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第3話

二人の間に気まずい沈黙が流れる。なぜあんなことを言ってしまったのかと冴島は後悔した。

白い魔石の取引価格は彼もよく知っている。もちろんラク同様に冴島にも手の届く金額ではない。


それなのに何故……。

後悔をかみ殺すように、あるいは気まずさから逃げたい一心で冴島が言った。


「ここの掃除は任せる。俺たちは少し先にいるから終わったら合流しろ。……気をつけてな」


最後の言葉は定型文だった。広いダンジョンに一人残されて、仮に魔物に襲われれば武器を持たないラクには成す術がない。


それでも掃除係を一人残して先に進むのは効率のためだ。

魔物の死体を残していけば腐敗する。悪臭が立ち込め、病原菌の繁殖にも繋がる。衛生的な面でも探索者にはダンジョンの掃除が義務付けられている。


だからといって掃除係の作業が終わるのを待ち続けてもいられない。すべての作業を終えるのには時間がかかるため、その時間に探索者たちは次の獲物を探す。その方が効率的だからとどこの探索隊でもやっていることだ。


残される掃除係を不憫に思うかもしれない。確かにそうだが、彼らは何も見捨てられているわけではない。

付近の魔物はすべて排除し、危険がないと判断してから探索者たちは奥に進む。


残された掃除係が襲われる可能性は極めて低い。可能性が全くないわけではないが、実際に襲われたという例もなかった。


言われた通りにラクは仕事をした。魔物の部位をすべて袋に入れる。飛び散った血はモップと掃除用に持ってきた水でふき取る。

稀に回収しきれていない素材や魔石が出てくるため気は抜けない。集中して作業をした。


慣れたものだ。数十分で辺りは元通り綺麗になった。手早く道具をまとめて肩に担ぐ。

先に行った探索者たちが新たな魔物を倒している頃合いだろう。


次はそこに行って同じように掃除をしなくてはいけない。


先に進んだ冴島たちを追ってラクが一歩踏み出した時だった。


前方で激しい衝撃音が鳴った。魔法の破裂した音だとラクはすぐに気付く。ずっと掃除係として彼らの戦いを見守って来た。その音は確かに中川が使う炎系の魔法の音だった。


しかし何故? 思考と同時に動きを止める。

魔法の音がしたということはまず間違いなく魔物との戦闘があったはず。それなのについ先ほどまで戦闘音の類は一切聞こえなかった。


てっきり近くに魔物はおらず、音が聞こえないほど奥まで皆が進んだのだとラクは思っていた。だから置いて行かれないように掃除を急いだのだ。


それなのに今になって戦闘が始まるとは。


魔物を見逃していて、戻って来た時に遭遇したのか? いや、それは考えられない。彼らは全員が熟練の探索者だ。

魔物を探知する魔法を使える者だっている。存在を見逃したとは思えない。


では……一体何が。


考えている時間はそれ以上なかった。

ダンジョンの先の暗闇から人が現れる。冴島隊の四人だ。ラクがホッとしたのも束の間、先頭を走っていた冴島がラクの姿を目で捉える。そして叫んだ。


「走れ!」


ほとんど反射的だった。進行方向を百八十度変えてラクは走り出す。そのすぐ後ろに冴島たちが追い付いている。


振り返る瞬間に一瞬だけ映った冴島隊以外の影をラクは正確に認識した。数十体か、数百体か。とにかくダンジョンの通路を埋め尽くすだけの数の魔物の群れが彼らのすぐ後ろに迫っていた。


「なんで……」


走りながら口にできたのはそれだけだった。冴島はラクが何を聞きたいのかすぐに理解し、それでも答えている暇がなく「後にしろ!」と叫ぶ。


少しでも気を抜けば後ろにいる魔物に追いつかれる。

骨ばかりで肉のついていない人型の魔物、スケルトンだ。その大群が彼らを追っている。走るたびにスケルトンの身に纏った鎧が擦れあう音がする。その音がすぐ後ろまで迫っていた。


「そこ! 脇道に!」


仲間の一人が叫んだ。正しい判断かはわからない。

ただ、追い詰められていた冴島はその言葉に反射的に従った。普段は何かにつけて文句を言う中川でさえ素直にその後に続く。


強引に、お互いに押し合うように五人は脇道に入った。一本道だ。

冴島はとっさに「失敗した」と思った。追いつかれそうでも来た道を戻るべきだったと思った。


脇道はまっすぐ進んでいて、その向こうは小さな部屋になっている。そこになにもないことは前に通ったから知っていた。


問題はその部屋がどこに繋がっているのかだ。答えは全員わかっていた。どこにも繋がっていない。つまり行き止まりだった。


引き返すことはもうできない。群れとなったスケルトンたちが我先にと脇道に入ってきている。少し狭くなった道に苦戦して多少詰まっていっはいるが何体かはすんなり通って追ってきている。


「飛び込め!」


スケルトンの伸ばした骨ばかりの腕が、いつの間にか走る一団の最後尾になっていたラクの背中に届きそうになった時、冴島が叫んだ。


全員無我夢中だった。身体を投げ出すようにして部屋の中に飛び込んだ。探索者たちは戦闘である程度慣れているのだろう。うまい具合に受け身を取って勢いを殺す。ラクはそうはいかなかった。顔面を強打しそうなほどの勢いで前のめりに倒れる。なんとか直撃は避けたが素人が野球の一塁ベースに滑り込んだかのような無様なヘッドスライディングになってしまった。

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