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第62話 相談

舞と別れてアパートに着くと、俺は畳に寝転がり、天井を見上げる。


舞とのショッピングモールでの時間。アクセサリーショップでの舞の笑顔。UFOキャッチャーでぬいぐるみを獲った時の舞の喜びよう。そして、帰り道で繋いだ手。


(どうすればいいんだ…)


恋愛経験が皆無に等しい俺にとって、舞の告白に対する返事というのは、ダンジョンで魔物と戦うよりも難しい問題だった。


どうすれば舞の気持ちに、そして自分の気持ちに、誠実に向き合えるのだろう。


ふと、俺の頭に一つの考えが浮かんだ。恋愛の相談をするなら、やはり経験者に聞くのが一番だ。

そして、俺の身近にいる経験者といえば、両親しかいない。


特に、父さんだ。母さんとどうやって付き合い始めたのか、告白はどちらからだったのか。そういう話は、今まで一度も聞いたことがなかった。


俺は意を決して、スマホを手に取った。父さんの連絡先を探し、通話ボタンを押す。数回の呼び出し音の後、父さんの声が聞こえてきた。


「もしもし、今大丈夫?」


『ああ、どうした?』


電話の向こうから、何かを飲むような音が聞こえる。きっと、いつものように晩酌でもしているのだろう。


「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」


俺は少し躊躇しながら、本題を切り出した。


「母さんと付き合うときって、どういう風に告白したの?」


俺の言葉を聞いた瞬間、電話越しに「ブフッ!」と何かを吹き出すような音が聞こえた。

そして、むせるような咳き込み声が続く。


『ゴホッゴホッ……どうしたんだ急に、良い人でも見つけたのか?』


父さんはまだ咳き込みながら、少し驚いたような声で尋ねてきた。


「うん、というかその…告白されて、返事しようって感じなんだけど…」


俺は正直に答えた。父さんは一瞬沈黙した後、真剣な声になった。


『ほう…そうか、からかっているわけじゃないんだな』


「うん。真剣に悩んでるんだ」


『そうか。お前がそんなことを相談してくるとはな…』


父さんは少し感慨深げに呟いた。そして、ゆっくりと話し始めた。


『…俺たちは、交際することはなかった』


父さんの意外な言葉に、俺は思わず聞き返した。


「え?どういうこと?」


『俺が探索者として活動していたことは話したな?』


「うん、聞いたことあるよ。母さんも探索者だったんだよね?」


『そうだ。俺と美雪、お前の母さんは4年ほど一緒にパーティーを組んで活動していたんだが、俺が家業を継ぐために探索者を引退し、実家に戻らなければならなくなってな。

それを告げるときに、美雪に言ったんだ。"一緒について来てくれないか"と』


父さんの言葉に、俺は目を見開いた。それはつまり…


「ん?つまり、いきなりプロポーズをしたってこと?」


俺の問いに、父さんは少し照れたような声で答えた。


『…そうだな。俺も自然とそれを言ってしまって驚いた。美雪も笑いながら了承してくれたがな』


父さんの話は、俺の想像とは全く違うものだった。

告白というよりも、いきなりのプロポーズ。しかも、それが自然と口から出たというのだから驚きだ。


『まぁ、俺と美雪はお互いに探索者として信頼し合っていたし、親友のように過ごしていたからな。

言い訳のようになってしまうが、改めて"好きだ"とか"付き合ってくれ"とか、そういう言葉は必要なかったのかもしれない』


父さんの言葉に、俺は深く考え込んだ。信頼。親友。

俺と舞の関係も、それに近いものがあるのかもしれない。


『お前も、自分の気持ちに正直になればいい。相手もきっと、お前の気持ちを受け止めてくれるだろう』


父さんの言葉は、俺の心に温かく響いた。舞は、俺の気持ちを待ってくれている。

焦る必要はない。自分の気持ちと、舞の気持ちに、ゆっくりと向き合えばいいんだ。


「そうだね…ありがとう、父さん。なんか、少しすっきりしたよ」


『そうか。また何かあったら相談しろ』


「うん。じゃあね、父さん」


俺は電話を切った。父さんの話を聞いて、俺の心の中のモヤモヤが少し晴れたような気がした。


(自分の気持ちに正直に…か)


俺はもう一度、天井を見上げた。舞の笑顔が、俺の脳裏に浮かぶ。俺は、舞のことが好きだ。

そう、はっきりと自覚した。あとは、どうやってその気持ちを伝えるかだ。



――――――――――――



「なに、随分と楽しそうな話をしていたみたいね」


「ああ…」


1人の男が、テーブルに吹き出してしまった酒を拭きながら、横にいる女性に答える。


「どうやら、海人が告白されたみたいだ。その返事をするために、俺がどのように交際を申し込んだのか聞きたかったみたいだな」


「ふふ、それじゃ貴方だと参考にならないわね」


「フッ、そうだな…海人もそのうち恋人ができるかなんて話していたが、随分と早くできそうだ」


「美春や広樹なんかもそうだけど、意外と早いわよね。正直、馴染めるかどうかも不安だったのだけれど」


「ああ…ここを出て、楽しめているようで良かったな」


「ええ、そうね…」


テーブルを拭き終わると、2人は改めて晩酌を楽しみ始めた。



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