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第4話

五人が部屋に飛び込むのとほとんど同時に冴島が再び叫んでいた。


「塞げ!」


受け身を取り素早く態勢を立て直した一人が魔法を発動する。黄色い魔石から力を得た土の魔法だ。

五人がたった今通り抜けたばかりの入り口を巨大な土壁が塞ぐ。壁の向こうで勢い余ったスケルトンたちがぶつかる音がする。


冴島と中川が剣を抜く。何体か壁が入り口をふさぐ前に通り抜けたスケルトンがいるのだ。

剣を振り、薙ぎ払う。骨を断たれたスケルトンたちはバランスを保てなくなりその場で崩れ落ちる。


「畜生が。一体ずつならただの雑魚なのに、群れやがって」


剣を腰にしまい中川が恨めしそうに嘆く。風魔法を使う男は座り込んで肩で息をしている。

土魔法で入り口を塞いだ男が悔しそうに地面をたたいた。


「すまない。俺のせいだ」


と謝罪する。たった今全員の窮地を救ったのも彼だが、こうなった原因も自分にあると悔いている様子だった。


「気にするな」


気休め程度にしかならないとわかっていても冴島はそう告げるしかなかった。

ダンジョン内には罠が張り巡らされていることがよくある。そしてその罠を看破するのが土魔法を使う者の役目だった。


ダンジョンは未知の鉱物で造られていて、破壊は不可能。しかし干渉はできる。土魔法を扱う者はダンジョンに干渉しやすい。


魔力を張り巡らせて感知することで建物内の異常を見分けることができるのだ。


スケルトンの大量発生は罠を看破できずに発動させてしまったことが原因だった。


「だが責めるのはかわいそうだ」と冴島は思った。ダンジョンには未知の部分が未だに多い。慣れて来たと思っても奥に進めば進むほど知らない表情を見せてくる。


冴島隊が今いるのは渋谷のダンジョンでも人類が到達している最下層地点だ。見慣れない罠も多く、全てに気付くのは難しい。


それよりも冴島は自分を責めたい気持ちでいっぱいだった。リーダーを名乗っていても自分の判断能力が優れていないのは理解している。焦って指示がままならなかった。「脇道に!」と言われ、盲目的に従っていなければ今頃スケルトンの波に飲まれていた。


曲がった直後は「失敗した」と思ったが、結果的には最善の行動だった。

そこまで考え込んで冴島はそれ以上自分を責めるのをやめた。今はまだ反省する時ではない。この状況をどうにかする方に頭を使わなくてはと気持ちを切り替える。


視界の端にラクが映る。立ち上がったラクはジッと部屋の奥の壁を見つめている。


あの時叫んだのは……。


冴島は記憶を思い起こす。混乱していたがラクの声だったような気がする。ラクが脇道に逸れるように指示を出したのか。


考えが再び反省の方へ向こうとしているのを首を振って食い止める。冴島がラクの肩に手を置いた。


「おい、大丈夫か?」


そう言いながら目でラクの身体を観察する。大きな怪我はないようだ。

ラクはいまだ壁の一点を見つめている。右手の人差し指を壁に向けた。


「おじさん、あれ」


そう言われて冴島は視線を移した。ラクが指さす方を見る。直後に目を見開いた。

壁の一部が剝がれている。多くの研究者が調査し「破壊不可能」と判断したダンジョンの壁がだ。


さらにその奥に空間が見えるのだ。剥がれた壁に亀裂ができていてその向こう側がうっすらと視認できる。


「おい……お前ら、おい」


動揺した声で冴島が仲間を呼んだ。

まだ座り込んで呼吸を整えていた三人が顔を上げる。そして冴島と同じ様に目を見開いた。


「どけ、ガキ!」


目の色を変えた中川がラクを押しのけて壁の亀裂に近づく。隙間に指を入れて魔法を発動する。

大きめの衝撃音。炎の魔法が爆ぜた。


崩れ落ちた壁は「破壊不可能」の範疇ではないらしい。亀裂が広がり、人が通れる大きさになる。

その向こうには確かに部屋があった。逃げ込んだ部屋よりも一回り小さい部屋だ。


前に来た時は確かになかった。冴島は信じられないという顔をしながら部屋に入る。思考が巡り、もしかしたら罠を発動させたことで隠し扉のようなものが姿を見せたのかもしれないと推測する。


先に部屋に飛び込んだ中川が喚起する。小部屋には金貨や装飾品などが無数に置かれていたからだ。

探索者の規定では内部で見つけた資源、宝は見つけた者に所有権がある。


これだけの宝ならば五人で割っても相当な価値になるだろう。

しかし、冴島は少し落胆した。宝は嬉しいが、彼が望んだのはここからの逃げ道だったからだ。


逃げ込んだ部屋の入り口は塞いだが、それも時間の問題だ。例外を除いて破壊不可とされているダンジョンの壁とは違い、入り口を塞いでいるのはただの土壁。いつかはスケルトンに突破されてしまう。


他の探索者、あるいは救出体が来るまで耐えられればいいが、持ち込んだ食料も多くはない。可能性は低かった。

だからこの隠し部屋を見つけた時、期待したのだ。この部屋がどこか別のところに抜け出す通路になっていればいいと。


しかし部屋は行き止まりだった。宝飾品を指や首にこれでもかとつけて浮かれる中川を尻目に冴島は小さくため息を吐いた。

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