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第40話 騎士

「いやぁ、参ったね」


俺は思わず乾いた笑いをこぼしながら後退した。周囲の草木が揺れ、黒い外殻の影が次々と姿を現す。

5匹,6匹…いや、もっといるかもしれない。

先ほどまでの静寂が嘘のように、ジャングルが騒がしくなる。


「『ライトニング』」


左手の先から細い紫の雷が放たれ、直撃したソルジャーアントの頭をサーベルでかち割る。


「コールアントよりは硬くないな」


そう呟いた俺の耳に、乾いた葉を踏みしめる音がまた響く。

左斜め後ろ――すぐに振り返り、刃を横薙ぎに振ると、迫っていたソルジャーアントが慌てて身を引いた。


(数が多いってのは面倒だなぁ)


俺は息を整え、木の根元へと後退しながら、敵の動きを見極める。囲まれる前に潰していかなきゃだな。


サーベルを逆手に構え、低く構えて突進。真正面にいた一匹の頭を狙い、刃を突き刺す。

肉を裂く感触と共に、アントが痙攣し、倒れる。


そのまま倒れたアントの上に足をかけ、勢いを殺さず次の一匹に向かう。

もう一匹が正面から飛びかかってきた。俺は滑るように身を沈め、地面を蹴って左へ回り込んだ。


すれ違いざま、サーベルを一閃。足を切断されたソルジャーアントが地面に転がり、もがく。


息を切らさず、次の動きに備える。背後に足音、反射的に体をひねって避け、刃を振るう。

狙いは外れたが、アントの顎をかすめて怯ませることはできた。


一匹、二匹、三匹――刃が通るたび、光があたりを照らしていく。そして最後のコールアントを斬撃強化の効果が乗ったサーベルで斬り裂くと、辺りに静寂が戻った。

草木のざわめき、遠くの鳥の鳴き声。ようやく一息つく。


「ふぅ…なんか強くなってきたか?」


地面に散らばった魔石を一つずつ拾いながら考える。

レベルが4になってステータスも上昇してるからか、この程度の魔物はあまり苦戦しなくなってきたな。


「もうちょい奥……いや、まだやめておくか。せめてレベル5になって気配察知を習得してからだな」


しかし、こいつら魔石以外ドロップしないんだな。

7匹ぐらい倒したけど、稼ぎとしてはしょぼい。

浄化の実、先ほどの大ムカデの魔石、それに今回収したアントの魔石たち。

量としてはそれなりだけど、まだ物足りない。俺はスマホを取り出して時間を確認する。


「9時か。まだいけるな」


俺は探索者マップを見て、あまり大扉から離れないように探索をする。

遠くで木の枝が揺れる音、どこかで飛び立つ鳥の羽音――すべての音に神経を研ぎ澄ましながら、一歩ずつ進む。


地面には苔が広がり、滑りやすくなっている場所も多い。

足元を確かめながら、小さな丘のような地形を越えたその先で、開けた空間を見つけた。


「……なにこれ」


そこには、崩れた石造りの遺跡のような構造物があった。

周囲を囲むようにして、苔まみれの柱がいくつも立っている。中央には、亀裂の入った祭壇のようなものがあり、その上には、黒い箱が鎮座していた。

探索者マップを見る限り、見つけたのは俺が最初みたいだな。


「絶対ろくでもないものだな」


俺はその空間に入らないようにしながら、探索者用のスマホで写真を撮ると、位置情報と共に写真を送った。

そして、来た道を引き返す。


「いつかは自分で調べたいな」


そう呟いた矢先だった。

遺跡の柱の影から、異形の魔物が現れた。まるで人型に近いシルエットだが、全身を黒い甲殻で覆われ、片腕が異様に長く肥大している。

先端は槍のように尖り、今にもまた襲いかかろうとしていた。


「な、なんだあいつ……」


まったく見たことがない魔物だ。俺は一歩後退し、サーベルを構える。


(逃げれるか…?)


