鬼龍先生の重い言葉が教室に響いてから、しばらく誰も口を開かなかった。
藤村くんが亡くなった。
この前まで同じ教室で過ごしていた人が、もうこの世にいない。
俺は窓の外を見つめながら、改めて探索者という職業の危険性を実感していた。
レベルアップの喜び、新スキルの興奮、一之瀬さんとの楽しい時間…それらすべてが、藤村くんの死という現実の前では、とても軽いもののように思えた。
教室内は重い沈黙に包まれている。
何人かの生徒は机に突っ伏し、何人かは呆然と宙を見つめている。
俺も、しばらくその場に座り続けていた。
でも、このまま教室にいても気が滅入るだけだ。
「…食堂に行こう」
俺は小さくつぶやき、席を立った。
何人かのクラスメイトが俺の方を見たが、誰も声をかけてこない。
教室を出て廊下を歩いていると、足音が軽やかではないことに気づく。
いつもなら軽快に歩いているはずなのに、今日は足が重い。
俺は適当にカレーライスを選んで、空いているテーブルに座った。
スプーンでカレーを口に運びながら、ぼんやりと考え事をする。
「鈴木くん」
聞き慣れた声に顔を上げると、一之瀬さんが立っていた。
彼女も同じようにカレーライスを持っている。
「一之瀬さん」
「ここ、座るわね」
一之瀬さんは俺の向かいに座った。
彼女の表情も、いつもより暗い。
俺たちは静かにカレーを食べる。
「私、藤村くんとはそんなに話したことなかったけど…」
一之瀬さんが口を開いた。
「でも、同じクラスの仲間だったから、やっぱり悲しいわ」
「そうだね。基礎訓練施設とかで見かけることはあったし、会釈ぐらいはしてたけど……俺達も気をつけなきゃね」
「ええ。そうね」
一之瀬さんはカレーを食べながら軽く頷く。
「藤村くんは中間領域に一人で行ったんだよね」
「らしいわね。一人で中間領域なんて、無謀すぎるわ」
「でも、気持ちは分からなくもない。早く強くなりたいって思うのは、探索者なら誰でも持ってる気持ちだから」
俺たちは静かにカレーを食べ続ける。
「今日の午後はどうする?」
「基礎訓練施設に行こうかと思ってるわ。鈴木くんは?」
「俺も同じ。一緒に行こっか」
「ええ」
俺たちは食べ終わると、食堂を出て基礎訓練施設に向かった。
歩きながら、俺は一之瀬さんに聞いてみた。
「一之瀬さんは、やっぱり力の訓練?」
「そうね。攻撃の威力は出来るだけ上げていきたいし、鈴木くんは?」
「今日は気の訓練かな。気を上げると、気配察知の感知範囲が少しずつ広がるらしいんだよね」
「へぇ、そうなのね。私も気を上げなきゃなぁ、ビーストクローもたくさん使えるようになりたいし」
「あれ気力消費するんだったっけ」
「ええ。強いけどちょっと面倒なのよね」
そんなことを話していると、基礎訓練施設に到着した。
「それじゃあね。鈴木くん」
「うん。お互い頑張ろ」
俺たちはそれぞれの訓練エリアに向かった。
俺は基礎訓練を夕方までやって家に帰り、晩飯を食べ終わると、布団で横になり、天井を見上げた。
やっぱり、今日ずっと考えていたけど、何があっても安全第一だ。
「強くなるのも大事だけど、生き残らなきゃ意味がない」
ぽつりと呟いたその言葉が、夜の静けさに吸い込まれていく。
どんなに訓練しても、どんなに装備を整えても、死ぬときは一瞬だ。
一緒に冒険したこともなければ、深く話したこともないけど、それでも確かに、同じ道を歩んでいた仲間だった。
「…絶対、無駄にしないからな」
小さくつぶやいて、目を閉じた。