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第27話 ドワーフの鍛冶屋ザノーのもとへ

「ところでヴァルダさん。ここに置いていったものがあるって言ってましたけど」

「おお、そうだ。忘れるところだった」


 キルイの言葉でこの洞窟へ来た本来の目的を思い出し、ヴァルダは気を取り直して壁際へ近づいた。


「うーむ、このあたりか?」


 時折、聖剣の方を振り返りながら、その隠し場所を探す。入り口と剣を直線で結んだ先のやや右あたり、というのがヴァルダの覚えていた場所だった。しばらく杖の明かりを岩壁に向けていると、ようやくそれらしき場所を見つける。


「おそらくここだな」


 ヴァルダは台座を沈めたときと同じように、光の魔法を解いて、今度は壁際の足もとの土を動かす。


「さっきも思ったけど、変わった魔法だね」


 ネトはヴァルダの隣へ飛んできて、動く地面を見つめた。


「ああ。本来はゴーレムを形作るための魔法らしいんだがな」


 答えている間に、オリハルコンが姿を現す。ヴァルダはそれを取り出すと、再び魔法で穴をふさいだ。そして魔法の明かりを灯しなおし、片手でそれを抱えてキルイのもとへ戻る。


「それが、ここに置いてきたものですか?」

「ああ、オリハルコンだ」


 そう答えてキルイの前に掲げて見せても、「なんです?オリハルコンって」と、キルイの反応は悪かった。それに対して苦い顔をするヴァルダを見て、ネトはくすくす笑う。


「剣を作るための素材だよ。オリハルコンの剣で魔王を倒した勇者が何人もいるんだよ」

「そうだ思い出した。伝説の金属だって言ってましたよね!」


 キルイはようやく目にしているものの価値に気づき、声を上げた。ヴァルダは、どうも締まらんなと思いながら、オリハルコンをキルイに手渡す。


「これを鍛冶屋のドワーフ、ザノーのもとへ持っていって、お主のための剣を打ってもらうのだ」

「これが剣になるんですね」 


 オリハルコンの鉱石を受け取ったキルイは、いろいろな角度から眺めてみたり、持ち上げてみたりする。そうして一通り観察したあと、ようやくリュックの中に収めた。


「じゃあ、お別れだね」


 ネトは剣の柄頭に乗り、明るい声でそう言った。


「こんなところにひとりで、寂しくないの?」

「ううん、全然。人間がいっぱい来て、剣にべたべた触られる方がよっぽど嫌だよ」


 キルイの心配に、あっけらかんとネトは答える。そして、何かを思いついたように「そうだ」と言って、ヴァルダに近づいた。


「君の魔法でさ、剣の周りを土で覆ってよ」

「いやしかし、聖剣にそんなことをしてはいかんだろう」


 ネトの思わぬ頼みにヴァルダは戸惑った。


「大丈夫だよ。ちゃんとネトから事情は説明するからさ」

「それなら安心ですね。精霊の加護がある人なら、土の壁なんて簡単に壊せるでしょうし」


 ネトは引かずキルイも賛同するので、ヴァルダはしぶしぶ求めに応じ、剣の周囲を土壁で覆う。その結果、聖剣が鎮座し厳かな雰囲気のあった場所は、中央に円筒状の土の突起がある奇妙な空間になった。


「うん、バッチリ」

「うーむ、なにかよくないことをしている気がするんだが」


 ネトは土壁の周りを飛びながら喜んだが、ヴァルダはいまだ納得できずに首をひねる。それでもネトは、「ネトがいいんだからいいんだよ」と平気な顔をしていた。



「ザノーさんでしたっけ。そのドワーフの方の工房はどこにあるんですか?」


 洞窟を出て引き返す道すがら、キルイは訊いた。


「東の方なんだが、ここからだと、まだずいぶん先だな。魔王城へ行くには途中で南に曲がるんだが、そこを越えて何日か歩いたところにある町のそばだ。少し寄り道にはなるが仕方あるまい」


