ラクも先ほどからずっと黙っている。その目は一点を見つめている。
中川の様に楽観的に喜んでいるわけでも、冴島の様に落胆しているわけでもない。
ただ、視線の先から目を離せずにいた。
ラクに言わせればこの状況は不自然だ。
魔物に襲われ、行き止まりの部屋の中で隠し部屋を見つけたことではない。
なんで皆あれに注目していないんだろう。
宝飾品に囲まれた部屋の中でひと際存在感を発揮している宝に気付いている者はいない。それが不自然だった。
吸い込まれるように足が動く。一歩、また一歩と。
立ち尽くしている冴島の横を通り抜ける。金色の王冠を頭に乗せて馬鹿笑いをする中川の横も。
地面に転がる宝石に足を取られそうになる。バランスを崩しかけて何とか踏みとどまり、その上でさらに一歩前に進む。
ラクの目の前に光る石があった。
魔石だ。
赤でも青でもなく、緑でも黄でもない。
白。他になんの濁りもない。まっさらな白色の魔石がラクの目の前で輝いていた。
驚くべくはその大きさだ。他の色の魔石ならば小指ほどの大きさでしか発見されておらず、同じ色の魔石でも拳ほどの大きさとされている。
しかし、ラクの目の前にあるそれは少なくともバスケットボールほどの大きさはあった。
「お、おいどけ!」
ラクが動き出したのを見て中川がようやくその存在に気付いたらしい。
身に着けていた宝飾品を投げ出して一足飛びに近づいて来る。
力任せにラクを押しのけると魔石の前で跪き、震える両手で持ち上げる。
「おいおい……マジかよ。気づかなかったぜ。これ……魔石じゃねぇか」
中川の発言に冴島隊の全員が注目した。風の魔石を扱う男が首を傾げる。
「本当か? 白い魔石ってことかよ。そんな
男の発言を中川は鼻で笑った。
「俺は前に見せてもらったことがあるんだよ。このくすんだ色で間違いねぇ。この大きさ。売ればいくらの価値になんのか想像もつかねぇよ」
ラクは疑問に思った。「くすんだ」という部分だ。こんなに光り輝いて見えるのに、一体どこがくすんでいるのかと。
他の人には光っては見えていない?
不思議だった。自分だけ白い魔石の色が違く見えることが。
「そんなことよりも……今はどうこの場を切り抜けるかだ。大金に変わる宝があっても生きて帰れなければ意味はない」
冴島が言った。その表情には先ほど一瞬浮き出た落胆の色はもうない。
土の魔石を使う男がもとの部屋に様子を見に行って戻ってくる。
「だめだ。アイツら、土を掘るくらいの知恵はあるらしい。もう数分も保たない」
入り口を塞いでいる土壁のことだ。
中川が頭をかきむしる。
「クソっ。忘れてたぜ。……だが、この宝を持ち帰るためなら仕方ねぇ。どんな目に合おうが絶対に生きて帰ってやるよ」
中川はそう言って魔石を下に置いた。元の部屋に戻り、両手を構える。
冴島と他の二人もそれに倣う。
腹を決めてここで戦うつもりだった。
「ラク、お前はここにいろ。宝の影に隠れていれば奴らも見逃すかもしれない」
冴島の言葉にラクが頷く。彼らと共に戦おうにもラクでは足手まといだ。
「来るぞ」
土の魔石を扱う男が低く呻き、その言葉通りに入り口の土壁が崩れ落ちた。
「死んでろ雑魚ども!」
中川が吠える。両の手から地面と平行に火柱が放たれる。炎の魔石は四つの魔石の中で最も高い威力を発揮する。
炎がスケルトンの戦闘を捉え、骨を焼き切る。
次に冴島が水の魔法を使う。水は搦め手が多い。スケルトンの何列か後ろ。まだ部屋に入り切れず通路でもたついていた奴らを水の檻で囲む。
その間に風の魔法が斬撃となって部屋に入ってきた者を襲い、土の魔法が押しつぶす。
戦いながら冴島は「ここで戦えてよかった」と思った。狭い通路の方が一度に相手するスケルトンは少なくて済むが、満足に魔法を使えなかったからだ。
炎の魔法を水は打ち消してしまう。風は炎を激しく燃え上がらせることができるがコントロールを失わせる。
土は水を吸収する。
四人の使う魔法はそれぞれ性質が異なり、狭い通路ではお互いに干渉するのを避けるために威力やタイミングに気を遣うのだ。
その点、多少広さがあるこの部屋の中では役割分担がしやすい。最も破壊力が望める炎の邪魔をしないよう水は後方の敵を抑えることに集中できる。
戦闘が散らされている間に風と土であぶれたスケルトンを各個撃破できる。理想的な戦い方が出来ている。
「まさか……そこまで考えていたわけではないだろうが」
冴島が呟く。ラクのことだ。この部屋に続く脇道に誘導したのはラクだった。
隠し部屋の存在に気付いていたわけではない。こうなることを見越していたとも冴島には思えなかった。
偶然だ。偶然だがラクのおかげで生き残る道が見えた。
魔法を発動する冴島の両手に力が籠った。
四人が戦っているのをラクは隠し部屋の入り口の影から見ていた。
隠れていろと言われても戦いが気になってそれどころではない。
両手には中川が置いて行った白い魔石が握られている。
見事な連携でスケルトンを一歩も近づけさせない冴島隊の四人。
その光景を見ながらラクは「これでは無理だ。皆死んでしまう」と悟った。
魔石を握る両手に力が籠った。