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第2章 ギルド経営は難しい

第6話 適材適所だと思いますけど


 ここは王都の中心部から少し外れた場所にある、こぢんまりとした冒険者ギルド『ストレイキャット』。メインストリートの喧騒から少し離れた、人通りの少ない静かな通りにひっそりと佇んでいる。周囲には、古びた雑貨屋や地味な仕立て屋などが並んでいる。


「冒険者ギルド」――広大な領土と豊かな資源、高度な文明を誇る大陸一の大国リーベルの人々の生活と経済を支える重要な役割を担っている。魔物討伐、薬草採取、鉱石の発掘その成果をギルドに持ち帰り、それは素材屋に売却され鍛冶屋や錬金術師の手に渡る。そして武器やアイテムを作り、冒険者や生活する人々に渡っている。


 そして、大国リーベルに存在する全ての冒険者ギルドは、中央のギルド管理機関によって厳正な評価を受けている。その基準は依頼の達成率や抱えている冒険者の質によって、ギルド管理機関からランク付けされる。当然、多くの依頼をこなし、高い達成率を誇るギルドほど評価は高くなり、より多くの依頼や、高難易度の依頼が舞い込むようになる。


 逆に、依頼がなかなか達成されなかったり、そもそも依頼自体が少ないギルドほど、評価は低くなってしまう。ギルドの評価は、今後の運営規模や、集まってくる冒険者の質にも大きく影響してくるから決して無視できない要素なのだ。


 だから、ギルドは優秀な冒険者を積極的に集め、集まった冒険者たちが効率よく依頼をこなせるように様々なサポート体制を整え、ギルド全体を円滑に運営していかなければならない……そう、ギルドを始めるにあたって基本的な知識として頭ではちゃんと理解していたのだが……。


「……誰も来ないですね」


 静まり返ったギルドの中で、リリスさんがポツリと呟いた。その声は、まるで誰もいない空間に溶けていくようで妙に寂しく響いた。


「……はい」


 オレも力なく頷くしかなかった。オレたちの夢と希望を詰め込んで、リリスさんと2人で懸命に作り上げたギルド『ストレイキャット』は、オープンしてから今日で3日が経った。


 外には、リリスさんが描いてくれた可愛らしい野良猫の看板が綺麗に掲げられ、受付のカウンターも毎朝ピカピカに磨いている。リリスさんのこだわりが詰まった、明るくて可愛らしい内装もバッチリだ。これなら、冒険者たちもきっと気に入ってくれるはずだと思っていたのに……


 それなのに、ギルドを訪れる冒険者はオープン初日から今日まで「1人もいない」という、なんとも信じがたい状況が続いていた。ギルドの中は開店前と何も変わらず、静寂だけが支配している。


「おかしいですね。ギルドの名前だって『ストレイキャット』。まぁ……エミルくんレベルの微妙なセンスですけど、一応可愛くて覚えやすいはずですし……場所も、そんなに悪くないと思うんですけど……」


 リリスさんが、本当に不思議そうな顔をして可愛らしく首を傾げている。その仕草は絵になるほど美しいけれど、正直、オレも同じくらい不思議でしょうがない。というか、今微妙に毒を吐かれなかったか?


 なぜ、こんなにも人が来ないのか全く見当がつかない。もっとオープンと同時に、たくさんの冒険者が詰めかけてきて、騒がしくなると思っていたんだけどな……頭の中で描いていた光景と、目の前の現実があまりにもかけ離れていて、不安がじんわりと胸に広がってくるのを感じていた。このままでは、本当に始まる前から終わってしまう。


「あの、エミルくん。それより、私のギルド受付嬢の格好どうですか?」


 リリスさんが、今の重苦しい雰囲気を打ち破ろうと思ったのか、くるりとこちらを向き、少し照れたように自分の服装を見せてきた。


 リリスさんの服装は、青を基調とした、清楚で上品なデザイン。胸元には可愛らしい野良猫のバッジが控えめにでも確かに輝いている。


「え!?あ、すごく似合ってますよ!リリスさんのいつもの雰囲気とはまた違うけど、なんていうか新鮮ですごく合ってると思います!」


「……月並みですね。『似合ってる』ですか……語彙力が子供レベルです。はぁ。エミルくんごときに期待した私がバカでした。まぁ一応褒めることはしたのでその頑張りは認めますよ」


 ……いや、なんて言えば良かったんですかリリスさん。


それより、今はそんなことを考えている場合じゃないんだ。このままでは、オープンから全く依頼をこなせないままギルドの評価が下がったり……最悪潰れてしまう。それは、オレたちが目指す『ストレイキャット』の未来にとって致命的なことだった。


