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第46話 探索者

鬼龍先生の重い言葉が教室に響いてから、しばらく誰も口を開かなかった。


藤村くんが亡くなった。


この前まで同じ教室で過ごしていた人が、もうこの世にいない。


俺は窓の外を見つめながら、改めて探索者という職業の危険性を実感していた。

レベルアップの喜び、新スキルの興奮、一之瀬さんとの楽しい時間…それらすべてが、藤村くんの死という現実の前では、とても軽いもののように思えた。


教室内は重い沈黙に包まれている。

何人かの生徒は机に突っ伏し、何人かは呆然と宙を見つめている。


俺も、しばらくその場に座り続けていた。

でも、このまま教室にいても気が滅入るだけだ。


「…食堂に行こう」


俺は小さくつぶやき、席を立った。

何人かのクラスメイトが俺の方を見たが、誰も声をかけてこない。


教室を出て廊下を歩いていると、足音が軽やかではないことに気づく。

いつもなら軽快に歩いているはずなのに、今日は足が重い。


俺は適当にカレーライスを選んで、空いているテーブルに座った。

スプーンでカレーを口に運びながら、ぼんやりと考え事をする。


「鈴木くん」


聞き慣れた声に顔を上げると、一之瀬さんが立っていた。

彼女も同じようにカレーライスを持っている。


「一之瀬さん」


「ここ、座るわね」


一之瀬さんは俺の向かいに座った。

彼女の表情も、いつもより暗い。


俺たちは静かにカレーを食べる。


「私、藤村くんとはそんなに話したことなかったけど…」


一之瀬さんが口を開いた。


「でも、同じクラスの仲間だったから、やっぱり悲しいわ」


「そうだね。基礎訓練施設とかで見かけることはあったし、会釈ぐらいはしてたけど……俺達も気をつけなきゃね」


「ええ。そうね」


一之瀬さんはカレーを食べながら軽く頷く。


「藤村くんは中間領域に一人で行ったんだよね」


「らしいわね。一人で中間領域なんて、無謀すぎるわ」


「でも、気持ちは分からなくもない。早く強くなりたいって思うのは、探索者なら誰でも持ってる気持ちだから」


俺たちは静かにカレーを食べ続ける。


「今日の午後はどうする?」


「基礎訓練施設に行こうかと思ってるわ。鈴木くんは?」


「俺も同じ。一緒に行こっか」


「ええ」


俺たちは食べ終わると、食堂を出て基礎訓練施設に向かった。


歩きながら、俺は一之瀬さんに聞いてみた。


「一之瀬さんは、やっぱり力の訓練?」


「そうね。攻撃の威力は出来るだけ上げていきたいし、鈴木くんは?」


「今日は気の訓練かな。気を上げると、気配察知の感知範囲が少しずつ広がるらしいんだよね」


「へぇ、そうなのね。私も気を上げなきゃなぁ、ビーストクローもたくさん使えるようになりたいし」


「あれ気力消費するんだったっけ」


「ええ。強いけどちょっと面倒なのよね」


そんなことを話していると、基礎訓練施設に到着した。


「それじゃあね。鈴木くん」


「うん。お互い頑張ろ」


俺たちはそれぞれの訓練エリアに向かった。





俺は基礎訓練を夕方までやって家に帰り、晩飯を食べ終わると、布団で横になり、天井を見上げた。


やっぱり、今日ずっと考えていたけど、何があっても安全第一だ。


「強くなるのも大事だけど、生き残らなきゃ意味がない」


ぽつりと呟いたその言葉が、夜の静けさに吸い込まれていく。

どんなに訓練しても、どんなに装備を整えても、死ぬときは一瞬だ。

一緒に冒険したこともなければ、深く話したこともないけど、それでも確かに、同じ道を歩んでいた仲間だった。


「…絶対、無駄にしないからな」


小さくつぶやいて、目を閉じた。

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