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第42話 獣

ダンジョンドローンを起動させ、手続きを済ませてダンジョンの大扉をくぐった瞬間、むわっとした湿気が俺たちを包み込んだ。

一之瀬さんが思わず顔をしかめる。


「…これは確かに不快ね」


「でしょ?」


足元は湿った土と落ち葉で覆われていて、一歩踏み出すたびにぐちゃりと音が鳴る。頭上には鬱蒼とした緑の天井が広がり、木漏れ日がわずかに差し込んでいる。


「思ったより暗いのね」


「そうなんだよねぇ。足元気をつけてね」


「分かったわ」


俺はサーベルを抜いて軽く構えると、慎重に歩き始めた。

一之瀬さんも俺の動きに合わせて歩いてくれている。


しばらく歩いていると、前方の木の幹に何かが這っているのが見えた。

俺は手を上げて一之瀬さんに停止の合図を送る。


「どうしたの?」


「何かいる。なんだっけあれ」


小声で聞いてくる一之瀬さんに、俺も小声で返事しながら前方を指差した。

そこにはラグビーボールほどの大きさがある甲虫の魔物がいた。

背中の甲羅は緑色で、ジャングルの中では保護色になっている。


「シェルビートルね。単体なら弱いわ、群れると面倒だけど」


「虫……大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ」


そう言いながらも、一之瀬さんの手が斧の柄を強く握っているのが分かった。


俺は慎重にシェルビートルに近づく。幸い、こちらには気づいていないようだ。

背後から一気に距離を詰めて、サーベルを甲羅の隙間に突き刺した。

シェルビートルは小さく鳴き声を上げて光の粒子となって消える。


「よし、一匹目」


振り返ると、一之瀬さんがほっとした表情を浮かべていた。


「案外あっけないのね」


「単体だとこんなもんでしょ」


シェルビートルがドロップした小さい魔石を拾うと、俺たちは再び歩き始めた。

途中、治癒の花を見つけて採取したり、浄化の実がなっている木を発見して収穫したりしながら進んでいく。

一之瀬さんも慣れてきたのか、最初ほど緊張している様子はない。


「意外と慣れてくるものね」


「慣れちゃえば普通のダンジョンと変わらないよね。外に出たときの開放感は凄いよ」


「フフ、それは楽しみだわ」


そんな会話をしていると、前方から複数の羽音が聞こえてきた。

俺は即座にサーベルを構える。


「来るよ。複数だ」


木々の間から現れたのは、蜂のような魔物が6匹。ニードルビーという鋭い針を持つ魔物だった。

以前若葉ダンジョンでも見かけたやつだな。

一之瀬さんの顔が青ざめる。


「は、蜂…」


「大丈夫だよ。一之瀬さん」


俺は一之瀬さんの前に出ると、飛んできたニードルビーの一匹にサーベルを振って斬り裂く。

そのとき、一之瀬さんが斧を構えて前に出てきた。


「私も、戦うわ」


虫が苦手とは思えないほど、その動きは鋭かった。

斧を大きく振り上げて、飛んできたニードルビーを真っ二つに叩き潰す。


「やるね!」


「虫は嫌いだけど、戦うのは別よ」


一之瀬さんの目に闘志が宿っている。

重鋼玉の斧の重量を活かした一撃は、俺のサーベルとは比べ物にならない破壊力だ。正直かっこいい。

俺も負けじと動く。ニードルビーが低空飛行で突っ込んできたところを、タイミングを合わせてサーベルで迎撃した。

残りは3匹。


「右から来るよ!」


「分かったわ!」


俺の声に反応して、一之瀬さんが右側のニードルビーに向かって斧を振るう。

重い斧が空気を切り裂く音と共に、ニードルビーが叩き落とされた。


俺は左側の2匹を相手にする。1匹が針を向けて突進してきたので、横に避けながらサーベルを振り上げた。

刃がニードルビーの腹部を捉え、魔物は光となって消える。


すると一之瀬さんが俺の前へと出て、最後の1匹は一之瀬さんが仕留めた。

斧を振り下ろす動作は力強く、まさに戦士らしい豪快な一撃だった。


「やったね!」


「ええ…思ったより、戦えたわ」


一之瀬さんは少し息を切らしながらも、満足そうな表情を浮かべていた。


「一之瀬さん、虫相手でもめちゃくちゃ強かったじゃん」


「戦闘中は集中してるから、虫のことなんて考えてる余裕がないのよ。でも…」


