ギルド設立から、あっという間に2週間が経つ。本当に目まぐるしい毎日だった。ギルド運営に必要な書類仕事から、内装の準備、備品の買い出しに至るまで、全てを二人で分担して進めてきた。
新しいギルドの顔となる看板には、リリスさんが腕によりをかけて描いてくれた、愛らしい野良猫と、ちょこんと付いた足跡が描かれた温かみのある看板が掲げられている。受付には、真新しい木目のカウンターが鎮座している。まだ、そこには誰も立つべき人はいないけれど、見るたびにこれから始まる日々に期待が膨らんでいた。
ギルド管理機関に申請した依頼は、全部で12枚。そのうち、許可が出たのは素材採取が2枚、魔物討伐が2枚、ダンジョン攻略が2枚だけだった。半分が残念ながら却下されてしまった。実績も知名度もない、生まれたばかりの無名の冒険者ギルドでは、そう簡単にはいかないものだと改めて思い知らされた。
「許可が出たのは、半分か。……ふぅ、なかなか厳しいな」
手の中にある依頼書を眺めながら、オレは思わず呟いた。でもこれが、オレたちのギルドの最初の一歩になる。小さすぎるかもしれないけれど確かに前進している証だった。
その時、隣に立っていたリリスさんがパッと顔を輝かせた。その表情は、まるで子供がお気に入りの宝物を見つけた時のように純粋な喜びで満ち溢れている。
「エミルくん!早くその依頼書を、このピカピカのクエストボードに貼りましょう!私が貼りますね!」
リリスさんは、目をキラキラさせて本当に嬉しそうだ。そんな風に無邪気に喜ぶ姿を見ると、ああ、やっぱりリリスさんも、いつもは年上の頼れるお姉さんぶっているけれど、こう見えて普通の女の子なんだなと改めて思う。この2週間を一緒に過ごすうちに、その印象は随分と変わった。
「ありがとうございます、リリスさん。助かります」
オレは抱えていた依頼書をリリスさんに手渡した。リリスさんは受け取った依頼書を一枚一枚、まるで宝物のように丁寧に真新しいクエストボードに貼り付けていく。依頼書が並べられていくボードを見ていると、なんだか胸の奥が温かくなるのを感じた。
そして二人で、完成間近のギルドを見渡す。
そこには、まだ誰一人として冒険者はいない。静まり返った空間に、貼り終わったばかりの依頼書だけが、これから始まる物語を予感させるように佇んでいる。でも、オレの目には『精霊の剣』のパーティーの一員だった頃に、何度も目に焼き付けた活気あふれるギルドの光景がぼんやりと目に浮かんだ。怒号のような冒険者たちの声、依頼を求める足音、カウンターを叩く音。いつか、この場所もあんな風に賑やかになるのだろうか。
「なんかこうやって見ると、本当にギルドらしくなってきましたね!エミルくん!」
リリスさんが、満足げにクエストボードを見上げて言った。その声には達成感と喜びが滲んでいる。
「はい。もうすぐ完成です」
「私たちのギルド、『ストレイキャット』がついに始動するんですね!」
リリスさんが誇らしげに胸を張った。決して大きくはない。でも入り口に飾られたリリスさんの描いた野良猫の看板のおかげか、どこか不思議と温かく、訪れる人に安心感を与えるようなそんな雰囲気に満ちている。ギルド『ストレイキャット』は確かに今、ここに誕生したのだ。
あの時、リリスさんがいきなりパーティーを解散して、これからオレはどうなってしまうんだろうと、本当に不安でいっぱいだった。でもこの2週間、リリスさんと二人三脚で朝から晩までギルドの準備を進めていくうちにすっかり打ち解けて、仲良くなった。今のところ、このリリスさんとの関係性はオレにとって心地いいものだった。もしかしたら弟のように思っているのかもな。
「エミルくん。これで、クエストボードへの貼り付けは完了ですね!あとはいよいよ開店を待つだけですね!」
リリスさんが、くるりとオレの方を向き、満面の笑みを浮かべた。
「はい。いよいよですね」
オレとリリスさんの『ストレイキャット』は、いよいよ明日から、この王都で冒険者ギルドとしての一歩を踏み出す。この時、オレの胸にはこれから始まる新しい生活へのほんの少しの緊張と不安、そしてそれを遥かに上回る、たくさんの希望が満ち溢れていた。
それにしても、リリスさんは本当にテンションが高い。準備期間中もずっとそうだったけど、開店を目前にして、その喜びは最高潮に達しているようだ。
まあ、その気持ちは痛いほどよく分かる。オレだって、今は心の底から楽しみで仕方ないんだ。リリスさんと二人で、自分たちのギルドを開く。ただそれだけで、胸がドキドキして、ワクワクしてくる。だから……改めて、リリスさんに感謝の気持ちを伝えることにする。少し照れくさいけれど、言わなくちゃいけない気がした。
「あの、リリスさん。本当に、ありがとうございます。その……オレなんかを、このギルドに誘ってくれて」
「……言ったじゃないですか、エミルくん。君は、私がギルド受付嬢になるっていう、ずっと叶えたかった夢を一緒に実現するために、私がパーティーに勧誘したんだって。忘れたんですか?」
リリスさんは、本当に楽しそうだ。心から、このギルドの誕生を喜んでいるのが伝わってくる。そのキラキラとした笑顔を見ていると、オレは、この笑顔をずっと守りたいと心から強く思った。そのためにももっと成長しなくては。今はまだ頼りないかもしれないけれど、リリスさんの大切なパートナーとして、ギルドマスターとして、もっともっと頼りになる存在になろう。
「ふ~ん……エミルくんが私の大切なパートナーになれますかね?まぁ……ほんの少しだけ期待してますよマスター?」
「え?あ。リリスさん!また心の声を聞くスキル使いました!?」
「言っておきましたよ?だからエミルくん。私には隠し事は無駄です。まぁ君は、私に秘密事を作るような、そんな度量もなさそうですし、思考が単純ですから心配はしてませんけど?」
オレの慌てた声とリリスさんの楽しげな笑い声が、開店準備を終えたばかりの、まだ静かなギルドの中にいつまでも響き渡っていた。また毒を吐かれたよ……でもこれがリリスさんの素なんだろうな。そう考えたら……ほんの少しはオレのことを信頼してくれているのかもな。
これが、後にこの王都で、数々の伝説を創り出すことになる冒険者ギルド『ストレイキャット』の知られざる前日譚である。まだ誰も知らない、小さなギルドの物語は、今、まさにここから始まるのだった。