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第45話 前提

ピピピピッ!ピピピピッ!


「んー…」


俺は目覚まし時計を止めて、ゆっくりと体を起こした。

今日は一之瀬さんとの探索がある。

ツインブレードとして初めての活動になるな、まぁいつもとやることは変わらないけど。


「よし、頑張るか」


俺は素早く身支度を整えてアパートを出る。

外はまだ薄暗く、街灯がぼんやりと道を照らしている。


しばらく歩いて美女木支部の前に着くと、ベンチで一之瀬さんがスマホをいじりながら座っていた。

俺に気が付いて顔を上げる。


「おはよう、鈴木くん」


「おはよー、一之瀬さん。早いね」


「私もさっき着いたぐらいよ。それじゃ、行く?」


「うん。さっそく行こっか」


俺たちは美女木ダンジョンの入口へ向かった。

朝の7時ということもあり、他の探索者もちらほら見かける。

人も少しは戻ってきたかな?


ダンジョンドローンを起動させると、ダンジョンの入口で手続きを済ませ、俺たちは中に入る。


「…少し湿気がマシになってることを期待したけど、そんなことないか」


「ハハ!マシになってたら最高だったんだけどね〜」


緑の匂いと湿った空気が俺たちを包む。

木々の間から差し込む光が、どことなく幻想的な雰囲気を作り出している。

俺は軽く体を伸ばし、リュックからサーベルを取り出して右手に持った。


「そんじゃ、行こっか」


「ええ」


俺と一之瀬さんはジャングルへと足を踏み入れる。

そして少し進んだ場所で、早速魔物を見つけた。


「あ、シェルビートルがいるわ」


「ん、ほんとだ」


一之瀬さんが指差した先に、昨日も戦った甲虫の魔物がいた。一之瀬さんは左手をシェルビートルへと向ける。


「『マジックアロー』」


紫の魔法の矢が生成されると、シェルビートルへ向けて真っ直ぐと放たれる。そしてマジックアローはシェルビートルに命中し、貫いた。

シェルビートルは一瞬だけビクッと体を震わせると、光となって消えた。


「お見事。当たるもんだね」


「若干追尾してくれてるみたいなのよね」


「へぇ!そうだったんだ」


他愛もない会話をしながら、シェルビートルがドロップした魔石をリュックに入れて、さらに奥へ進んでいく。


「あ、ニードルビーの群れがいる」


「ほんとね」


今度は鋭い針を持つ蜂の魔物が7匹ほど飛んでいた。若干、一之瀬さんの顔には怯えが見えるが、昨日よりは大丈夫そうだ。


「昨日と同じように正面から戦おうか」


「ええ」


そう言って、一之瀬さんは斧を構えた。俺もサーベルを構える。

ニードルビーの群れも俺達に気が付いた。騒がしい羽音を鳴らしながら俺達に接近してくる。

俺は左手をニードルビーへと向ける。


「『ライトニング』」


紫の細い雷が一匹のニードルビーに直撃、体を震わせて地面に落ちる。

羽音が一瞬だけ止まり、すぐに再び怒りのような音が響いた。残る六匹が散開しながら、俺たちに襲いかかってくる。


「二手に分かれる!三匹ずつね!」


「分かったわ!」


俺は右へ、一之瀬さんは左へと跳び、二人同時に敵を引きつけるように動く。


空中から襲いかかるニードルビーの針は鋭く、動きも速い。だが、こっちの動きにも慣れてきた。

俺は低くしゃがみ込み、間合いを詰めた一匹の針をサーベルで弾いた。

そのままサーベルを振るって胴体を斬り裂くと、光の粒子が舞う。


斜め後ろから羽音。地面を蹴って前へと飛び避けながら振り向く。

追ってきた二匹がすれ違い様に針を突き出すが、かすりもしない。一気に一匹の背後に飛びかかり、首元を切り裂いた。


ざっ、と草を踏みしめ、俺は最後の一匹へと向かう。

そいつも俺に狙いを定め、針を突き出してきた――が、それよりも一瞬早く俺の蹴りが羽を砕いた。

地に落ちたニードルビーにサーベルを突き刺す。


その瞬間、後方で何かが弾けるような音がした。


「はっ!」


振り向けば、一之瀬さんの斧が振り抜かれ、最後のニードルビーが倒れる瞬間だった。

一之瀬さんは額に流れる汗をぬぐいながら、こちらに顔を向ける。


「終わったわね」


「うん。順調に倒せたね」


「ええ。ドロップしたのを回収しましょうか」


草むらには、倒れたニードルビーの魔石と針が点々と落ちている。

俺たちはそれらを全て拾うと、また歩き出した。


しばらく歩いていると、俺は妙な感覚を覚えた。

何かが近づいてくるような…そんな気配を感じる。


「一之瀬さん、ちょっと待って」


「どうしたの?」


俺は立ち止まり、周囲を見回した。

この感覚は初めてだ。でも、確実に何かがいる。


「何かいる。大きな魔物が…」


「え?どこに?」


一之瀬さんも警戒して斧を構える。


その時、地面が振動した。

そして、土の中からグラウンドワームが姿を現した。


「うわ!また出た!」


「でも、昨日のよりは小さいわね」


昨日と同じ地中に潜む大型の魔物だ。

