――ピシピシ、バキッ。
運んでいた
「おいおい……苗木は潰さないでくれよ?」
「緑化作業員で一、二を争うヒョロガリのリュッカが、まさか破壊神になるとはね」
乾いた風が吹きすさぶ大陸の荒廃地。
水源の確保まで完了したその土地で、緑化作業員たちの苦笑いが響いた。その日の作業は、過酷な環境でも生きられる
「すみません。力加減が難しくて……」
リュッカは内心で舌打ちして、ひび割れた育苗コンテナをそっと下ろした。
グー、パー。義手の手のひらを握ったり開いたりしてみる。意思通りの動きはするものの、握力の調整が未熟だった。とりわけ触感を失った右手が深刻で、掴むものを皆壊してしまう。「破壊神」とは言い得て妙だった。
悔しい。過酷なリハビリを経て、やっと帰ってきた居場所なのに。
義手を持て余したリュッカは、早々に植え付け作業から外されていた。それでは、資材や苗木の運搬といった力仕事で活躍できるかといえば、この有り様だ。
さながら、
だからこそ――珍しく現場に出てきたフリッツがリュッカを呼び出して、
「話がある」
と短く告げたとき、草原へ変わりつつある荒廃地に、凍えるような緊張が走った。
「お、俺、まだやれます……! もう少し時間を――」
「落ち着け、リュッカ。まずは座れ」
呼び出しの翌日。
VERT本部の地下会議室で前のめりになるリュッカを、フリッツは静かにいなした。
「現場の仮設テントではできない話」と告げられて、後日設けられた面談の席は、フリッツと二人きりなのにひどく息苦しかった。例えるなら、死刑宣告を受ける囚人の気分だった。
自分はまだ、VERTを辞めたくない。
幼いころに夢見た〈庭師〉のままでいたい。
リュッカは祈るように鉄の
「お前に辞令が出ている」
「そんな……嫌です、俺まだ――!」
「リュッカ、いいから最後まで聞け。義手では書類を
フリッツは青ざめるリュッカを
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《特務辞令(抜粋)》
送付先:
植生支援局‐第四課 リュッカ・リンドベリ
X月X日付で現任を解き、VERT特別派遣員に任命する。
役職名称:VERT特派員
任務分類:一級庭師チトの調査同行
等級変更:五級 → 三級(※特務扱いに伴う臨時昇進)
目的:下記四エリアにおける植物異常の観察および調査補助
・第一地区「ヨナギ村」――菊類の生育異常
・第二地区「
・第三地区「フローラ温室」――遺伝子操作品種の監査
・第四地区「VERT中枢」――機密扱い
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「以上」と告げて、フリッツが口を閉じる。会議室が静まり返る。
「……ええと、つまりどういうことですか?」
リュッカはぽかんと口を開けた。
退職勧告でないことは何とか理解できたが、内容が頭に入ってこない。
呆然と
「要するに異動だ。お前はVERTの特別派遣員に選ばれた。世界各地の、植物の〈異変〉が起きている土地に
フリッツは書類を
「最初の派遣先は、東方の島国――
「次の土地は、内陸の荒涼地帯。製薬会社が
「第三の地は、お前の出身地の近くだな。最新の植物研究施設で、きな
「そして最後の任務地は、ここだ。VERTの中枢区画。詳細は私も知らされていない」
フリッツは書類を閉じると、短く息を吐いた。
つまり、リュッカの新たな仕事は、VERTの代表として世界中を巡る調査員。
理解が追い付かないが、重大な任務には違いなかった。与えられる裁量も、緑化作業員とは比べものにならないだろう。二年目の新人に割り振られる役職ではない。それに……
「なぜ俺なんですか?」
フリッツからの回答は単純だった。
「わからない。チト直々の指名だ」
「チ――」
『チト』だって!?
リュッカは衝撃に飛び上がった。
まるで予期していなかった名前に、電流が体を駆け抜ける。
「チトって、あの〈みどりのゆび〉を持つ幻の庭師ですか!? 百年以上前の伝説の人でしょう。冗談ならやめて――」
しかし、リュッカが言い終わらないうちに、フリッツは辞令の一部を指さした。
示したのは【任務分類:一級庭師
「チトは実在する。お前が話した百年前の人物ではないが、伝説と同じ、植物を操る異能〈みどりのゆび〉を持つ者がいる。今のVERTの最高権力者だ。そして、そいつがお前を指名した――『VERTの特派員として、わたしと一緒に来ないか?』と」
――にわかには、信じられなかった。
幼少期に夢中になった異能が実在したこと。
それを持つ
それからチトが、特務の相棒に自分を選んでくれたこと。
忍耐強さを買われたのか、それとも彼の荷物を運ぶだけの役割か。
それでも、遠回りして得たチャンスに目頭が熱くなる。
リュッカが感極まる一方、フリッツは渋い顔をして、
「……私個人としては、この辞令は
珍しく私情を交えて話すフリッツに、リュッカは少し驚いた。途中、聞き捨てならない台詞があった気がしたが――それは「過酷な任務」の
リュッカは、フリッツの想いと一緒に、辞令書類を大切に受け取った。
植物に
リュッカが頭を下げると、フリッツは「もう同じ〈三級庭師〉だろう」と、
・・・
リュッカが特派員の任に
手入れの行き届いたVERT本部の庭園を抜けて、敷地の
目的地は石造りの時計塔。時計塔は小ぶりながらクラシカルな雰囲気で、VERTのランドマークとされていた。
仲間から聞いた話では、
(ついに、チトに会えるんだ)
リュッカは時計塔の入口に立ち、そわそわと辺りを見回した。
一級庭師チトの
チトは、リュッカでさえおとぎ話だと思っていた存在。世界の
音源は背後だった。
慌てて振り向けば、時計塔の中から人が姿を現した。
リュッカは驚いて目を
人影は暗がりから一歩表へ出ると、
「きみが、リュッカだね?」
少女だった。
声の響きに、はっきりそれとわかった。
服装は、深緑を基調としたケープと膝丈のドレス。パニエでふんわりと膨らんだスカートが、編み上げブーツの
透き通った
リボンとレースで彩られた衣装に、馴染みのある
「あなたが……チト……?」
想像とはまるで違う人物像に、リュッカはひたすら
浮世離れした風貌は、まるで人形のよう。幻を見ているみたいだった。
棒立ちになるリュッカに、チトは
「あっ」
「危ない!」
リュッカは
その瞬間、花の香りが鼻をかすめた。いつか病室で嗅いだ香りだった。そういえば、やけに軽い靴音にも聞き覚えがあった――入院生活を無言で支えてくれた誰かを、やっと見つけた気がしたのに、
「わたしに触るな!」
それは、悲鳴にも似た叫びだった。
転びかけたチトはぎりぎりのところで体勢を立て直し、かばおうとしたリュッカをきつく睨んだ。その目は何かに怯えるように、不安定に揺れていた。
(……は?)
唐突に向けられた、強い否定の感情。予想だにしていなかった反応に、伸ばした手が行き場を失くす。
ひょっとして、砂漠で地雷を掘り起こしてリュッカに突き飛ばされた
そもそも、リュッカをVERTの特派員に選んだのは、他ならぬチトのはず。地雷事故のときとはワケが違う。それなのに、チトは、いざ対面したらいきなり暴言ときた。ショックと混乱で思考が
金髪碧眼の美少女という外見からして、リュッカの想定の斜め上なのに――目の前に立つチトは、性格面でも
自分はこの先、
リュッカは