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第37話 模擬戦

俺は宮本さんと向き合い、右手に訓練用の模擬武器であるサーベルを前に構え、体は半身にする。

対して宮本さんは、刀を模した訓練用の武器を両手で握りしめ、真正面に構えを取った。軸がまるでぶれない。


「始め!」


鬼龍先生の号令が響いた瞬間、俺は躊躇わず地面を蹴って動いた。


斜めに跳ねるように動いて、死角に回り込む。だがその瞬間、宮本さんの身体がぬるりと横へ流れる。

まるで俺の動きを読んでいたかのように、ぴたりと目線がついてくる。


上段に斬りかかる素振りを見せてから、逆に足を狙って横薙ぎに振るう。宮本さんはその動きにも瞬時に対応し、刀を下段に流して防いだ。


武器が衝突する乾いた音が響く。近い、間合いが近すぎる。

俺は距離を取ろうと飛び退く、宮本さんの刃が、俺の肩へと近付き、サーベルで弾き返した。


仕切り直しだ。俺は笑みを浮かべる。


「宮本さん強いなぁ!」


「君もね。楽にはいかなそうだ」


そう返した宮本さんの目が、わずかに鋭さを帯びる。

俺は再び間合いを詰めた。


上段からの打ち下ろし、すぐに引いて、今度は突き。

けれど、宮本さんは焦らず騒がず、ただ静かに受け流す。


(本物だなぁ、この人)


俺は呼吸を整えながら、回り込むように動く。彼の正面には絶対に立たない。

そして、わずかな隙、構え直す一瞬の緩みを見た。


その瞬間、俺は重心を落として地を蹴った。低い姿勢から一気に飛び出し、サーベルの切っ先で宮本さんの脇腹を狙う。


宮本さんの目が見開かれた。防御が間に合わない。手応えと共に、俺の刃がその胴に触れる。

俺はすぐさま後方に跳ねて距離を取った。息が少しだけ荒い。

これで1回目、あと3回当てたら勝ちだ。


「…カウンター狙いじゃ無理か」


宮本さんはそう呟くと、左手で刀を持つ。先程とは打って変わり、脱力している印象を受ける。

そして、まるで公園を散歩しているかのように、歩み寄ってくる。


その一歩一歩が、なぜか怖気を感じさせる。焦らせるでもなく、威圧するでもなく、ただ自然体だ。

そう思った瞬間、宮本さんの姿がふっと霞んだ。


「はっや…!」


反射的にサーベルを振るい、真横から迫ってきた刃を弾く。腕にしびれるような衝撃。

だが、刀が肩に直撃した。


(当たったか。これで一対一だな)


俺は一歩退いて構え直す。

次の瞬間、視界が揺れる。斜めに走るようにして、宮本さんがまた間合いを詰めてくる。


「今度は、どうかな」


その声と同時に、風のような踏み込み。正面からじゃない、斜め下、まるで地を這うように滑り込んでくる。


俺は咄嗟に体を捻ってかわしながら、逆手に持ったサーベルを下から突き上げるように振る。

だが、わずかに届かない。


宮本さんはそのまま地を蹴り、俺の背後へと抜ける。

背中に殺気を感じた瞬間、振り返るより早く前方へ跳んだ。

地面を転がり、距離を稼ぐ。


すぐ後ろに迫る気配。振り返ると、宮本さんの刀が今まさに振り下ろされる瞬間だった。


地面に手をつけたまま、体をひねるようにして蹴りを放つ。

バランスを崩した宮本さんがわずかに体勢を崩した。


その隙を逃さず、俺は立ち上がりざまにサーベルを突き出した。だが、それは刀で弾かれ、その勢いのまま腹に刀が直撃した。


「その体勢から…凄いな」


これで一対二、あと2回当てられたら俺の負けだ。

宮本さんは構えを解かず、静かに息を整えていた。だが、その足取りは迷いがない。


「いくよ、鈴木さん」


宮本さんが声をかける。その瞬間、俺は逆に踏み込んだ。

相手のリズムを壊すなら、こちらから動くしかない。


サーベルを胸元に構え、滑るように距離を詰める。狙うは左肩――その瞬間、宮本さんの動きが加速した。


閃光。それほど速い斬撃。だが俺は、ギリギリのところで身を沈め、紙一重でかわした。

スローモーションのように、宮本さんの身体が横を通り過ぎる。


俺は右足を地面に叩きつけるようにして体を反転、振り向きざまに思い切りサーベルを振るった。

狙いは背後、避けようがない。


「っ……!」


今度こそ、確かに当たった。背中に。


「やるね…二対二か」


宮本さんが小さく笑いながら振り返る。俺は息を整える間もなく構えを取り直した。

すると、宮本さんが刀を腰にある鞘に戻す。だが、宮本さんの左手は柄に添えられたままだ。


(居合か?)