体長3メートルほどの巨大なミミズのような姿をしている。


「昨日の経験を活かそう」


俺たちは昨日の戦法を思い出し、連携して戦った。

俺がサーベルで注意を引き、一之瀬さんが斧で大ダメージを与える。


「『ビーストクロー!!』」


一之瀬さんのスキルが発動し、左手に光の爪が現れ、5本の斬撃を放つ。

その一撃でグラウンドワームに深い傷を負わせた。だがまだ死なない。

俺がグラウンドワームについた傷に、サーベルを突き刺して傷を裂いて広げ、トドメをさした。

グラウンドワームからは大きな魔石と牙を手に入れた。

ドロップ品を回収すると、一之瀬さんが不思議そうな顔をする。


「どうして、グラウンドワームの接近に気がつけたの?」


「なんでだろ?何となく感じ取れたんだよね……って、分かった!

さっきのニードルビーを倒してレベルが5になったんだ!」


「あぁ〜、なるほど。それで気配察知を獲得したのね」


「たぶんそうだね!あースッキリした、理由も分からずに魔物に気付いたなんて気持ち悪いもんね」


「フフ、確かにね」


気配察知のスキルのおかげで、魔物の接近も事前に察知できるようになり、探索がより安全になった。

魔物の位置を事前に把握し、奇襲を仕掛けて一気に畳みかけるという戦法が何よりも強い。


それからお昼休憩も挟みつつ、植物系のものも採取しながらも順調に魔物を倒していった。



「そろそろ夕方ね」


一之瀬さんがスマホを確認しながら言う。


「お、マジか。それじゃあ、そろそろ戻ろうか」


「ええ。今日はかなり順調だったわね」


「ね!気配察知くんマジで助かるわ」


「フフ、気配察知くんってなによ。でも魔物の位置を把握できるだけでもかなり楽だったわね」


そんなことを話しながら、ダンジョン入口の大扉へと歩いていき、たどり着いた。

手続きを済ませてダンジョンを出ると、2人で軽く体を伸ばす。


「なんだかんだ疲れたな〜」


「そうね…買取所に行きましょうか、あまり留まってると面倒になっちゃいそう」


「たしかに」


俺たちは買取所へと向かい、事前に依頼をいくつか受けて、魔石以外を全て売る。

合計で12万ちょっとだった、まぁ悪くない。

買取所を出ると、夕日が街を染めていた。


「今日もアイス食べない?」


一之瀬さんの提案に、俺は迷わず頷いた。


「いいね。もはや探索終わりのルーティンにしちゃおっか」


「いい考えね!そうしましょ!」


一之瀬さんは嬉しそうな顔で了承し、俺も思わず笑みを浮かべる。俺たちは探索者協会に入り、アイスを注文する。


俺たちは今日の探索を振り返りながら、ゆっくりとアイスを味わった。

アイスを食べ終えると、俺たちは探索者協会を出る。


「それじゃあ、また明日学園で」


「ええ、また明日」


一之瀬さんと別れ、俺は満足感に包まれながら家路についた。


レベル5到達、新スキル獲得、そして一之瀬さんとも楽しく探索できた。

今日は本当に充実した一日だったな。




翌日、俺は普段通りの時間に学園に到着した。

教室に入ると、いつものように朝のざわめきが聞こえてくる。


しかし、いつもと違う雰囲気があった。

何人かのクラスメイトが深刻な表情で話し込んでいる。


俺が席に着くと、隣の席の女子生徒が珍しく話しかけてきた。


「おはよう、鈴木くん。聞いた?藤村のこと」


「藤村?何かあったの?」


「まだ正式な発表はないけど、昨日ダンジョンで…」


その時、鬼龍先生が教室に入ってきた。

いつもの淡々とした表情だが、どこか重い雰囲気を纏っている。


「全員、席に着け」


クラス全員が静かに席に座った。

教室内の空気が張り詰めている。


鬼龍先生は教壇に立ち、深く息を吸った。


「今日は、お前たちに伝えなければならないことがある」


先生の声は、いつもより低く、重々しかった。


「昨日の夕方、藤村がダンジョン内で亡くなった」


教室内に衝撃が走った。

何人かの生徒が息を呑む音が聞こえる。


「藤村は一人で若葉ダンジョンの中間領域に挑戦していたようだ。

詳細はまだ調査中だが、魔物との戦闘で致命傷を負ったとのことだ」


俺の頭の中が真っ白になった。藤村…確か長身の男子で明るい人だったはずだ。


「探索者という職業は、常に死と隣り合わせだ。お前たちも、このことを肝に銘じておけ」


鬼龍先生の言葉が、教室内に重く響いた。


「無謀な挑戦は命を落とす、安全第一で行動することを忘れるな。探索の成功は、生き残ってダンジョンを脱出することが大前提だ。

今日の授業は中止する。各自、この件について考える時間にしろ」


鬼龍先生はそう言い残し、教室を出て行った。


教室内は重い沈黙に包まれた。

誰も口を開こうとしない。


俺は窓の外を見つめながら、改めて探索者という職業の危険性を実感していた。


前まで同じ教室にいた仲間が、もうこの世にいない。


そんな現実を、俺は受け入れなければならなかった。

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