だが、次の瞬間、その魔物は地面を蹴って一気に距離を詰めてきた。咄嗟にサーベルを振り上げて受け流すと、衝撃が腕に走った。

想像以上に衝撃が重い。明らかにこの辺りに出てくる魔物じゃない。


「ぐっ……!救難信号を出してくれ!」


「承りました」


ダンジョンドローンは機械的な音声で返事をする。

体勢を崩される前に、間合いを取り直す。


(とりあえず、生き残ることを最優先に…)


このジャングルには障害物になるものがたくさんある。それを上手く使いたいところだが…

すると、その魔物がまた槍のような腕をこちらに向けながら急接近してくる。

俺はそれを避けつつ、左手を異形の魔物へと向けた。


「『ライトニング!!』」


細い紫の雷は異形の魔物に直撃。しかし、異形の魔物は怯むこともなく、また突進してくる。


(やっぱ効かないか…)


幸いにも、こいつは攻撃が直線的で、知能も高くなさそうだ。


「『斬撃強化』」


サーベルの刃が淡く光る。異形の魔物の突進を避けると、すぐさま体を斬りつけた。

だが、甲殻を浅く傷つけただけで終わる。これだったら使わないほうが良いな。


そう思いながらも、異形の魔物の攻撃をどうにかいなしていると、異形の魔物が大盾のタックルによって吹っ飛ばされた。

現れたのは、全身鎧に身に纏った騎士だった。左手には大盾、右手には剣を持っている。


「無事か。鈴木海人」


兜の中から聞き覚えのある声が聞こえる。ん、いやこの声は…


「…あっ!土屋先輩ですか!」


「ああ。災難だったな、中間領域にいる魔物と遭遇してしまうとは」


そう言って、土屋先輩は異形の魔物との戦闘を始めた。

だがまぁ、その戦闘は土屋先輩が圧倒していた。

甲殻の硬さも、長槍のような腕も、土屋先輩の前では意味をなさない。

異形の魔物が槍で突き刺そうとするが、大盾で受け流す。そして反動を利用するように先輩が踏み込んだ。


「はっ!」


一閃。鋭い刃が黒い甲殻を切り裂き、濁った体液が辺りに飛び散った。

怯んだ隙を逃さず、追撃の斬撃が胴を横に裂く。そして、大盾を構えて勢いよくぶつけた。

異形の魔物は断末魔のような呻きを上げながら、遺跡の柱に叩きつけられると、ぐったりと動かなくなり、光となって消えた。


「……終わったな」


そう呟く土屋先輩の背中には、妙な威圧感があった。


「マジで助かりました。ありがとうございます」


俺が頭を下げると、先輩は頷く。


「たまたまこの辺りを探索していて良かったよ。あそこにある箱は俺が調べても良いな?」


「もちろんもちろん。俺は開けないで引き返そうとしてたところなんで」


「そうか。せっかくだから一緒に見るか?」


「お、見たいです」


土屋先輩は、まず異形の魔物がドロップした魔石と槍のようなものを拾った。すると、手の上にあった魔石と槍が消える。


「え、なんですか。今の」


「ん?あぁ、収納というスキルだ。手に入れたものを異空間にしまうことができる。

俺は鎧を身につける以上、あまり邪魔になりそうなものは背負いたくないからな」


「はぁー、なるほど。そんな便利スキルがあるんですね」


「ああ。Cランクのスキルスクロールだから高いけどな」


土屋先輩は黒い箱の元まで行くと、剣を使って開ける。

そして周囲を軽く見渡した。


「トラップ類もないな。さてと、中身は…スキルスクロールと腕輪か」


「当たりなんですか?」


「まぁ、鑑定しなきゃ価値は分からんが、当たりは当たりだな」


そう言うと、土屋先輩はスキルスクロールと腕輪を収納でしまった。


「それではな、鈴木」


「はい。ありがとうございましたー!」


土屋先輩は剣を鞘に収めて、大盾を収納でしまう。

そして手を軽くあげて去っていった。


「騎士かっけぇな…」


そう呟くと、俺は一旦休憩するために大扉へと向かっていった。

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