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第56話 ファン

基礎訓練施設での訓練を終えて家に着くと、俺は玄関で靴を脱ぎながら深く息を吸った。

気の訓練は相変わらずきついが、ライトニングを連続で使える回数もかなり増えてきている。


リビングに入って畳に座ると、スマホから通知音が鳴った。

着信の表示を見ると、珍しく母さんからの電話だった。


「もしもし、どうしたの?珍しいね」


俺が電話に出ると、母さんの声が聞こえてきた。声を聞くのも久々な気がする。


『あなた、最近目立ってきてるみたいね』


「あぁ、うん、そうだね」


確かに、シーカーズ・ニュースの特集以降、注目度が上がっているのは実感している。


『伊藤家の当主、貴方達のために張り切ってるわ。

有名になると変な輩も寄ってくるから気をつけなさい』


「…なるほど、分かったよ」


心配しているような風に言うが、相変わらずどこか淡々としている。


『当たり前だけど、探索も気をつけなさい。無理は禁物よ』


「うん、ありがとう。母さんも体に気をつけて」


『ええ。それじゃあ、また連絡するわね』


電話を切ると、俺は晩飯を食べ始めた。



それから、ちょうどよく美女木ダンジョンが再構築期間に入ってしまい、土日は基礎訓練で費やした。


そして、7月に入った。


朝から太陽が容赦なく照りつけ、アスファルトからは陽炎が立ち上っている。

まだ朝の8時だというのに、既に気温は30度を超えているようで、夏の本格的な暑さが始まったみたいだ。


「あっつ…」


俺はげんなりしながらも、探索者協会美女木支部へと向かった。シャツが既に汗で湿っている。


「あの、すみません」


美女木支部行きのバスに向かう途中で、20代前半くらいの女性に声をかけられた。


「はい?」


「もしかして、鈴木海人さんですか?」


「あ、はい。そうですけど」


女性の顔がパッと明るくなった。


「やっぱり!シーカーズ・ニュースの特集見ましたよ!

かっこよかったです!」


「あ、ありがとうございます」


俺は少し戸惑いながら答えた。


「あの、もしよかったら一緒に写真を撮ってもらえませんか?」


「あぁ、良いですよ」


「ありがとうございます!」


女性はスマホを取り出して、俺と一緒に自撮りをした。


「本当にありがとうございました!頑張ってください!」


「ありがとうございます」


女性は何度もお礼を言いながら去っていった。


最近はこういうことが増えた。俺のファンだという人に声をかけられることが多くなったのだ。

たまに連絡先を聞いてくる人もいるが、さすがにそれは断っている。


有名になるというのは、こういうことなのか。悪い気はしないが、少し戸惑いもある。

バスに乗って美女木支部に到着すると、俺は中に入って休憩スペースに向かった。

エアコンの効いた涼しい空間にほっと一息つく。


少し探すと、窓際の席で座ってスマホを見ている舞を見つけた。


「おはよう」


俺が声をかけると、舞は顔を上げて笑みを浮かべた。


「おはよう。暑くなってきたわね」


「うん、さすがに暑くなってきたねー」


俺は舞の向かいの席に座りながら言った。


「ええ、本当に。今日なんて朝からもう30度超えてるらしいわね」


「らしいね。ダンジョンの中はいくらか涼しいといいんだけど」


「たぶん、涼しいんじゃないかしら?」


「そうだといいな〜」


俺たちは軽く世間話をしながら、今日の探索の準備を整えた。


「それじゃ、行こうか」


「ええ」


俺たちは休憩スペースを出て、ダンジョン入口の大扉へ向かった。

大通りには、ジャングルのダンジョンだった時よりも人が戻っていた。やっぱり賑わってるのは良いもんだ。


大扉の前に着くと、いつものようにダンジョンドローンを起動させる。2台のドローンが静かに浮上し、俺たちの周りを回り始めた。

そして大扉で手続きを済ませると、俺たちは中に入った。


そこには、久しぶりの平原が広がっていた。

青い空の下に緑の草原が続き、遠くには小さな丘が見える。土と草の匂いが乗る気持ちの良い風が運ばれてきて、なんだか懐かしい気持ちになった。


「平原、だいぶ久々な感じするね」


俺は周囲を見回しながら言った。


「ええ、今月はジャングルじゃなくて良かったわ」


「ハハ!ほんとだよね〜」


舞も同じように周囲を見回している。

確かに、平原には心地よい風が吹いている。ジャングルの蒸し暑さに比べれば、ずっと過ごしやすい。


俺たちは平原を進み出した。

草を踏む音が足元から聞こえ、ドローンが静かに俺たちの後を追ってくる。久しぶりの平原探索に、なんだかワクワクしてきた。


「そういえば、最近ファンの人に声をかけられることが増えたんだよね」


歩きながら、俺は舞に話しかけた。


「あら、そうなの?」


「うん。さっきも写真を一緒に撮ってって言われた」


「それは嬉しいことじゃない」


「まぁ、悪い気はしないけど、少し戸惑うかな」


「慣れるまでは仕方ないわね。でも、それだけ注目されてるってことよ」


舞の言葉に、俺は頷いた。


「舞はどう?声をかけられたりしない?」


「私も時々あるわね。でも、海人ほどじゃないかも?

やっぱり、応援してくれる人がいるのは励みになるわよね」


確かにそうだ。応援してくれる人がいれば、より頑張れるような気もする。


「そうだね。頑張らなきゃ」


「ええ」


舞の笑顔を見ていると、俺も自然と笑顔になった。

平原の風が俺たちの頬を撫でていく。太陽が照りつける中、俺たちの探索が始まった。


―――――――――

一方その頃、配信のコメント欄では……


『おい!!名前で呼び合ってるぞ!!』

『ほんとじゃん!違和感なかったわ!』

『まさか…』

『ついに付き合い出したんか!』

『俺の鈴木きゅんが…』

『いや、まだだ!まだ決まったわけじゃない!』

『これからの2人の様子を見てみようじゃあないか』

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