移入が生まれるんだ。
“自分でもこうなれるかもしれない”って視聴者に思わせる力がある。こういうのが響くもんだ」
「ですよね!」
私は頷きながら映像の再生バーを進める。そこには、初めてダンジョンで協力して戦ったマッスルピッグとの一戦が流れ始める。
「このシーン、ナレーション入れるか迷ってるんですけど、どう思います?」
「いや、ここは入れなくても成立する。むしろ音楽と呼吸音だけでいい。観る側に感じさせる余地を残したほうがいいだろう」
「はぁ〜なるほど、了解です」
「ああ……いつも以上に気合い入れろよ。今回の無名新人特集の企画は"上"もやたらと推してる。
第一弾ってのは、その企画の流れを決める重要なもんだからな」
長谷川さんの声が低く引き締まる。いつもの冗談まじりの口調は影を潜め、プロとしての緊張感が漂っている。
私は自然と背筋を伸ばしていた。
「……はい、プレッシャーすごいですけど、やってみせます」
「よし、それでこそ霧島だ。俺も、手が空いたらチェック手伝うから、遠慮なく言えよ」
「はい!ありがとうございます!」
再び画面に向き直り、鈴木さんと一之瀬さんの姿を見つめた。
《鈴木海人視点》
次の日、今日は珍しく戦闘訓練施設を利用した授業だった。
そしてBクラスだけではなく、希少職が集まるAクラスも一緒だ。
探索者協会で配布されたものと同じ、防刃プレートが仕込まれた迷彩柄のジャケットとズボン配られ、それを着用している。
それと、訓練用のプラスチックのような武器も渡された。
俺のはサーベルを象ったやつだが、意外と見た目によらず重みがある。
戦闘訓練施設内の大広場に集められた俺たちは、整列して今回の授業を担当している鬼龍先生の指示を待っていた。
他にも何人かの教師が待機している。
それにしても、Aクラスの人たちをじっくりと見るのは初めてだな。
というか金髪にピアスを付けてる不良っぽい男性とか、男性と見間違うほどに身長が高くて筋肉量が凄い女性とか、なんか色んな属性がいるな。
少しの間待っていると、鬼龍先生が喋り出した。
「今日はスケルトンソルジャーやリビングアーマーなどの、ある程度の技量がある人型の魔物を想定した模擬戦を行う。
まずこっちの左から、1,2,3とレベルごとに分かれてくれ」
生徒たちがざわめきながら動き始める。俺も自分のレベル4の場所に立った。
レベル1と2が一番多く、3はそれなりにいて、4は7人、5は1人だけだ。
一之瀬さんもレベル4だったみたいで、レベル5の人はAクラスの人だが、黒目黒髪の細身と普通そうな見た目をしている青年だ。
というか、レベル1の人が結構いるのに驚いた。まだ訓練しかしてないのかな?
「それじゃあ、同じレベルの人同士で二人組になれ。
宮本は……そうだな。鈴木、お前が一緒にやれ」
「あぇ?あ、はい」
完全に呼ばれると思わなくて油断していた俺は、変な声で返事しながらも宮本と呼ばれたレベル5の人の元まで歩く。
宮本は俺を見てニコッと笑みを浮かべた。
「よろしくね。鈴木くん」
「うん。よろしく」
そう言い合い、しばらく他の人たちが二人組になるのを待った。全員がペアを組むと鬼龍先生が喋り出す。
「それではルールを説明する。この模擬戦は、一対一の決闘形式だ。今お前達が持っている訓練用の武器、それを体に4回当てれば勝ちとする。
任意発動スキルの使用と頭を狙った攻撃は禁止だ。
怪我をした場合は、その場で申告しろ。教師陣がすぐに対応する」
ざわついていた空気が、徐々に緊張感を帯びていく。模擬戦とはいえ、ここからは本気のぶつかり合いだ。
「試合は順番に行うが、まずはレベル1からだ」
レベル1の生徒たちが、おずおずと前に出てくる。
どことなく不安そうな表情で訓練用の武器を握りしめている子もいれば、やる気満々で跳ねるように歩いてくる子もいる。
俺たちはまだしばらく待ちだ。宮本さんは特に緊張する様子もなく、ゆったりと腕を組み、試合を眺めていた。
しばらく見ていると、暇なので宮本さんに話しかける。
「Aクラスって希少職しかいないんだよね?宮本さんは何の職業なの?」
「僕は侍。鈴木さんは?」
「俺は盗賊だよ」
「へぇ、盗賊か。なんか動きが軽そうな感じだもんね」
宮本さんは俺の足元から肩までを軽く眺めるように見て、ふっと微笑んだ。
そんなこと分かるもんなんだな。
「にしても侍は初めて見たな…っと、次は一之瀬さんか。相手は…」
一之瀬さんの相手はゴツく身長が高い女性だ。
「山崎さんだね。狂闘士という職業なんだ」
「へぇ、初めて聞いたかも」
一之瀬さんは斧を持ち、山崎さんはメリケンサックを付けている。
俺は訓練リングの中央に立った一之瀬さんの背中を見つめる。鬼龍先生の「始め!」という声が響いた。
一之瀬さんと山崎さんが、静かに間合いを詰めていく。空気が一瞬、ピンと張り詰めた。
そして次の瞬間、山崎さんが勢いよく踏み込んできた。地を蹴る音と共に、メリケンサックを振るう拳が空を裂く。
だが、一之瀬さんはその突進を正面から受け止めるのではなく、紙一重で横に躱した。
振り向きざまに斧を振り、山崎さんの脇腹に一撃が決まる。
山崎さんは軽く怯みながらも飛び退いた。これで一之瀬さんに1ポイントだな。
「やるなぁ、一之瀬さん」
「うん。相手のリーチとタイミング、ちゃんと見てる。経験の差だな」
宮本さんが腕を組んだまま、感心したように唸る。俺もただの見物客のように、思わず頷いてしまった。
山崎さんは舌打ちをして構え直すと、今度は慎重にステップを刻みながら接近していく。
先ほどの突進だけのタイプではないらしい。
「次はフェイントを混ぜてくるかな」
俺が呟くと、宮本さんは「たぶんね」と短く返した。
山崎さんは軽く腰を沈め、一瞬だけ重心を右に傾けた、と思わせてから左から踏み込んできた。
一之瀬さんの身体が一拍遅れて動く。
相手の拳を紙一重でかわし、今度は山崎さんの腹部にしっかりと斧が直撃していた。
山崎さんが悔しそうに唇を噛むのが見える。
試合は、最終的に4対1で一之瀬さんの勝ちだった。
勝者の名前が告げられたとき、他の生徒から自然と拍手が起きる。
「だぁー!くそ!またやろうな、一之瀬!」
「まぁ、機会があったら」
山崎さんは悔しがりながらもそう言い、一之瀬さんは困ったように笑みを浮かべた。
そして、鬼龍先生の視線が俺たちの方に向く。
「次…鈴木、宮本。前へ」
俺は立ち上がり、深く息を吸った。
「よろしくね、鈴木くん」
「うん。よろしく」
宮本さんのその笑みは穏やかで、どこか油断のない眼差しだった。
模擬戦なんて父さんとやってた頃以来だな、なんて考えながらも前へと踏み出し、サーベルを握り直した。