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第39話 蟻

6月の始め、外は湿気の含んだ空気によってじんわりと暑く、虫の数も多くなってきた。

肌着が汗で背中に張りついて、少し歩いただけで不快感がこみ上げる。


そして、今月もまた努力成果の提出がある。今月もステータスの上昇値で提出するつもりだから、レベルも積極的に上げたいところだ。


美女木ダンジョンの再構築期間も終わっていて、調べたところ荒野からジャングルのダンジョンへと変わったみたいだ。

そして、メインで現れる魔物が虫系らしい……地獄!


ただでさえ人が少なかった美女木ダンジョンがまた人気が無くなる。若葉ダンジョンも迷宮型のまま変わらなかったらしいし。


まぁ逆に言えば、人が少なければそれだけ魔物と戦える。

その分レベルも上げられるだろうが、荒野の時ほど安定して金は稼げなそうではある。

そもそもジャングルのダンジョンで何が取れるのかなんて知らないが……ということでやってまいりました探索者協会美女木支部。


一之瀬さんは虫がどうしてもダメらしく、断られてしまった。

今日も人が少ない…けど、ちょこちょこと学園で見かけた人たちがいるな。なんだったら同学年の人もいるように見える。

前まではそこまで見かけなかったけど、この前の模擬戦で触発されたのかもしれないな。


そんなことを考えながら大通りを歩いていき、大扉前にたどり着いた。

ダンジョンドローンを起動させ、手続きを済ませてダンジョン内へと入る。


大扉周辺は開けていて、ジャングルというよりも、まだ草地に近い印象を受けた。

しかし、少し先になると景色は一変する。

うっそうと茂る木々、見上げるほどのシダ植物、そして不快なほどの湿気。


「いやぁ…まじか」


「ハハハ!進むのが憂鬱になるだろう」


大扉周辺を警備している男性が声をかけてくる。その男性は慣れているように見えた。


「ジャングルは初めてか?」


「初めてですね」


「それなら、慣れないうちは浅いところを探索していた方が良いぞ。最悪、ここまで来れば助けられるからな」


俺は軽く頷いて、礼を言った。


「ありがとうございます。気をつけます」


「おう。足元には気をつけろよ〜」


男はそう言って、手にした長槍で地面を軽く突いた。


(まぁ、まずは様子見だな)


俺はサーベルを右手に持って木々の間を通り、ジャングルへと足を踏み入れた。

一歩、また一歩と踏み込むごとに足元の感触がぬかるみ混じりになっていく。足元には湿った苔が広がり、踏むたびにぬめる感触が靴底に残る。


草木が絡む小道をゆっくりと進んでいくと、空気が一層重くなった気がした。

空気は濃く、肺にまとわりつくようで、木漏れ日さえ届かない薄暗さが視界を狭める。

ここには植物系の採取できるものが豊富にあるので、積極的に手に入れたいところだ。


少し歩いていると、前方に何かうごめいているのが見えた。


(草か…?いや、違うな)


視界の奥、二本の細長い脚が茂みから滑り出る。黒光りする甲殻、赤い複眼、そしてまるで鉈のように太い前脚。

大ムカデだな。毒は無いが、強力な顎を持つので噛みつかれるのは避けたい。

俺はサーベルの柄を握り直す。


「『斬撃強化』」


スキル名を呟くと、サーベルの刃が淡く光る。

刃に宿った光が、周囲の薄暗いジャングルの空気をわずかに照らした。

大ムカデはその光に気づいたのか、赤い複眼をこちらに向けて、わずかに身をくねらせる。

まるで威嚇するように、前脚を持ち上げてカチカチと鳴らし、素早い動きで接近してくる。

俺は左手を大ムカデに向けた。


「『ライトニング』」


乾いた音が鳴るのと同時に紫の細い雷が、大ムカデに直撃する。ビクッと体を大きく震わせる、俺はすぐさま大ムカデに接近して頭にサーベルを振り下ろした。

大ムカデは頭を割られても、少しの間その場で暴れ回り、そして光となって消えた。


「なんちゅう生命力だよ」


俺は大ムカデがドロップした魔石をリュックに入れ、また探索を始めた。

大ムカデは他の環境で言うところのスケルトンだとか、ゴブリンだとかの、いわゆる雑魚系の魔物だ。

あの程度の魔物は、ライトニングからのサーベルのコンボで効率良く倒していきたいな。


少し歩いていると、蔓に3つほど白い果実があるのが見えた。


「これ、浄化の実じゃん。ポーションの素材だったっけか」


俺はサーベルで繋がっている蔓を切り落とし、慎重に果実をリュックの中へとしまった。

浄化の実はそのまま絞って傷口にかけても除菌やらができるし、食べても美味しい…らしい。

リュックを背負い直すと、また進み始めた。


しばらく歩いていると、蟻の魔物を見つけた。ソルジャーアントだ。

体長は人の膝ほどもあり、硬そうな黒い外殻が光を鈍く反射している。腹部には細かな棘が並び、あの巨大な顎は一噛みで骨まで砕きそうだ。


(数は一匹か。斬撃強化を使わなくてもいけるかな?)


俺は体勢を低くして、足元の枯葉を踏まないよう注意しながら静かに距離を詰め、ソルジャーアントの背後へと回り込んだ。

そして、サーベルを首元に振り下ろす。


狙い通り、首元に刃が食い込む。だが、外殻が思った以上に硬い。ソルジャーアントは悲鳴のような異音を発し、こちらに向き直ってきた。


「ギシャアアアア!!」


「ん!?こいつコールアントか!」


コールアントは仲間を呼ぶ。つまり――


「ギシャアア!!」「ギシャア!」

「ギシャッ!」「ギシャァァア!!」


こういうことだ。あらゆる方向からソルジャーアントが迫ってくる。


「いやぁ、参ったね」

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