俺は警戒心をさらに強めた。

こちらから踏み込むのも危険だ。微細な動きすら逃さぬよう、神経を尖らせる。


が――それは意味をなさなかった。いつの間にか宮本さんの刀は抜かれており、俺の脇腹に刀が直撃する。

痛みを堪えながらも後方に飛び退く。


(まっっったく見えなかったんだが)


またもや宮本さんは刀を鞘に戻し、ジリジリと迫ってくる。

左利きの宮本さんの場合、俺から見て居合は左から右へと振り払われる。

だからまぁ、左側を集中的に守れば良いわけだが、難しいだろうな。


宮本さんの周りを素早く動いてみるが、まぁ正面から逃げるのは無理だな。


「だったらもう、一か八かだな」


そう呟くと、俺は宮本さんから距離を取った。

そして、少し前かがみの姿勢で、右手に持つサーベルを左前に構え、上半身を守りながら全力で走る。ルール上頭を狙うことはできない。

サーベルの位置から上半身に当てるのも厳しいだろう。

――なら、狙うのは足になる。


視界がぶれるほどの加速。以前にノイズラットから逃げていたときの同じぐらい全力疾走だ。

俺はサーベルの切っ先を低く保ったまま、宮本さんの懐へと突っ込む。


「……面白い選択だね」


宮本さんが呟くのが聞こえた。


居合はまだ来ない。鞘から刃が抜かれる気配もない。警戒しているようだ。


数メートルが一瞬だった。宮本さんの間合いに踏み込んだ瞬間、俺は身を低く落とす。

その瞬間、宮本さんが柄に手を添えたまま飛び上がるのが見えた。


すぐさま、体を反転させて背中から地面に落ちるように滑り込み、転がる。その刹那、頭上を刀が裂いていった。

宮本さんは空振っている、この隙を逃すわけにはいかない。


俺は両足が地面に着くと、宮本さんに向かって飛びかかり、振り返ろうとしている宮本さんの背中にサーベルを当てた。


すぐに飛び退いて距離を取り、呼吸を整える。


「なんか、俺だけ必死で恥ずかしいなぁ」


「僕だって必死さ。正直言えば、1本も取らせるつもりは無かったんだけど。鈴木さんも何かやってたのかな」


「何かというか、何でもというか…父親がスパルタでね」


俺は苦笑いを浮かべつつ、サーベルを構える。宮本さんも、居合の構えではなく、左手に刀を持っている。

現時点で三対三、次で終わりだ。


宮本さんの目が細められる。まるで俺の奥底を覗き込むような視線。


互いに構えたまま、一歩も動かない。緊張が、肌に突き刺さる。

その瞬間、風が動いた。宮本さんも踏み込んでくる。正面からだ。


俺は体を低く構えたまま、フェイントも何も入れず、真正面から突っ込んだ。


刹那、宮本さんの刀が振りかぶられる。

俺は半身をひねって避けつつ、サーベルを振り下ろす。

硬い感触、刃同士が衝突した。宮本さんが咄嗟に刀を返して防いだのだ。


だが、それで終わらせない。すぐさま距離を詰め直し、今度は左肩を狙ってもう一撃。

ギリギリで避けられたが、相手の動きが崩れた。

俺は踏み込んで腰の位置から一気にサーベルを振り上げ…ようとした。


サーベルを握る右手が、宮本さんの左手に押さえられる。

いつの間にか、刀は右手にあった。

そして、刀は振り抜かれて俺の肩に直撃した。


「勝者、宮本!」


鬼龍先生がそう言うと、周囲の生徒と教師から拍手が鳴り響く。

宮本さんも俺の手を離す。


「いやぁ、接近したの失敗だったかなぁ」


「ううん、正直ギリギリだったよ」


宮本さんは肩で息をしながら、それでも穏やかな笑みを浮かべていた。

俺はサーベルを下ろし、居合の痛みが残る脇腹を軽くさする。打撃の感触はまだじんじんと残っていた。


(あと一歩だったなぁ…)


若干の悔しさが胸に残る。でもそれ以上に、楽しかったと思っている自分もいた。


「楽しかったね」


自然と、俺の口からそう漏れていた。宮本さんも笑みを浮かべる。


「うん、楽しかった。できればだけど、鈴木さんとは仲良くしたいな」


「こちらこそだよ。宮本さん」

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