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第54話 始まり

「…私、あなたの事が好きみたい」


「……へっ?」


その言葉を聞いた瞬間、俺の思考が完全に停止した。

そして、その言葉を理解すると、顔に熱が集まってくるのを感じて、自分でも顔が赤くなったのを自覚した。


「な、なんで?」


俺は思わずそう口にしていた。一之瀬さんの突然の告白に、頭が追いつかない。

一之瀬さんは少し顔を背けて、頬を薄く染めながら答えた。


「いつの間にか好きになってたから、好きになったきっかけは分からないけれど…」


一之瀬さんは俺の方を見つめ直すと、そっと俺の手に自分の両手を重ねた。

温かくて柔らかい感触が伝わってくる。


「あなたのこと、誰にも渡したくないの」


その言葉と同時に、俺の心臓が激しく鼓動し始めた。

ドクドクと音が聞こえそうなほど早く打っている。手のひらに汗をかいて、呼吸も浅くなってしまう。


「え、あ…その…」


俺は狼狽えながら言葉を探したが、うまく話せない。

一之瀬さんの手の温もりと、彼女の真剣な眼差しに圧倒されていた。


一之瀬さんは俺のそんな様子を見て、クスッと小さく笑った。


「可愛いわね」


「か、可愛いって…」


俺がそう言いかけた時、一之瀬さんが俺にもたれかかるように抱きついてきた。彼女の体温と香りが一気に近くなって、俺の混乱は頂点に達した。


「私のものになってくれる?」


一之瀬さんは俺の耳元でそう囁くと、顔を上げて俺を見つめた。その瞳には強い意志が宿っている。


「一之瀬さん…」


俺が何か言おうとした瞬間、一之瀬さんの唇が俺の唇に重なった。


柔らかくて温かい感触。時間が止まったような感覚。

俺の頭の中は完全に真っ白になって、何も考えられなくなった。


キスは数秒間続いた。一之瀬さんが顔を離すと、俺たちは見つめ合った。


「…初めて?」


一之瀬さんが小さく聞いた。


「う、うん…」


俺は頷いた。顔が火照って、まだ心臓がドキドキしている。


「私も」


一之瀬さんも少し恥ずかしそうに微笑んだ。


リビングに静寂が流れた。窓の外では街の明かりが輝いていて、夜景が美しく見える。

でも俺の頭の中は、さっきのキスのことでいっぱいだった。


「あの…」


俺は何か言おうとしたが、言葉が出てこない。


「今すぐ答えを出さなくても大丈夫よ」


一之瀬さんは優しく言った。


「でも、私の気持ちは本当。あなたのことが好き」


「俺も…」


俺は言いかけて、言葉に詰まった。自分の気持ちがよく分からない。

一之瀬さんのことは確かに大切に思っているし、一緒にいると楽しい。でも、それが恋愛感情なのかどうか、俺にはまだ分からなかった。


「俺も、一之瀬さんのことは大切に思ってる。でも、恋愛感情なのかどうか、まだよく分からないんだ」


「フフ、正直でいてくれてありがとう」


一之瀬さんは微笑んだ。


「でも、今のキスはどうだった?」


「え?」


「嫌だった?」


「いや…嫌じゃなかった」


俺は正直に答えた。


「それなら、少しずつでいいから、私のことを考えてみて」


一之瀬さんは俺の手を握り直した。


「私は、待ってるから」


一之瀬さんは笑顔でそう言った。

時計を見ると、もう19時を過ぎていた。


「そろそろ、帰ろうかな」


「そうね。見送るわ」


俺は立ち上がって、玄関に向かった。一之瀬さんも一緒についてきてくれる。


「今日はありがとう、楽しかった。お菓子とかもありがとね」


「こちらこそ。楽しかったわ」


「うん…それじゃ、また明日」


「ええ、また明日」


一之瀬さんは玄関で俺を見送ってくれた。


エレベーターに乗って1階に降りると、俺は深く息を吸った。外の空気が冷たくて、少し頭がすっきりする。


駅に向かって歩きながら、俺は今日のことを考えた。

確かに一之瀬さんのことは大切に思っている。一緒にいると楽しいし、彼女が危険な目に遭うのは嫌だ。

でも、それが恋愛感情なのかどうか、まだよく分からない。


電車に乗って家に帰る間、俺はずっとそのことを考えていた。一之瀬さんの優しい笑顔、温かい手の感触、そして柔らかい唇の感触が頭から離れなかった。


家に着いて部屋に入ると、俺は鏡で自分の顔を見た。まだ少し赤くなっている。


「どうしたら、良いんだろう」


俺は一人で呟いた。






【一之瀬視点】


私は鈴木くんを見送ると、足早にリビングまで戻り、ソファに腰を下ろした。

そして、さっきまで鈴木くんが座っていた場所に視線を向ける。


「言っちゃったなぁ…」


本当は今日、告白するつもりは無かったけれど、いつも過ごしている空間に鈴木くんがいたのと、特集を見ていたら想いが溢れてしまった。


「き、キスもしちゃった。鈴木くんと…」


唇を指先で軽く触れる。僅かにまだ、鈴木くんの唇の感触が残っているような気がする。

そう思うと、鼓動が早まってきた。


「鈴木くん…可愛かったな」


告白されて狼狽えてる鈴木くんを思い出すと、胸が締め付けられる。

もう、ダメだ。私には鈴木くんしか考えられない。


「もっと、攻めなきゃ」


まだ付き合ってるわけじゃない、でも反応的に悪くは無かったはず。

でも油断はできない。これから有名になるにつれて、鈴木くんの女性ファンもどんどん増えるだろうし。

あの、ギャルの探索者みたいな人が鈴木くんを誘惑するかもしれない。


その前に、私で耐性をつけてもらわないと…


「鈴木くん…好き…」

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