平原に足を踏み入れると、久しぶりの開放感が俺たちを包んだ。
青い空が頭上に広がり、緑の草原が地平線まで続いている。
吹き抜ける風が心地よく、ジャングルの蒸し暑さとは大違いだ。
遠くには小さな丘がいくつか見え、所々に木々が点在している。草を踏む音が足元から聞こえ、土と緑の匂いが風に乗って運ばれてくる。
「どっちに進む?」
舞が周囲を見回しながら聞いてきた。
「とりあえず森が無いほうを進んで行こっか」
俺は右手の方向を指差した。左側の奥には森が見えるが、右側は開けた平原が続いている。
「そうね。見通しも良いし、安全そうだわ」
俺たちは右方向に向かって歩き出した。ドローンが静かに俺たちの後を追ってくる。
歩きながら、舞が思い出したように口を開いた。
「たしか、平原のほうが魔物が弱いんだったかしら?」
「そうそう、その代わり進むにつれて数が多くなるらしいけどね。あんまり進みすぎないように気をつけないと」
「そうね。まっ、いつも通りかしら」
平原を歩いていると、所々に他の探索者たちの姿が見える。
2人組のパーティーが魔物と戦っている様子や、1人で素材を採取している探索者もいる。
「今日は結構人見かけるわね」
「そうだねぇ。見通しも良いから尚更かな」
そんな事を話しながら歩いていると、僅かな違和感を感じ取った。この感覚は気配察知だな。
「魔物がいるっぽい、あっちの茂みかな」
俺は前方の小さな茂みを指差した。
舞も警戒しながら茂みの方を見る。俺たちは武器を構えた。
俺はサーベルを抜き、舞は斧を手に取る。
茂みからガサガサと音がして、筋肉質な豚が姿を現した。マッスルピッグだ。
「マッスルピッグね。1匹だけみたい」
「よし、やってみよう」
マッスルピッグは俺たちに気づくと低く唸った。
筋肉の塊のような前脚が地面を叩き、土埃が舞い上がる。
俺は左手をマッスルビッグへ向けた。
「『ライトニング』」
細い紫の雷がマッスルピッグに直撃し、一瞬動きを止めた。
その隙を逃さず、俺は一気に距離を詰めてサーベルを振り下ろした。刃がマッスルピッグの体に深々と食い込み、マッスルピッグは悲鳴を上げて倒れた。
そして光となって消える。
マッスルピッグは肉と魔石をドロップした。俺は異空間収納のリュックにそれらをしまい込む。
「以前よりもすんなり倒せたわね」
「そうだね。一人でも楽にいけた」
以前なら少し苦戦していたマッスルピッグを、今では余裕を持って倒すことができる。
成長を実感できるのは、やっぱり嬉しいな。
俺たちは再び歩き出した。途中、治癒の花や豚キノコなんかを採取しつつも歩いていると、また気配察知が反応した。
今度は複数の気配を感じる。
「今度は複数いるみたい」
「どこ?」
「あの丘の向こうかな」
俺たちは慎重に丘に近づいた。丘の向こうを覗くと、2匹のゴブリンが錆びた剣を持って歩いているのが見えた。
「ゴブリン2匹ね」
「そうだね、やっちゃおっか」
俺たちはすぐさま接近する。俺は慌てふためくゴブリンの首をサーベルで斬り裂き、舞は頭に斧を振り下ろして頭をかち割って倒した。
ゴブリンたちは魔石と錆びた剣をドロップした。錆びた剣は売値は安いが、数が集まれば結構な金額になる。
俺たちはさらに平原を進んだ。途中でスライムやマッスルピッグと何度か戦闘になったが、どれも楽に倒すことができた。
そしてしばらく奥に進むと、俺たちは平原で初めて見る魔物に遭遇した。
「あれは…オークか」
前方に、ゴブリンよりも一回り大きく、筋肉質な緑色の人型の魔物が2体いた。手には木のこん棒を持っている。
「平原でオークを見るのは初めてね」
「そうだね。でも2人なら大丈夫だと思う」
オークが俺達に気が付くと、唸り声を上げながら突進してきた。
舞は斧を高く掲げて、右のオークに斬りかかる。
オークはこん棒を振りかぶって迎撃しようとするが、彼女の速度がそれを上回る。
