ピピピピッ!ピピピピッ!
「んー…」
俺は目覚まし時計を止めて、ゆっくりと体を起こした。
今日は一之瀬さんとの探索がある。
ツインブレードとして初めての活動になるな、まぁいつもとやることは変わらないけど。
「よし、頑張るか」
俺は素早く身支度を整えてアパートを出る。
外はまだ薄暗く、街灯がぼんやりと道を照らしている。
しばらく歩いて美女木支部の前に着くと、ベンチで一之瀬さんがスマホをいじりながら座っていた。
俺に気が付いて顔を上げる。
「おはよう、鈴木くん」
「おはよー、一之瀬さん。早いね」
「私もさっき着いたぐらいよ。それじゃ、行く?」
「うん。さっそく行こっか」
俺たちは美女木ダンジョンの入口へ向かった。
朝の7時ということもあり、他の探索者もちらほら見かける。
人も少しは戻ってきたかな?
ダンジョンドローンを起動させると、ダンジョンの入口で手続きを済ませ、俺たちは中に入る。
「…少し湿気がマシになってることを期待したけど、そんなことないか」
「ハハ!マシになってたら最高だったんだけどね〜」
緑の匂いと湿った空気が俺たちを包む。
木々の間から差し込む光が、どことなく幻想的な雰囲気を作り出している。
俺は軽く体を伸ばし、リュックからサーベルを取り出して右手に持った。
「そんじゃ、行こっか」
「ええ」
俺と一之瀬さんはジャングルへと足を踏み入れる。
そして少し進んだ場所で、早速魔物を見つけた。
「あ、シェルビートルがいるわ」
「ん、ほんとだ」
一之瀬さんが指差した先に、昨日も戦った甲虫の魔物がいた。一之瀬さんは左手をシェルビートルへと向ける。
「『マジックアロー』」
紫の魔法の矢が生成されると、シェルビートルへ向けて真っ直ぐと放たれる。そしてマジックアローはシェルビートルに命中し、貫いた。
シェルビートルは一瞬だけビクッと体を震わせると、光となって消えた。
「お見事。当たるもんだね」
「若干追尾してくれてるみたいなのよね」
「へぇ!そうだったんだ」
他愛もない会話をしながら、シェルビートルがドロップした魔石をリュックに入れて、さらに奥へ進んでいく。
「あ、ニードルビーの群れがいる」
「ほんとね」
今度は鋭い針を持つ蜂の魔物が7匹ほど飛んでいた。若干、一之瀬さんの顔には怯えが見えるが、昨日よりは大丈夫そうだ。
「昨日と同じように正面から戦おうか」
「ええ」
そう言って、一之瀬さんは斧を構えた。俺もサーベルを構える。
ニードルビーの群れも俺達に気が付いた。騒がしい羽音を鳴らしながら俺達に接近してくる。
俺は左手をニードルビーへと向ける。
「『ライトニング』」
紫の細い雷が一匹のニードルビーに直撃、体を震わせて地面に落ちる。
羽音が一瞬だけ止まり、すぐに再び怒りのような音が響いた。残る六匹が散開しながら、俺たちに襲いかかってくる。
「二手に分かれる!三匹ずつね!」
「分かったわ!」
俺は右へ、一之瀬さんは左へと跳び、二人同時に敵を引きつけるように動く。
空中から襲いかかるニードルビーの針は鋭く、動きも速い。だが、こっちの動きにも慣れてきた。
俺は低くしゃがみ込み、間合いを詰めた一匹の針をサーベルで弾いた。
そのままサーベルを振るって胴体を斬り裂くと、光の粒子が舞う。
斜め後ろから羽音。地面を蹴って前へと飛び避けながら振り向く。
追ってきた二匹がすれ違い様に針を突き出すが、かすりもしない。一気に一匹の背後に飛びかかり、首元を切り裂いた。
ざっ、と草を踏みしめ、俺は最後の一匹へと向かう。
そいつも俺に狙いを定め、針を突き出してきた――が、それよりも一瞬早く俺の蹴りが羽を砕いた。
地に落ちたニードルビーにサーベルを突き刺す。
その瞬間、後方で何かが弾けるような音がした。
「はっ!」
振り向けば、一之瀬さんの斧が振り抜かれ、最後のニードルビーが倒れる瞬間だった。
一之瀬さんは額に流れる汗をぬぐいながら、こちらに顔を向ける。
「終わったわね」
「うん。順調に倒せたね」
「ええ。ドロップしたのを回収しましょうか」
草むらには、倒れたニードルビーの魔石と針が点々と落ちている。
俺たちはそれらを全て拾うと、また歩き出した。
しばらく歩いていると、俺は妙な感覚を覚えた。
何かが近づいてくるような…そんな気配を感じる。
「一之瀬さん、ちょっと待って」
「どうしたの?」
俺は立ち止まり、周囲を見回した。
この感覚は初めてだ。でも、確実に何かがいる。
「何かいる。大きな魔物が…」
「え?どこに?」
一之瀬さんも警戒して斧を構える。
その時、地面が振動した。
そして、土の中からグラウンドワームが姿を現した。
「うわ!また出た!」
「でも、昨日のよりは小さいわね」
昨日と同じ地中に潜む大型の魔物だ。
体長3メートルほどの巨大なミミズのような姿をしている。
「昨日の経験を活かそう」
俺たちは昨日の戦法を思い出し、連携して戦った。
俺がサーベルで注意を引き、一之瀬さんが斧で大ダメージを与える。
「『ビーストクロー!!』」
一之瀬さんのスキルが発動し、左手に光の爪が現れ、5本の斬撃を放つ。
その一撃でグラウンドワームに深い傷を負わせた。だがまだ死なない。
俺がグラウンドワームについた傷に、サーベルを突き刺して傷を裂いて広げ、トドメをさした。
グラウンドワームからは大きな魔石と牙を手に入れた。
ドロップ品を回収すると、一之瀬さんが不思議そうな顔をする。
「どうして、グラウンドワームの接近に気がつけたの?」
「なんでだろ?何となく感じ取れたんだよね……って、分かった!
