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第58話 手

昼食を終えて、俺たちは再びダンジョンに向かった。

平原は相変わらず心地よい風が吹いていて、探索には最適な環境だった。


俺たちは午前中とは違うエリアを探索し、ファングラビットやゴブリン、マッスルピッグなどと戦闘を繰り返した。舞との連携も以前よりずっとスムーズになっている。

途中で風草という平原特有の薬草も発見し、治癒の花と合わせて採取した。


ダンジョンから出ると、俺たちは今日の戦利品を整理した。今日は魔物を結構倒したから魔石だけでもそこそこの数になる。


「売りに行く前に、依頼を確認してみない?」


「ん、そうだね」


舞の提案で、俺たちは探索者用のスマホから依頼を確認した。


「あ、これ。ファングラビットの肉の納品依頼があるわ」


「本当だ。報酬は8000円か。俺たちちょうど3個持ってるよね」


「それに、風草を4つ集める納品依頼もあるわね。報酬は12000円」


「それも全然足りるね」


他にも、魔石の納品依頼や、マッスルピッグの肉の納品依頼など、俺たちが持っている素材で受けられる依頼がいくつかあった。


「魔石も予備が結構あるから売っちゃって良いよね?」


「そうね。エネルギー回復分だけ残しておけば良いと思うわ」


俺たちは依頼を受注してから、買取所に向かった。

買取所でいつものように端末を操作して売却手続きを行った。魔石や素材、武器のドロップを次々と売却していく。

そして、合計で14万となった。俺たちは買取所を後にする。


「ふぃ〜、買取所を出ると探索が無事に終わった感じがあるよねぇ」


「フフ、確かに。今日もアイス食べに行く?」


「もちろん!」


俺たちは探索者協会の休憩スペースに向かった。

バニラアイスを2つ購入して、窓際の席に座る。

お互いに食べ始め、アイスを口に運ぶと、濃厚なバニラの味が口の中に広がる。

舞は嬉しそうな顔をしてバニラアイスを食べている。


「このバニラアイス、凄く濃厚ね。美味しいわ」


「んね。てかあそこのアイス屋さん今のところ外れ引いたこと無いな」


夕方の日差しが窓から差し込む。


「明日は何時頃に集合する?」


「今日と同じぐらいでいいんじゃない?」


「おっけー」


俺たちは明日の約束をして、アイスを食べ終えた。


「それじゃあ、駅まで一緒に行こうか」


「ええ」


俺たちは探索者協会を出て、駅に向かって歩き出した。夕方の商店街は人通りが多く、活気に満ちている。


歩いていると、突然女性に声をかけられた。


「あの、鈴木くんですよね?」


振り返ると、20代ぐらいの女性が立っていた。


「あ、はい」


「やばっ!一之瀬ちゃんもいる…良かったら一緒に写真いいですか?」


女性はスマホを手に持ち、興奮気味に少し跳ねるような仕草を見せている。


「大丈夫ですよ」


「もちろん、どうぞ」


舞も少し驚いた様子だったが、すぐに柔らかく微笑んで応じた。

女性は嬉しそうにスマホを構え、俺と舞の間にすっと入り込む。


「じゃ、撮りますねー! はい、チーズ!」


シャッター音が軽やかに響いた。


「ありがとうございますっ!お二人の配信、よく観てます!」


「あ、ありがとうございます」


俺は照れ臭くて、目線を少し逸らしてしまった。舞の方を見ると、彼女は口元に小さく手を当てて微笑んでいる。

すると、女性が気になっている様子で聞いてきた。


「あの…お二人って、もしかして付き合ってたりするんですか?」


「えっ、あぁ〜…」


質問があまりにストレートで、俺は言葉に詰まってしまった。隣で舞が少しだけ肩をすくめたあと、意味深な微笑を浮かべて…


「さて、どうかしら?」


とだけ言った。

女性は「きゃーっ」と興奮しながら立ち去っていった。

俺は呆れた目を舞に向ける。


「ちょっと、勘違いさせてどうすんのさ」


「ふふっ、ファンサービスみたいなものよ。

それに、あなたも断ったわけじゃないでしょう?」


「それは…そうだけど」


俺は、あの日のことを思い出して言葉が出なくなり、顔に熱が集まる。舞はそんな様子の俺を見て微笑んだ。


「そんな反応してくれるだけでも嬉しいわ」


「…からかってる?」


「ふふっ、少しだけね。…ねぇ、手繋がない?」


「…? 良いけど」


俺は舞と手を繋いだ、温かく柔らかい舞の手が俺の手を握る。

そして舞が俺の真横、すぐ近くに寄る。人混みで手を繋いだ時とは違って鼓動が早まるのを感じた。


舞と目が合う。凄く、魅力的に見えた。


「ドキドキする?」


「…うん、よく分かったね」


「私も、前に手を繋いだときにドキドキしてたから。

このまま歩いて行きましょ」


俺はこくりと頷いて、舞と並んで歩き出す。周囲の喧騒がまるで遠くに霞んでいくような感覚に包まれる。

ただ手を繋いで歩いているだけなのに、世界が少しだけ違って見えた。


そして、舞の横顔を見るたびに、心臓の鼓動が跳ねている自分が、少し恥ずかしかった。


そのまま歩いていると、あっという間に駅に到着した。


「それじゃあ、また明日ね」


「うん。また明日」


俺たちは手を振り合って解散した。




翌日、俺は約束の時間に美女木支部に向かった。舞はすでに到着していて、休憩スペースでスマホを見ていた。


「おはよう」


「おはよう、海人。今日もいい天気ね」


「そうだねぇ、暑くてしんどい」


俺たちはダンジョンに向かった。今日も平原が広がっていて、心地よい風が吹いている。


「今日はどの辺りを探索しようか?」


「せっかくだから違う方向に行きましょ」


「いいね。それじゃ、今日は北側に行ってみよう」


俺たちは平原の奥に向かって歩き出した。

途中でゴブリンやマッスルピッグと戦闘になったが、昨日と同様に楽に倒すことができた。


しばらく探索していると、前方から声が聞こえてきた。


「あ、鈴木君」


「ん…あれ、宮本君じゃん」


振り返ると、見覚えのある3人が歩いてきた。

以前模擬戦のときに戦った宮本くん、舞と戦ってたガタイの良い女性の山崎さん、そしてもう1人の金髪ピアスの不良みたいな人は…黒木くんだったっけ。


「よぉ一之瀬!結構久しぶりじゃねぇか?!」


「ええ、そうね…」


舞は山崎さんの勢いに押されている。すると、黒木くんが俺の方へと近寄ってきた。腰の左右には二本の剣がある。


「こんにちは、鈴木君。俺は黒木達也って言うんだ、よろしくね」


「あ、うん。よろしくね」


見た目とは裏腹に真面目な感じで少しビックリした。

宮本くんもこちらに近寄ってくる。


「鈴木君達も美女木ダンジョンに来てたんだ」


「うん。というか、土日はだいたい来てるよ」


「へぇ、そうなんだ。僕らは最近まで若葉ダンジョンに行っててさ…」


それから少しの間雑談をした。

黒木君は魔剣士という職業というのと、山崎さんが暴れすぎて大変だとかの半ば愚痴のようなことを聞いた。

だが話している宮本君は楽しそうだった。


話し終わると解散して、また探索を開始した。


「相変わらず、凄い元気だったわ。山崎さん」


「ハハハ、テンション高かったねぇ」


少しげんなりとしている舞に、俺は少し笑ってしまった。

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