一之瀬さんが足元を見ると、そこにはまだ生きていて、少し蠢いているニードルビーが落ちていた。

途端に顔が青ざめる。


「ひっ!」


思わず俺の後ろに隠れる一之瀬さん。戦闘中の勇ましさはどこへやら、完全に普通の女の子に戻っていた。


「あはは、戦闘モードじゃないとダメなんだ」


「う、うるさいわね!戦ってるときとは別なのよ!」


頬を赤らめながら抗議する一之瀬さんが可愛くて、思わず笑ってしまう。


俺たちは針と魔石を回収して、探索者マップを確認しながらもさらに奥へと進んでいく。

途中、シェルビートルの群れと遭遇したが、今度は連携がスムーズだった。

俺が群れの注意を引きつけながらも倒していき、一之瀬さんも一匹ずつ確実に仕留めていく。


「いい感じだね」


「ええ。あなたの動きは合わせやすいわ」


そんな調子で探索を続けていると、前方に少し開けた空間が見えてきた。

そこには見たことのない大きな花が咲いている。


「あれは…」


「レアハーブね。そこそこ高く売れるはずよ」


一之瀬さんの目が輝くが、警戒は解かない。俺も周囲を警戒しながらもレアハーブに近づこうとした瞬間、地面から巨大な芋虫のような魔物が現れた。


「でっか!」


「グラウンドワーム…だったかしら」


グラウンドワームは体長3メートルほどもある巨大な芋虫で、口には鋭い牙が並んでいる。

地面を這いながらこちらに向かってくる。


「一之瀬さん、正面から行ける?」


「任せて」


一之瀬さんが斧を構えて前に出る。グラウンドワームが大きく口を開けて襲いかかってきた。

一之瀬さんは横に避けながら、斧を振り下ろす。

だが相手の皮膚は厚く、それでも斧の重量で深めの傷をつけることができた。


「硬いけど、斧なら通るわ!」


「俺が隙を作るよ」


俺はグラウンドワームの側面に回り込んで、サーベルで素早く切りつけた。浅い傷をつけ、相手の注意がこちらに向く。

その隙に一之瀬さんが再び攻撃を仕掛ける。今度は力を込めた一撃で、グラウンドワームの体に大きな傷をつけた。


「よし!その調子!」


俺たちは息の合った連携でグラウンドワームを翻弄する。

俺がサーベルやライトニングで注意を引きつけて、一之瀬さんが重い斧で大ダメージを与える。

この繰り返しで、徐々にグラウンドワームを追い詰めていく。


すると、一之瀬さんが左手を大きく広げた。


「『ビーストクロー!!』」


一之瀬さんがスキル名を叫ぶと、左手の指に白い半透明大きな鉤爪のようなものが現れた。

そして、一之瀬さんがその左手を振り抜くと、5本の斬撃がグラウンドワームに放たれる。

その斬撃は、グラウンドワームの身体を深く斬り裂き、巨大な魔物は光となって消えていく。


それを見ると、一之瀬さんは膝をついた。


「ハァ…ハァ…」


「大丈夫?一之瀬さん」


「…ええ。どうだったかしら、新しいスキルは」


「めちゃくちゃカッコよかったよ!威力も強かったし!」


「フフ、それなら良かったわ。でも、こんな調子じゃあまり使えないわね」


一之瀬さんは少しの間休憩すると、立ち上がった。そしてグラウンドワームがドロップした魔石と複数の牙の元へと歩く。


「今までドロップしたなかで一番大きい魔石かもしれないわ」


「俺も俺も。めっちゃ大きいね」


俺たちはドロップ品をリュックへ次々としまっていく。


「それじゃあ、レアハーブを採取しよっか」


「ええ。これで今日の探索は大成功ね」


「んね。運が良かったな〜」


レアハーブを慎重に採取して、リュックにしまう。これだけでもかなりの収入になるはずだ。


「そろそろ戻ろうか?」


「そうね」


俺たちはダンジョンの出口に向かって歩き始めた。

途中、一之瀬さんが口を開く。


「今日はありがとう。一人だったら、来なかったと思うわ」


「こちらこそ、一之瀬さんが来てくれて心強かったよ。めちゃくちゃ楽しかったし!」


一之瀬さんの笑顔を見て、俺も自然と笑顔になる。

今日の探索は、思った以上に収穫の多い一日だったな。


ダンジョンから出ると、外の空気がとても爽やかに感じられた。

湿気から解放された開放感と、充実した探索を終えた満足感で、俺の心は軽やかだった。

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