 それでも翼竜で海を渡ったことで、勇者パーティとの差はまだあるはずだ。剣を打つのにかかる時間にもよるが、追い抜かれることはないだろうと、ヴァルダは見積もっていた。


 ふたりはザノーの工房を目指し、東へ向かって歩いた。いくつかの町を通り過ぎたが、どこへ行っても身分証の提示を求められ、それがないと中へ入ることができない。それでも旅の事情を告げると、良心的な番兵が、今回だけ特別だと言って通してくれることもあった。その際には、食料など必要なものをできる限り買い求めたが、それらの品々は、海を渡る前に訪れたどの町より割高で売られていた。


「ロアじいと旅していたときには、ザノーさんにオリハルコンの剣を打ってもらえなかったんですか?」


 野営をしていたある晩、鍋が煮立つのを待ちながら、キルイは尋ねた。


「ああ、そうだ」


 ヴァルダは当時を思い出しながら、ため息交じりに答える。


「平和な時代に、そんな物騒なものはいらんと言われてな。ロアが、それもそうだとすんなり引き下がったから、話はそれで終わってしまったのだ」

「じゃあ、魔王が復活した今なら、打ってくれるということですね。でも、ボクにそんなすごい剣、使いこなせるかな」


 キルイはそう言って、喜んだかと思ったら、すぐに不安げな表情を見せるのだった。



 そうしてふたりは、カルセーフの町までやってきた。小さな町には不釣り合いなほど立派な石壁が取り囲み、門のそばに立つ番兵は警戒の目を光らせている。


「町の奥に山が見えるだろ。その中腹にザノーの工房がある。このまままっすぐ、そこへ向かおう」


 ふたりは町へは寄らず壁伝いに回り込み、そのまま山へ入っていった。


 道らしい道はなかったが、斜面が緩やかで硬い土に覆われていたため、歩くのに苦労はなかった。木々の間を通り抜けながら、ふたりはずんずん登っていく。しばらくすると平らで開けた場所に出て、そこには大きさの異なるいくつかの建物が並び、こぢんまりした畑まであった。


 ヴァルダは最も大きな建物の入り口のドアをノックする。すると中から小柄だが筋骨隆々の男が姿を現し、同時に熱風が吹き出してきた。


「どちらさんで?」


 ガラっとした低音の声は、その目つきも相まって、ひどく不機嫌そうに響いた。


「ワシはヴァルダで、こちらはキルイ。ロアの孫だ」


 ヴァルダがそう名乗ると、ザノーは目的を察したのか、フンと鼻を鳴らし、「ちょっと待ってな」と言って建物の奥へ戻った。中は工房になっており、かまどや様々な器具に囲まれ、ザノーの弟子と思しきドワーフたちが作業している。


「なんだか気難しそうな方ですね」

「ああ。だが腕は確かだ」


 ふたりが工房を覗きながら小声で話していると、ザノーがまた近づいてきた。


「家の方で話を聞こう」


 そのままザノーはヴァルダの横をすり抜け、隣の家へ向かう。ふたりは遅れないよう、そのあとについていった。


「それで、そっちの小僧が勇者ってわけか?」


 家に入り、円卓の周りに置かれた椅子に三人で座ってすぐ、ザノーはそう切り出した。キルイは隣に置いたリュックからオリハルコンの塊を取り出し、机の上に置く。


「いや、勇者というわけではないんだ」


 ヴァルダはためらいがちに答える。


「だが、それに見合う力は、充分あると思っておる」

「台座から聖剣は抜けませんでしたが、台座ごと引っこ抜きましたからね」


 キルイが笑顔で補足すると、ザノーはそちらを一瞥した。その眼光の鋭さに威圧されたのか、キルイは珍しく表情を硬くして視線を落とす。それからザノーは、オリハルコンをしばらく眺めたあと、ヴァルダに目を向けた。


「剣は打たん。帰れ」


 静かに、しかしはっきりと、ザノーは言い放った。


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