「はぁ……せっかく、ずっと夢だったギルド受付嬢になれたのに……世の中上手くいきませんね」


 リリスさんも、さすがに焦りを感じ始めているようだ。その顔には、隠しきれない落胆の色が浮かんでいる。せっかくあんなに喜んでいたのにこの状況を見ているのは辛かった。


「はは……まあ、仕方ありませんよ。これも完全に想定外の出来事ですからね」


「やっぱり、他の冒険者ギルドのように、男性冒険者ウケする、ギリギリのラインの露出が必要ですかね?」


「え?」


「胸元を大きく開けてみたり、ミニスカートにしてみたり……」


 リリスさんは、指で自分の制服の胸元を少し開けようとしたり、スカートの裾をちょこんと持ち上げてみたりしている。


「いやダメですよ!絶対にダメです!リリスさん!そんなことしたら、ギルドのイメージが悪くなるだけじゃなくて、変な人が集まってきちゃいますって!」


 そんなことをして客寄せをするなんて、オレのギルドマスターとしてのポリシーに反する。何より、リリスさんにそんな格好をさせるのは絶対に嫌だと思った。


「でも……イヤらしい視線を感じたら、ファイアボールとかで燃やせば良くないですか?魔法耐性があるなら槍で心臓を一突きとか?」


 リリスさんが、いたって真面目な顔で物騒なことを言い放つ。だとしたら、大体の男はリリスさんに殺されるような気がしますけどね……


「リリスさん。とりあえず、もう少しだけ様子を見ましょう。もしかしたら、何か人が来ない原因があるのかもしれませんから。ギルドの外に出て、周りの様子を見てみたりとか……」


「あ。そうでした。エミルくん。今のままギルドを経営をするのは難しいですよ?2人しかいませんし、休みが取れません。だから、エミルくんが誰か雇ってきてください。出来ればギルド受付嬢がいいですね」


「え?」


「いや、え?じゃなくて。まさか、この『ストレイキャット』を休みなしで働け!とか今どき流行らないブラックなギルドにするつもりですか?大体、人材の確保はギルドマスターの仕事ですよ?この前のウザさ満点の貴族のギルドもやっていたじゃないですか。まさかそれ以下ですか君は?」


 そう容赦のない毒をまた吐かれる。確かに、態度はどうあれ道行く人にあのギルド……何とかファングも勧誘をやっていたのは事実。


「ということで、誰か連れてくるまでエミルくんは帰ってこないでください。私はその間に、クエストボードに貼ってある依頼書のダンジョンに偵察に行ってきますから」


「え!?」


「だって、こんな閑古鳥状態のギルドじゃ何もすることないじゃないですか。君も人材確保で楽しい王都の街に出掛ける、私は依頼の内容自体に何か人が来ない問題があるのか確認する。それに軽く暇つぶしになりますしね?適材適所です。それとも、戦闘能力皆無のエミルくんがダンジョンに行きますか?」


 確かにリリスさんの実力なら、初級ダンジョンで危険な目に遭うこともないだろう。依頼内容に不備がないか確認してくれるのは、ギルドにとってはありがたいこと……なのか?


 しかも楽しい王都の街って棘のある言い方してくるし……まぁでもやることがないのは事実だし、リリスさんの言うことを完全に否定できる根拠もないか


「……わかりました」


「では決まりです!」


 リリスさんはそう言うと、受付のカウンターをまるで猫のようにひょいと飛び越えた。その軽やかな動きに思わず目を奪われる。そのまま、くるりとオレに手を振ると、風のようにギルドのドアを開けて外へと出て行ってしまった。パタン、とドアが閉まる音が静かなギルドに響いた。


「適材適所か……」


 リリスさんが去った後、静まり返ったギルドにオレの声だけが響いた。いきなり「人員確保してこい!帰ってくるな!」からの「私、ダンジョン行ってくるから!」は流石に展開が早すぎるだろう。しかも、理由の1つが「暇つぶし」とか、ギルドの受付嬢としてどうなんだ?いや、ギルドマスターであるオレもまともに経営ができている気がしないんだから、人のことを言えた義理じゃないかもしれないが。


 残されたオレのミッションは、人材の確保。出来れば受付嬢。しかも見つけるまで帰ってくるな、だ。でも誰に声をかければいいんだ?道行く人に「あの、ギルドの受付嬢になりませんか?」なんて声をかけるわけにもいかないだろう。完全に詰んでいる気がする。


 とはいえ、ここで立ち止まっていても何も始まらない。リリスさんがダンジョンから帰ってくる前に、何か成果を出さないと……


「はぁ……」


 前途多難にもほどがある。よし。とりあえず動こう。街に出て情報を集めるところから始めるしかない。オレは覚悟を決め、ギルドのドアに鍵をかけた。カチャリ、と小さく音が鳴る。そして外に出た。静かな通りに、通り過ぎる風の音だけが聞こえる。オレはギルドの看板を見上げた。可愛らしい野良猫の絵が静かに佇んでいる。


 新しい人材の確保。そして、ギルドマスターとしての最初の一歩。どちらも全く先が見えないけれどやるしかない。静かなギルドに背を向け、オレは未知数の街へと踏み出した。

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