授業が終わると、俺は治療室へと向かった。
治癒水晶の周りにあるベンチに腰掛けると、治癒水晶から漏れ出る光の粒子が脇腹へと吸収されていき、痛みが和らいでいく。
「ふぃ〜」
「僕に当てられた脇腹、痛む?」
「あれ、宮本さん。いつの間に…そりゃ痛むよ。訓練用の武器とはいえ重かったし」
「やっぱりか。ごめんね、力、少し入れすぎたかも」
宮本さんは申し訳なさそうに笑いながら、俺の隣に腰を下ろした。汗を拭くタオルを手にしていて、もう一度戦えそうなくらいには回復しているように見える。
「まぁ、それだけ本気だったってことでしょ。むしろ嬉しいよ」
「そうだね。鈴木くん相手だから、気を抜けなかった」
宮本さんはそう言いながら、治癒水晶の淡い光を見つめている。
俺はふと聞きたくなった。
「宮本さんはやっぱり刀術みたいなのを学んでたの?」
「そうだね。父さんが双牙流ってとこの師範でさ、小さい頃から道場に通ってたんだ」
宮本さんは苦笑しながら、タオルで額をぬぐった。だが、その目にはどこか懐かしさが滲んでいた。
「へぇ、道場か。あんま見たことない…いや、何なら見たこと無いかも?」
「ダンジョンが出てからは人相手の戦い方を学ぶ道場はかなり減ったって聞くね。
双牙流は実戦的だからまだ残ってる方なんだ。対魔物の立ち回りにも応用できるから。
まぁそれでも、探索者向けに考えられた戦闘訓練やらには敵わないけどね」
「へぇ〜、そうなんだ。随分強かったけどなぁ」
「そりゃあ、今回は人が相手だからね」
宮本さんはそう言って、少しだけ目を細めた。
「魔物は基本的に、殺すために最短の動きをしてくる。
いわば獣と同じだよね、逆にやりづらい」
「でも、もうレベル5なんでしょ?侍の職業スキルってどんなのがあるっけ」
「"剣狼"っていう軽装で刀を装備していると斬撃が強化されるやつと、レベル5で獲得したのが"見切り"っていう少しだけ相手の行動を予測しやすくなるやつだね」
「めちゃくちゃ強いじゃん」
「見切りはまぁ、使いやすいんだけど。剣狼の条件の軽装が結構厳しくてね。
ほとんど普段着みたいな格好じゃないとダメなんだ」
「え、まじで?それじゃ防御力ほぼゼロじゃん」
思わずそう口にすると、宮本さんは肩をすくめて笑った。
「そう、だから攻撃に当たらないことが大事でね。
さっきみたいに3回も当たってるようじゃダメなんだ」
「なるほどなぁ。まじで一長一短って感じだね」
「うん。とは言っても強いのは強いんだけどね」
宮本さんはそう言うと、立ち上がる。
「それじゃ、またね。鈴木さん」
「うん…あっ、連絡先交換しようよ」
宮本さんは少し驚いたように目を瞬かせたあと、ふっと優しく笑った。
「うん、いいよ」
そう言って、ポケットからスマホを取り出す。
俺も自分のスマホを取り出して、連絡先を交換した。
「ありがとう。それじゃあね」
「うん。またね」
宮本さんは治療室から去っていった。
俺も脇腹の痛みが完全に消えると、基礎訓練施設へと向かった。
基礎訓練施設でのトレーニングを夕方までやると、コンビニで朝食を買ってアパートへと帰る。
部屋に入り、唐揚げを食べながらテレビでニュースを見ると、そこにはカンザキ社の新作ダンジョンドローンの紹介をしていた。
「『こちらのダンジョンドローン。普段探索者が使っているドローンとは違い、高レベル探索者向けのダンジョンドローンとなっているそうです。
主に違うのは、この表面にある灰色の外装。なんとこちら、ミスリルで出来ております。
ミスリル製の外装により、魔物の咆哮や爆発系魔法にも耐えうる強度を実現。そのお値段はなんと、2億円!』」
「たっか!まじで高レベル探索者用って感じだな」
俺の稼ぎ程度じゃ、まだまだ無理だな。なんなら2億があったら他の装備かスキルスクロールを買うし。
そんなことを考えながら、俺はふと高レベル探索者の戦闘がどんなものなのかが気になった。
探索Lifeを開いて、前に少しだけ話した金髪オールバックの探索者のコウタtvと調べてみると、出てきた。
相変わらず美女木ダンジョンの荒野にいるようで、そこで戦闘を繰り広げていた。
画面の中、コウタtvは巨大な斧を軽々と振るい、周囲の魔物をまるで紙くずのように薙ぎ払っていた。
爆発と砂埃の中でも視界は鮮明だ。
「おぉ、今のスキルなんだ……」
俺は唐揚げの手を止めたまま、思わず呟いていた。
コウタtvが放った斧の一撃は、空気を裂くような軌道を描き、着弾と同時に周囲の地面ごと敵を粉砕していた。
すると、1体の金属の塊のようなゴーレムが、コウタtvを殴り飛ばした。
コウタtvは吹っ飛んで、大きな岩に激突する。
「『いってぇなおい!!』」
コウタtvはそう言いながら、腰にあるポーチからポーションを取り出して頭から被った。
その瞬間、彼の体を覆っていた埃が蒸発するかのように消え、傷口がみるみるうちに塞がっていった。
カメラがズームして映し出したのは、ポーションのラベルに刻まれた《上級ポーション》の文字。高級品だな。
コウタtvは立ち上がると、さっき殴ってきたゴーレムが唸るような金属音を立てて迫ってくる。
その時だった。コウタtvが笑った。
「『ハッハッハ!ちょっと本気出すか!』」
画面が一瞬ノイズ混じりの白に染まり、すぐさま斧が蒼い光を帯びる。そしてその斧を振るった。
一拍遅れて風圧が荒野の砂を巻き上げ、ゴーレムの身体が斜めに裂けて崩れ落ちた。
「はぁ〜…すげぇな」
俺は残っていた唐揚げを無言で口に放り込んで完食すると、しばらく配信を眺めて、布団を敷いて眠りにつく。
(俺もあれぐらいになれんのかな…)
そう考えていると、俺の意識は薄れていった。