騒がしさから一変して、リリスさんの凄さを改めて目の当たりにし呆然としていたオレ。
「はぁ……変な集団にライバル視されましたね。エミルくん。ああいうのは、分かりやすく言ってあげないと理解できませんから。まったく……見ててイライラしました。全然反論もしないですし。少しくらいは男として格好いいところを見せてもらえませんかね?私が横にいなかったらいつまで棒立ちしてるつもりだったんですか?時は金なりですよ。商人だったはずなのに、基本的なことも理解してませんか。がっかりです。まったく、時間を取られましたね。ああいう連中に構っている暇はありません。ほら行きますよ?」
リリスさんはそう言って、再び歩き始めた。めっちゃ毒を吐かれたんだが……ロイヤルファングとの遭遇で完全にペースを乱されたが、オレは戸惑いながらもリリスさんの少し先を行く背中を追った。
王都の中心部を離れるにつれて、周囲の騒がしさは少しずつ遠ざかっていく。石畳の道も心なしかゆったりしているように感じられる。中心部ほどの耳をつんざくような喧騒はなく、代わりに風の音や遠くで響く人々の話し声が聞こえてくる。武器屋の金属を叩く鈍い音や、酒場から漏れる陽気な歌声などが点在しており、中心部ほどではないにせよ、この辺りもそれなりに活気はあるようだ。
そんな少し落ち着いた雰囲気の通りを進んでいき、とある一軒の家の前にピタリと足を止めた。
「ここは?」
「私の家です」
「え?リリスさんの、家……ですか?」
「ええ。実は、1ヶ月前くらいに買っておいたんです。元々ここをギルドにしようと考えていました。ここなら、広さも立地も特に問題ないです」
予想外すぎる言葉に、今度こそ完全に間の抜けた声が出た。口がポカンと開いてしまったのを慌てて引き締める。
「えっ!?ここ、リリスさんが買ったんですか!?」
「そうですよ。ギルド経営は、何かと初期投資がかかりますからね。物件購入だけでなく、内装や備品の準備など、考えることは多いんです。私は長年の冒険でそれなりに貯金がありますから大丈夫ですけど」
リリスさんはそこでフッと鼻で笑った。そして元パーティーへの毒舌が蘇る。
「私は、あの3バカたちみたいに、先のことを全く考えない計画性のない使い方とか、無駄なものに散財したりしませんから。命懸けで稼いだお金を、その日のうちに全部酒と女や男に使い果たすような真似はしない。そんなのは、ただの人生の負け犬のすることですからね。貯金は、いざという時のために必要なんです」
また始まった、リリスさんの容赦ない毒舌。相当、鬱憤が溜まっているのか、それともこれが彼女の素なのだろうか。聞いているこっちが少し居たたまれなくなるほどだ。
でも、その手堅い金銭感覚には正直感心する。長年第一線で活躍してきた冒険者とはいえ、これほどの家をポンと買えるほどの貯蓄があるとは……
そう言って、リリスさんは慣れた手つきで家の扉を開ける。古風な木製の扉が、静かに内側へと押し開けられた。中に入ると、外観からは想像できないほど広々としていて、明るい光が差し込んでいた。広がる空間は天井が高く、開放感がある。必要な家具なども、必要最低限ながらもきちんと揃っているように見える。
「ここが、リリスさんの……ギルドですか……」
見回しながらそう言うと、リリスさんは少しだけ表情を引き締めた。
「私とエミルくんのものです。しっかりしてくださいマスター?私とエミルくんは共同経営者であり対等な立場ですよ?あ。これ見てください」
そう言って、彼女が指差したのは、入り口を入ってすぐの一角だった。そこには真新しい木製のカウンターが設置されている。受付カウンターだ。磨かれて光る木肌はできたばかりであることを物語っている。
「ギルドの受付カウンターも、ちゃんと設置してあるんですよ? さすがに、依頼を受ける冒険者が使うような椅子とかテーブルまでは用意していませんけど、追々揃えていきましょう。どうですか?イメージ通りでしょ?」
リリスさんは、まるで自分の秘密基地を見せる子供のように、少し得意げに、そして期待に満ちた瞳でオレを見た。本当に、ギルド受付嬢になるのが彼女の夢だったんだな。そのキラキラした瞳を見ていると、そう思わざるを得ない。そして、その夢を叶える場所を、彼女自身の手で用意したことへの誇りも感じられた。
「……はい、イメージ通り、いえ、想像以上です」
「さて、とりあえずギルドの拠点は、この家で決まりです。広さも十分、立地も悪くない。静かすぎず、騒がしすぎず、情報収集にも適しているでしょう。今日はもう遅いですから。明日は朝一番で、ギルドに必要な備品、例えば事務用品や掲示板などを買い出しに行きましょう。それと、今後のギルドの方針について、じっくりと話し合っておきたいですね」
「わかりました。ありがとうございます。それじゃあ一度宿屋に帰って、また明日の朝一番に伺います」
オレがそう言うと、リリスさんはパチリと目を瞬かせた。そして、次の瞬間信じられない言葉を口にした。
「はい? ここがエミルくんの家ですよ?今日からここで私と寝泊まりするんです」
「はい!?リリスさんと!?」
マジか!?この広い家で、あの美しくて、そしてちょっと恐ろしいリリスさんと一緒に住むことになるのか!?いやいや!それは色々とマズいだろ!?
