基礎訓練施設での訓練を終えて家に着くと、俺は玄関で靴を脱ぎながら深く息を吸った。
気の訓練は相変わらずきついが、ライトニングを連続で使える回数もかなり増えてきている。
リビングに入って畳に座ると、スマホから通知音が鳴った。
着信の表示を見ると、珍しく母さんからの電話だった。
「もしもし、どうしたの?珍しいね」
俺が電話に出ると、母さんの声が聞こえてきた。声を聞くのも久々な気がする。
『あなた、最近目立ってきてるみたいね』
「あぁ、うん、そうだね」
確かに、シーカーズ・ニュースの特集以降、注目度が上がっているのは実感している。
『伊藤家の当主、貴方達のために張り切ってるわ。
有名になると変な輩も寄ってくるから気をつけなさい』
「…なるほど、分かったよ」
心配しているような風に言うが、相変わらずどこか淡々としている。
『当たり前だけど、探索も気をつけなさい。無理は禁物よ』
「うん、ありがとう。母さんも体に気をつけて」
『ええ。それじゃあ、また連絡するわね』
電話を切ると、俺は晩飯を食べ始めた。
それから、ちょうどよく美女木ダンジョンが再構築期間に入ってしまい、土日は基礎訓練で費やした。
そして、7月に入った。
朝から太陽が容赦なく照りつけ、アスファルトからは陽炎が立ち上っている。
まだ朝の8時だというのに、既に気温は30度を超えているようで、夏の本格的な暑さが始まったみたいだ。
「あっつ…」
俺はげんなりしながらも、探索者協会美女木支部へと向かった。シャツが既に汗で湿っている。
「あの、すみません」
美女木支部行きのバスに向かう途中で、20代前半くらいの女性に声をかけられた。
「はい?」
「もしかして、鈴木海人さんですか?」
「あ、はい。そうですけど」
女性の顔がパッと明るくなった。
「やっぱり!シーカーズ・ニュースの特集見ましたよ!
かっこよかったです!」
「あ、ありがとうございます」
俺は少し戸惑いながら答えた。
「あの、もしよかったら一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
「あぁ、良いですよ」
「ありがとうございます!」
女性はスマホを取り出して、俺と一緒に自撮りをした。
「本当にありがとうございました!頑張ってください!」
「ありがとうございます」
女性は何度もお礼を言いながら去っていった。
最近はこういうことが増えた。俺のファンだという人に声をかけられることが多くなったのだ。
たまに連絡先を聞いてくる人もいるが、さすがにそれは断っている。
有名になるというのは、こういうことなのか。悪い気はしないが、少し戸惑いもある。
バスに乗って美女木支部に到着すると、俺は中に入って休憩スペースに向かった。
エアコンの効いた涼しい空間にほっと一息つく。
少し探すと、窓際の席で座ってスマホを見ている舞を見つけた。
「おはよう」
俺が声をかけると、舞は顔を上げて笑みを浮かべた。
「おはよう。暑くなってきたわね」
「うん、さすがに暑くなってきたねー」
俺は舞の向かいの席に座りながら言った。
「ええ、本当に。今日なんて朝からもう30度超えてるらしいわね」
「らしいね。ダンジョンの中はいくらか涼しいといいんだけど」
「たぶん、涼しいんじゃないかしら?」
「そうだといいな〜」
俺たちは軽く世間話をしながら、今日の探索の準備を整えた。
「それじゃ、行こうか」
「ええ」
俺たちは休憩スペースを出て、ダンジョン入口の大扉へ向かった。
大通りには、ジャングルのダンジョンだった時よりも人が戻っていた。やっぱり賑わってるのは良いもんだ。
大扉の前に着くと、いつものようにダンジョンドローンを起動させる。2台のドローンが静かに浮上し、俺たちの周りを回り始めた。
そして大扉で手続きを済ませると、俺たちは中に入った。
そこには、久しぶりの平原が広がっていた。
青い空の下に緑の草原が続き、遠くには小さな丘が見える。土と草の匂いが乗る気持ちの良い風が運ばれてきて、なんだか懐かしい気持ちになった。
「平原、だいぶ久々な感じするね」
俺は周囲を見回しながら言った。
「ええ、今月はジャングルじゃなくて良かったわ」
「ハハ!ほんとだよね〜」
舞も同じように周囲を見回している。
確かに、平原には心地よい風が吹いている。ジャングルの蒸し暑さに比べれば、ずっと過ごしやすい。
俺たちは平原を進み出した。
草を踏む音が足元から聞こえ、ドローンが静かに俺たちの後を追ってくる。久しぶりの平原探索に、なんだかワクワクしてきた。
「そういえば、最近ファンの人に声をかけられることが増えたんだよね」
歩きながら、俺は舞に話しかけた。
「あら、そうなの?」
「うん。さっきも写真を一緒に撮ってって言われた」
「それは嬉しいことじゃない」
「まぁ、悪い気はしないけど、少し戸惑うかな」
「慣れるまでは仕方ないわね。でも、それだけ注目されてるってことよ」
舞の言葉に、俺は頷いた。
「舞はどう?声をかけられたりしない?」
「私も時々あるわね。でも、海人ほどじゃないかも?
やっぱり、応援してくれる人がいるのは励みになるわよね」
確かにそうだ。応援してくれる人がいれば、より頑張れるような気もする。
「そうだね。頑張らなきゃ」
「ええ」
舞の笑顔を見ていると、俺も自然と笑顔になった。
平原の風が俺たちの頬を撫でていく。太陽が照りつける中、俺たちの探索が始まった。
―――――――――
一方その頃、配信のコメント欄では……
『おい!!名前で呼び合ってるぞ!!』
『ほんとじゃん!違和感なかったわ!』
『まさか…』
『ついに付き合い出したんか!』
『俺の鈴木きゅんが…』
『いや、まだだ!まだ決まったわけじゃない!』
『これからの2人の様子を見てみようじゃあないか』