太陽もまだ顔を出したばかりの時間帯。
小鳥のさえずりと少女の寝息が聞こえる森の奥。
紫紺の空に凍えるような風と、澄んだ空気が心地良い。
「むにゃ……ぷりんの……かぶとむし……むにゃ」
「寝言が独特すぎませんかそれ、というか、ほらそろそろ起きないと怒られますよ」
早朝の森の中、気持ちよさそうに眠る白髪の少女を揺り起こす。
「んー、おは、よー」
「半分寝てますね」
気持ちもわかる、今まで好きな時に起きて好きな時に寝ていた人が、急に早朝に起こされてそのうえ仕事。
当たり前のように、眠たくもなる。
もちろん僕は、もう既に慣れてしまっているけれども。
「おはよー!ちゃんと時間通りに来てくれてんな、さすが
「すみません、朝から大声出されると頭痛が……」
朝からテンションが異常に高いこの人は、
ジャンパーを腰に巻き、ウォームアップのズボンとカッターシャツを着ている赤い髪の女性だ。
会う度にこの服装なので、それしか服がないのかと心配になる。
それ以外に特徴があるとすれば、赤い髪と碧眼、今年で24歳になるらしい、彼女は僕より偉い立場の人間で小隊の隊長なのだとか。
「おっはよー!!」
さらにその挨拶に張合うようにさらに大きな声で、銀髪の少女が挨拶を返す。
頭が痛い。
「よーし、じゃあ!さっそく餓桜の調査に出発や!」
「おー!!」
「いえーい」
冷たい風が早朝の森を駆け抜け、葉を揺らす。
「ふぁあ〜」
大きくあくびをして、冷たい空気で肺を満たして。
僕たちは危険区域に足を踏み入れた。
〇
昔、地形変動が起きるより前の話。餓桜がこの地を蝕む前の話。
ここにはとても栄えた文明都市があった。
今ではその面影もなく、荒廃している。至る所に赤い枝や蔓、草木が侵食していて、建造物はほとんど本来の形を忘れている。
「そういえば、今更だけどガロウってなに?」
「あれ、言ってませんでしたか?」
彼女、モルにはもう説明した気でいたが、やはり僕の記憶は当てにならない。
「餓桜っちゅうんはな、食性植物言うて、生き物を食べて成長する植物やねんな、ほら、食虫植物みたいなやつや」
結衣さんがそう、彼女に説明をし始めてくれたので。僕は二人から意識を離し、自分の仕事に集中する。
「食虫植物は虫を養分にするんやけど、食性植物は動物とかを養分にするから、人間も食われるんよ」
「こ、こわ」
「せやねー」
彼女の反応に深く頷いて、この仕事に最もまとわりつく感情を肯定した。
恐ろしい話だ、平和に暮らす日々を送っていたのに、突如に現れた植物に日常を壊されたのだから。
「それで餓桜に侵食されたこの場所を調査して昔の遺物やったり、生存者を探すのが今回の仕事や、後者はともかく、昔の技術品を探すのってめっちゃ楽しいで?」
「例えばどんなのがあるの?」
彼女は瞳をキラキラと輝かせ結衣さんのジャンパーを引っ張って、結衣さんもジャンパーを取られまいと自身のジャンパーを引っ張り始めた。
「例えば、これとかですね」
「銃?」
収集がつかなそうだったので、彼女の興味を僕の拳銃に移させるため。実際にホルスターから抜いて見せた。
「そうですね、こういう技術品は結構貴重なんですよ、まぁ、今回は出番は無いですが」
「どうして?餓桜?が来たら銃でバーンてやればいいのに」
「なぁ、志東くん?ホンマになんも説明してないわけやないやんな?」
結衣さんはジャンパーを直しながら僕に詰めるように質問をする。
どうやら僕は、本当に餓桜のこと何も説明していなかったらしい。
「僕はあっちの方を探索するので、任せました」
そう言って、これ以上責められる前に通常ルートから外れて僕は違う道に進むことにした。
結衣さんが居れば、彼女のことを心配する必要は無いだろう。
むしろ自分のことを心配するべきかもしれない。
とは言っても。
餓桜は最新の注意を払っていれば、それほどの脅威にはなり得ない。
餓桜は赤い枝に触れなければ活性化状態にならず、触れると言っても軽く触れただけでは反応しない。
活性化状態の餓桜は、音を頼りに獲物を探し捉えた獲物を地面に引きずり込み地中で養分に変えてしまう。
だが所詮は植物で、本当に大きな音を出さない限り、滅多に位置がバレることは無い。
赤い枝に気を付けつつ、半壊した建物の中を通る。
建物の中には日が差していて、蜘蛛の巣やホコリが人が消えた長い年月を物語っている。
「3062年……、ずいぶんとまあ、古いものが……」
ふと、部屋の隅に差し込む日差しを浴びている机と手記を見つけて手に取った。
紙は劣化していて、文字もくすんでいるが解読ができないほどじゃない。
「これは……」
本をパラパラと適当にめくっていると、最後のページに不自然に赤い何かが挟まれていた。
どうせこれから暇になるだろうと、本を少しばかり借りることにした。
僕は本の最初のページに目を通しながら、建物を後にした。
雑草の生い茂る大通りの中心を、堂々と1人で歩くなんて、とても貴重な体験だ。
今は誰もいないとしても、鳥の声だけが街に響いていても、道が緑色に侵食されていたとしても。
未だ人類の生きた証は遺り続けていた。