だってほら……その……男女が一つ屋根の下で暮らすなんて……いや、共同経営者として拠点に寝泊まりするのは合理的かもしれないけど……精神的に、というかオレ自身の煩悩的に非常にマズイというか……!
「……まさか、嫌なんですか?」
「いえ!全然!そんなことないです!むしろ光栄です!ただ、その……リリスさんにご迷惑では……」
「迷惑ではありませんよ。ここはある程度部屋も余ってますし、エミルくんには無駄な資金を使ってほしくありません。それにここを拠点にした方が、ギルドマスターとして効率がいいでしょう?業務時間外でも急な連絡に対応できますし、お互いに情報を共有できますし、必要な時にすぐに打ち合わせもできる。それに……」
そこでリリスさんはスッと目を細め、ジト目でオレを見る
「変なことしたらアサシンのスキルで、そっと静かに始末すればいいですしね?まぁ、エミルくんにはそんな度胸も、変なことを思いつくほどの悪知恵もなさそうですけど」
ん?なんか最後に、すごく怖いことを言われた気がするし、盛大な毒も吐かれた気がするけど、確かにリリスさんの言う通りかもしれない。
一人暮らしをするよりも、資金的にもそしてギルドマスターとしての効率を考えてもここで寝泊まりするのは合理的だ。それに、彼女がそこまで考えて準備してくれた場所だし、断る理由もない。
いや、断ったら後が怖いというのも少しあるかもしれない……
こうして、オレはギルドマスターになったその日に、リリスさんと二人で、この広い家で一緒に住むことになった。まさか、ギルド設立という大きな一歩を踏み出した直後に、こんな急展開で同居生活まで始まるとは……
「ふぅ……疲れたなぁ……」
自分の部屋だと言われた一室のベッドに、へとへとになって横たわる。シンプルな内装だがベッドの寝心地は悪くない。窓の外はもうすっかり夜になり静寂が部屋を包み込んでいる。
今日は、本当に色々なことがありすぎた……突然のパーティー解散、ギルド設立、そしてリリスさんとの同棲……
いや、同居!いかんいかん。また変なことを考えている。こんな思考がバレたら、本当にアサシンのスキルで消されるかもしれない。オレは頭の中に湧き上がってくる煩悩を振り払うように、必死で首を左右に振った。ダメだ変なこと考えるな。オレはギルドマスターなんだ。やるべきことは山積みなんだ。
コンコンッと静かな部屋に、控えめなドアのノック音が響いた。思わずビクッとしてしまう。オレは、慌ててベッドから起き上がり少し緊張しながら返事をする。
「はい」
「エミルくん、お風呂沸いてますよ。先にどうぞ」
「え……?あ、はい!今、行きまーす!」
なんか……まるで、新婚生活みたいじゃないか?いやいや!何を考えているんだオレは!そんな甘ったるい危険すぎることを考えているのがリリスさんにバレたら、今度こそ冗談抜きでアサシンのスキルで消される!思考回路をまっとうな方向に切り替えろオレ!
そんなことを考えていると、扉越しにリリスさんの声が聞こえてくる。
「あのエミルくん。アサシンのスキルはあくまで例ですよ?お好みの死にかたがあったら遠慮なく言ってくださいね?」
「え?」
「あと、私は心の声を聞くスキルを持っていますから。一応言っておきますね?」
……バレている。とにかく。明日からもギルド設立に向けて、やることは山積みだろうし今日はゆっくり休んでおかないと。気合いを入れ直して明日も頑張ろう。