斧はオークの腕をかすめ、肉を割る音が響いた。
俺も左のオークと距離を詰める。奴がこん棒を振り下ろしてくる瞬間を狙って横に避けながらサーベルを振るう。
鋭い切っ先が膝の関節を斬り裂き、オークが呻き声を上げてよろめく。
その隙を逃さずに接近して、首に狙いを定めてサーベルを振るった
オークの首に深々と刃が食い込み、苦悶の声を上げて倒れて光となる。
舞も斧を振り抜き、オークの首を斬り飛ばす。その瞬間、奴の体は光となって消えた。
「ナイス!良い動きだったね〜」
「フフ、あなたもね」
オークたちは木のこん棒とオークの肉、そして魔石をドロップした。
俺たちは戦利品をリュックにしまった。
そこで舞が探索者マップを確認した。
「ちょっと、進みすぎかしら?」
舞のスマホからマップを見ると、確かに大扉からそこそこ離れていた。
「そうだね、ちょっと引き返して辺りの魔物を倒そっか」
「ええ、そうしましょう」
俺たちは来た道を少し戻りながら、周辺の魔物を倒していった。スライムやゴブリン、マッスルピッグなどと戦闘を重ね、治癒の花なんかも見つけ次第採取していった。
気がつくと、もう昼の時間になっていた。
「そろそろお腹空いたね」
「そうね。一度戻りましょうか」
俺たちは大扉まで戻ることにした。
大扉に向かって歩いていると、ちょうどダンジョンに入ろうとしている人影が見えた。
よく見ると、見覚えのある顔だった。
「あれ、立花さん! 久しぶりですね」
俺が声をかけると、立花さんが振り返った。
「おぉ、海人か。最近は依頼で別のダンジョンに行ってたんだよ…ん、そこの子はパーティーメンバーか?」
立花さんは舞の方を見ながら聞いてきた。
「パーティーというか、同じチームのメンバーです」
「そうか、お前もソロじゃなくなったか。良いことだ」
立花さんは笑みを浮かべて言った。
「こんにちは、一之瀬舞です」
舞が自己紹介をした。
「よろしくな、舞ちゃん。俺は立花太一だ。こいつの先輩みたいなもんだな。
そんじゃ、2人も気をつけて探索しろよ」
「はい、立花さんもお気をつけて」
俺たちは立花さんと別れて、ダンジョンから出た。
外に出ると、相変わらず暑い日差しが照りつけていた。
「今日は屋台にしようか」
「いいわね」
俺たちはダンジョンドローンを停止させて屋台街に向かった。
以前よりも屋台の数が戻ってきているようで、活気が感じられる。
俺はいつもの焼き鳥屋に向かった。
「焼き鳥のタレ3本と塩1本お願いします」
「お、あんちゃんか。あいよ」
おっちゃんが手際よく焼き鳥を準備してくれる。
一方、舞は別の屋台で焼肉のおにぎりとからあげを買っていた。
「焼肉のおにぎり…めっちゃ美味そうだね」
俺は舞が買った焼肉のおにぎりを見て言った。
おにぎりのてっぺんから牛肉が溢れ出ていて、かなり美味しそうだ。
「そうでしょう?結構人気みたいよ」
「へぇ~、俺も買ってこようかな」
「いいじゃない、一緒に食べましょう」
俺は焼肉のおにぎりを買いに行った。
「焼肉のおにぎり1つお願いします」
「はーい!」
焼き鳥と焼肉のおにぎりを受け取ると、俺たちは探索者協会の休憩スペースに向かった。
エアコンの効いた涼しい空間で、俺たちは昼食を取る。
焼き鳥の香ばしい香りが鼻をくすぐり、俺は一口かじる。
甘辛いタレが肉の旨味と混ざり合い、じんわりと口の中に広がった。
「やっぱ、この焼き鳥うまいな」
そう呟くと、舞は焼肉のおにぎりを手にしてニコニコしていた。彼女がかじるたびに、肉の脂がご飯に染み込んでいて、見ているだけで腹が鳴りそうになる。
俺も焼肉のおにぎりを手にとって齧り付いた。
牛肉は甘辛く味付けされていて、炭火の香りが残っている。
「うんまっ!」
「ええ、当たりだったわね」
二人で笑いながら、それぞれの昼食を楽しむ。休憩スペースの窓の外では、入れ替わり立ち替わり、探索者たちがダンジョンへ向かっていくのが見える。