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第2話

ラクは腰に差した金属製のトングを抜く。戦闘員ではない彼は武器の類を持っていない。

代わりに持っているのがこの掃除道具一式である。


悲惨な光景に眉一つ動かさず、四方に転がる魔物の部位を掴む。持ち上げた部位を腰に下げた袋に突っ込む。

ダンジョンの魔物素材で作られた不思議な道具の一つだ。中は見かけよりも広く、物理法則を無視した質量をしまい込める。


「おいラク。お前も散々だな。隊長の甥っ子なのにどの魔石にも選ばれなかっただもんな」


作業をするラクに中川が言う。明らかに馬鹿にした物言いに他のメンバーが顔をしかめる。

いつものことだとラクは聞こえないふりをした。


言っていること自体は間違っていない。

確かにラクは冴島隊のリーダー、冴島の甥っ子である。幼少期に両親を亡くし、彼に引き取られて育った。

そして魔石に選ばれなかったというのも事実。多くの人間が成長の過程で自分に合った魔石と出会い探索者になるこの日本で、ラクは炎にも水にも風にも土にも適応しなかった。


魔石に適応しなければ探索者にはなれない。そればかりか、魔石の力で生活が廻るようになったこの国では碌な仕事にありつけない。


叔父の伝手でようやくダンジョンで倒された魔物たちの後始末をする仕事「掃除係」をしているのだ。


とはいえ、それを理由に馬鹿にされるのにはもう慣れた。今まで心無い一言を浴びせて来たのは中川だけではない。

ラクの態度が気に食わなかったのか中川はその後も暴言を叫んでいた。仲間たちが聞くに堪えないと顔を背けるほどである。


「もういい。やめろ」


冴島がそう言って中川を遮ると彼は短く舌打ちをして「気に食わないガキだ」と吐き捨てた。

それ以上ラクと中川を近づけておきたくなくて冴島は「先に奥に行ってろ」と命令した。


文句を言いつつ中川がそれに従う。残りの二人も気まずそうにしながらその後に従う。三人がダンジョンの向こう側の闇に消えていく。


「すまんなラク」


二人きりになってから冴島は申し訳なさそうにそう言った。ラクは魔物の部位を拾い上げる手を止める。


「わかってるよ、おじさん。中川さんに抜けられるわけにはいかないもん。僕なら大丈夫だから」


そう応えた。態度がどうであれこのチームで一番魔石を集めているのは中川なのだ。当然それに見合った実力もある。彼が冴島隊を抜けることになれば攻略の難しさは格段に跳ね上がるだろう。


直接的な危害を加えるわけでもなく、ただ言葉だけで憂さを晴らしてくる間は誰も彼に強く言えないことをラクは知っていた。そう隊長である冴島でさえ。


それでもラクは叔父に感謝していた。冴島は甥っ子を悪く言われても何もできない自分を恥じているようだったが、ラクは自分を育ててくれた上に仕事まで与えてくれた叔父に不満はなかった。


中川に対しても悪感情は持ち合わせていない。自分の何が彼の気に障るのかはわかない。嫌いならば離れて無視していればいいのにとも思うが、彼が絡んでくること自体はもう仕方がないとあきらめていた。


「……なぁラク。お前、本当は探索者になりたいんじゃないのか? それなら方法はまだ残っている。お前が試していない魔石だってあるはずだ」


ラクは無言で魔物の回収を再開した。その表情は虚ろで、まるで希望をなくしているかのように冴島には見えた。

しかしラクはこうして真面目に働く。ダンジョンに臆せず入ってくる。気づけば冴島の口からそんな言葉が漏れていた。


「やめてよ。おじさん」


ラクが小さくため息を吐く。いつになく強い口調だった。冴島はハッとしてすぐに「すまない」と謝罪する。

ラクが適応できなかった魔石は赤、青、緑、黄の四色だ。それらの魔石は比較的ダンジョンでの発見率が高く、探索者の多くが力を貰う魔石となっている。


しかし、世の中には他にも魔石の報告例があった。それが白の魔石である。

発見されたのは数十年前。日本国内のダンジョンでのことだ。通常の魔石が小指ほどの石ころサイズで発見されるのに対し、白の魔石は拳ほどの大きさで見つかった。


その後も数こそ少ないが数回だけ同程度の魔石の発見例が報告されている。そしてそれらの白い魔石には今だ


冴島が言いかけたのはそのことだった。四色の魔石に適応しなくてもまだ白の魔石には可能性が残っている。

しかしそれが夢物語なのはラク自身が一番よくわかっていた。ラクとて試してみたいと思わなかったわけではない。

他の多くの子供がそうだったようにラクも子供のころから探索者に憧れていた。

冴島が感じたように今もダンジョン内に進んで入っていくのは仕事である前に探索者への未練が捨てきれないからだ。


そのラクが、なぜ白い魔石を試してみないのか。適応しなかった時が怖いから? それもある。だが何よりも白い魔石には手が届かないからだった。


適応者のいない白い魔石は換金対象となっている。誰も扱えない代わりに誰かが適応するはずという思いが価値を生み出すのだ。

もしも発見できれば魔物の素材を数十体分売るよりも多くの富を得る。白い魔石を手に入れるには莫大な金額が必要となる。


ラクには手が出せるはずもなかった。

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