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第60話 ボンボン

男性が探索者協会の職員に連行されていくのを見送ると、俺は再び舞の向かいに座った。

他の探索者たちも、何事もなかったかのように食事を再開したり、談笑したりしている。


「よぉ!災難だったなお前ら」


不意に声がかけられた。顔を上げると、そこには金髪のツーブロックで、首にタトゥーが覗いている男性探索者がいた。

ロックランスを破壊してくれた人だ。

彼はニヤリと笑い、俺たちの反応を窺っているようだった。


「そうですね…あっ、さっきはありがとうございました。ロックランスを破壊してくれて」


俺は慌てて礼を言った。あの時、この人がいなければロックランスが放たれて大惨事だっただろう。


「なーに、良いんだよ。お前らのおかげであの迷惑者も捕まるだろうしな…おっと、俺は長澤シキだ。よろしくな」


長澤さんは片手を差し出してきた。俺は差し出された手を握り返す。彼の掌は大きく、ごつごつとしていた。


「俺は鈴木海人です」


「私は一之瀬舞です。迷惑者ってことは、同じようなこと繰り返してたんですか?あの人」


舞は冷静に長澤さんに問いかけた。その表情には、まだ怒りの色が残っている。

長澤さんはフッと鼻で笑った。


「まぁな。俺は先月まで若葉ダンジョンに行ってたんだけどよ、そこでも迷惑かけまくってたんだよ。

特に女探索者にはしつこくてな〜、何度かトラブってんの見たぜ」


「なるほど…でも、あんなに短気なのによく捕まらなかったですね」


俺は素直な疑問を口にした。あの男性の言動は、どう考えても問題行動だ。

なぜ今まで野放しにされていたのだろう。


「1回女を殴ったかなんかで警察の世話にはなってたぜ。

だがすぐに示談になってな、気になって軽く調べたんだが、どうやらあの馬鹿どっかのボンボンだったみてぇなんだよ。

親が揉み消したんだろうな」


長澤さんは半笑いでそう言う。


「大方、高レベルの探索者でも雇ってパワーレベリングでもやったんだろうな。

んで、親の金を使ってスキルも揃えて実力のある探索者を気取ってたってわけだ」


長澤さんの言葉に、舞は冷たい視線を向けた。


「親もまさか、あそこまでの出来損ないになるとは思っていなかったでしょうね」


舞の辛辣な言葉に、長澤さんはゲラゲラと笑い出した。

俺も思わず苦笑いする。


「だろうな。まっ、人に対してスキルを使っちまったんだ。

レベルとスキルを封印されて牢屋にぶち込まれて、これからは一般人として生きることに……おっと、お客さんだぜ。お前ら」


長澤さんがそう言って、休憩スペースの入口の方に目線を向けた。

俺と舞もそちらを見ると、胸元に"POLICE"と書かれた制服を着た数名の男女が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


彼らは真っ直ぐに俺たちのほうにやってくる。その中の女性が、俺たちに声をかけた。


「鈴木海人さんと、一之瀬舞さんですね。先ほどのことについて聞きたいことがあるので、少しよろしいですか?」


女性警察官の言葉に、俺と舞は顔を見合わせ、立ち上がって彼女たちについていくことにした。


探索者協会の個室に案内されると、俺と舞は椅子に座った。女性警察官は俺たちの向かいに座り、手元のタブレットを操作している。

部屋の中はシンプルで、机と椅子、そして窓だけだ。


「今回の経緯についてお聞きしてもよろしいですか?」


女性警察官が穏やかな口調で尋ねた。舞は一呼吸置いて、話し始めた。その声は落ち着いていて、先ほどの怒りは微塵も感じさせない。


舞は、男性探索者がしつこくパーティーに誘ってきたこと、そして俺が間に入ったにも関わらず、俺を無視して軽く馬鹿にしたことを言ったこと。


それに少し強く言い返したら、男性が逆上して舞に殴りかかってきたこと。それを俺が咄嗟にタックルして阻止したら、男性が地面に倒れたまま「ロックランス」というスキルを使用しようとしたこと。


そして、そのスキルが発動する前に、周囲の探索者たちが男性を取り押さえてくれたこと。全てを淀みなく説明した。

女性警察官は舞の話を熱心に聞き、時折タブレットに何かを打ち込んでいる。


「うん、監視カメラでの情報と同じですね。ありがとうございます、これで聴取は終わりです。

もう大丈夫ですよ」


女性警察官はタブレットを閉じ、俺たちに微笑んだ。俺たちは立ち上がり、個室を出た。

個室を出ると、舞は小さくため息をついた。


「なんだか、探索する気分じゃなくなっちゃったわね」


「んね、何しよっか」


俺も同じ気持ちだった。せっかくの休日なのに、こんな騒動に巻き込まれてしまって、探索への意欲が削がれてしまった。

舞は何かを思い付いた様子で、パッと顔を輝かせた。


「遊びに行きましょうよ、この辺りにショッピングモールがあったと思うのよね。気分転換に買い物でもどうかしら?」


「ショッピングモール!いいね、行こう!」


俺は舞の提案に飛びついた。探索とは全く違う、日常的な遊び。なんだかんだ初めてだな。

俺たちは探索者協会を後にして、ショッピングモールへと向かった。

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