さっきのニードルビーを倒してレベルが5になったんだ!」
「あぁ〜、なるほど。それで気配察知を獲得したのね」
「たぶんそうだね!あースッキリした、理由も分からずに魔物に気付いたなんて気持ち悪いもんね」
「フフ、確かにね」
気配察知のスキルのおかげで、魔物の接近も事前に察知できるようになり、探索がより安全になった。
魔物の位置を事前に把握し、奇襲を仕掛けて一気に畳みかけるという戦法が何よりも強い。
それからお昼休憩も挟みつつ、植物系のものも採取しながらも順調に魔物を倒していった。
「そろそろ夕方ね」
一之瀬さんがスマホを確認しながら言う。
「お、マジか。それじゃあ、そろそろ戻ろうか」
「ええ。今日はかなり順調だったわね」
「ね!気配察知くんマジで助かるわ」
「フフ、気配察知くんってなによ。でも魔物の位置を把握できるだけでもかなり楽だったわね」
そんなことを話しながら、ダンジョン入口の大扉へと歩いていき、たどり着いた。
手続きを済ませてダンジョンを出ると、2人で軽く体を伸ばす。
「なんだかんだ疲れたな〜」
「そうね…買取所に行きましょうか、あまり留まってると面倒になっちゃいそう」
「たしかに」
俺たちは買取所へと向かい、事前に依頼をいくつか受けて、魔石以外を全て売る。
合計で12万ちょっとだった、まぁ悪くない。
買取所を出ると、夕日が街を染めていた。
「今日もアイス食べない?」
一之瀬さんの提案に、俺は迷わず頷いた。
「いいね。もはや探索終わりのルーティンにしちゃおっか」
「いい考えね!そうしましょ!」
一之瀬さんは嬉しそうな顔で了承し、俺も思わず笑みを浮かべる。俺たちは探索者協会に入り、アイスを注文する。
俺たちは今日の探索を振り返りながら、ゆっくりとアイスを味わった。
アイスを食べ終えると、俺たちは探索者協会を出る。
「それじゃあ、また明日学園で」
「ええ、また明日」
一之瀬さんと別れ、俺は満足感に包まれながら家路についた。
レベル5到達、新スキル獲得、そして一之瀬さんとも楽しく探索できた。
今日は本当に充実した一日だったな。
翌日、俺は普段通りの時間に学園に到着した。
教室に入ると、いつものように朝のざわめきが聞こえてくる。
しかし、いつもと違う雰囲気があった。
何人かのクラスメイトが深刻な表情で話し込んでいる。
俺が席に着くと、隣の席の女子生徒が珍しく話しかけてきた。
「おはよう、鈴木くん。聞いた?藤村のこと」
「藤村?何かあったの?」
「まだ正式な発表はないけど、昨日ダンジョンで…」
その時、鬼龍先生が教室に入ってきた。
いつもの淡々とした表情だが、どこか重い雰囲気を纏っている。
「全員、席に着け」
クラス全員が静かに席に座った。
教室内の空気が張り詰めている。
鬼龍先生は教壇に立ち、深く息を吸った。
「今日は、お前たちに伝えなければならないことがある」
先生の声は、いつもより低く、重々しかった。
「昨日の夕方、藤村がダンジョン内で亡くなった」
教室内に衝撃が走った。
何人かの生徒が息を呑む音が聞こえる。
「藤村は一人で若葉ダンジョンの中間領域に挑戦していたようだ。
詳細はまだ調査中だが、魔物との戦闘で致命傷を負ったとのことだ」
俺の頭の中が真っ白になった。藤村…確か長身の男子で明るい人だったはずだ。
「探索者という職業は、常に死と隣り合わせだ。お前たちも、このことを肝に銘じておけ」
鬼龍先生の言葉が、教室内に重く響いた。
「無謀な挑戦は命を落とす、安全第一で行動することを忘れるな。探索の成功は、生き残ってダンジョンを脱出することが大前提だ。
今日の授業は中止する。各自、この件について考える時間にしろ」
鬼龍先生はそう言い残し、教室を出て行った。
教室内は重い沈黙に包まれた。
誰も口を開こうとしない。
俺は窓の外を見つめながら、改めて探索者という職業の危険性を実感していた。
前まで同じ教室にいた仲間が、もうこの世にいない。
そんな現実を、俺は受け入れなければならなかった。