予想外の反応に、ヴァルダは慌てた。
「いや、待ってくれ。魔王を倒すために、オリハルコンの剣が必要なのだ。どうかキルイのために打ってやってくれ」
「魔王を倒す?なんの冗談だ。おいぼれとガキが行ったところで、消し炭にされるだけだろうに」
ザノーは鼻で笑い、遠慮のない辛辣な言葉を返す。
「お前たちには気概が見えねえ。魔王討伐はピクニックじゃねえんだ。取り返しのつかないことになる前に帰れ」
そう突き放されても、簡単に諦めるわけにはいかなかった。冗談でこんなところまで来るはずがない。どうにかザノーに剣を打ってもらわねばと、ヴァルダは食い下がる。
「ワシらは本気だ。魔王を倒すために海を渡ってここまで来たのだからな。キルイの戦いぶりを見たなら、お主もそんな考えは改めるはずだ」
「とにかく、剣は打たん」
ザノーは一方的に話を打ち切って立ちあがった。それを見てキルイも腰を上げ、ザノーの前に立ちはだかる。
「ちょっと待ってください。魔王を倒すためなら、オリハルコンの剣を打ってくれるんじゃないんですか」
「さっきも言ったろう。俺はお遊びのために剣を打つほど暇じゃない」
ザノーはキルイのそばへ近づき、見上げながら睨みを利かせる。
「本物の勇者は、魔王の手下たちに命を狙われ、何度も死線を越えてきているはずだ。お気楽なお前たちとは覚悟が違うのさ」
「そんな、ボクたちだって……」
キルイが言い返そうとすると、家の外でバサバサと何かが羽ばたき、そのあと地面を走る足音が聞こえた。ザノーが何も言わず外へ出て行くので、ヴァルダとキルイもそのあとに続く。
そこにいたのは魔族だった。と言っても、小柄でずんぐりした体形のスピ魔族で、翼竜から降りて工房の方へ向かっている。
「おいテナリパ。こっちだ」
ザノーが声をかけると、テナリパと呼ばれたスピ魔族は振り返り、どたどたと駆け寄ってくる。
「どうした。緊急の用件か?」
「緊急というか、なんというか……」
テナリパは言葉を濁し、もじもじする。
「どういうことだ」
煮え切らない態度に、ザノーの語気が強くなる。それにびっくりしたテナリパは、またひとしきりもじもじしたあと、ようやく口を開いた。
「ここに影響があるかどうかは分からないんですけど。今、勇者がこっちに向かってきているみたいで。それをやっつけようって、トルバ魔族が僕たちのねぐらに集まってきているんです」
テナリパの勇者という言葉に反応したのは、ヴァルダとキルイだった。
「勇者ってクルードさんたちですかね?」
「恐らくな。だが魔王城へ向かうのなら、こちらへは来ないはずだが」
脇で話していると、ザノーは睨むようにふたりを見る。
「知り合いか?」
「その勇者というのが、ワシらの知っているリヴラ王国の勇者ならな。だが、あやつらなら問題ない。きっちり返り討ちにするだろう」
悠長に構えるヴァルダに対し、テナリパはばたばたして否定する。
「きっと無理ですよ。今回は、トルバ魔族の精鋭ぞろいなんです。それに前の戦いで勇者の剣が折れたらしくて。だからここが攻め時だと考えているみたいなんです」
「それで新たな剣が必要となり、ここを目指しておるということか」
テナリパから思わぬ情報を得られたヴァルダは、勇者クルードらの状況について考えを巡らせた。勇者パーティは、思った以上に自分たちとの距離を詰めてきている。しかし、ザノーのもとへ来ようとしているのは吉報だ。もし何事もなく、そのまま魔王城を目指していたとしたら、自分たちより早く魔王と戦い、倒されてしまったかもしれない。
「ヴァルダさん、ボクらも戦いましょう。このままではクルードさんたちが危ないですよ」
勇者パーティのピンチにキルイはやる気を見せるが、それに対してヴァルダは「うーむ」と生返事をする。
「お主の気持ちは分かるがなあ。お気楽コンビが行っても消し炭にされるだけだから、やめておいた方がよいのではないか?」
気乗りしなさげにそう言って、横目でザノーを見た。
「なんだ、俺に頭を下げろとでもいうのか」
前を向いたままそう言うザノーに、ヴァルダは苦笑する。
「その必要はない。ワシらが魔王討伐に行くのが本気であると理解してくれればいい」
「なるほど。だからといって、剣を打つとは限らんぞ」
「大丈夫です。きっとボクたちの戦いを見れば、剣を打ちたくなりますよ」
つれない言葉にキルイは意気込んだが、ザノーは何も言わなかった。
「テナリパと言ったか。魔族の連中は、いつごろ、どこからやってくる?」
「えっと、状況からすると、来るのはたぶん明日のお昼ごろだと思います。方角は、僕たちのねぐらから翼竜で飛んでいくので、東からです」
ヴァルダの問いかけに、テナリパはどぎまぎした様子で、とつとつと答える。その答えに満足したヴァルダだったが、もうひとつ、確認せねばならないことがあった。
「すまんが、勇者たちがどこにいるか見て来てくれんか?ただし、気づかれんようにな」
「えっ……」
テナリパは、困惑した表情でザノーを見る。
「悪いが行ってやってくれ」
ザノーにそう言われ、「分かりました」とテナリパは翼竜に乗り、西の方へ飛んで行った。
「たぶん勇者たちだと思うんですけど、三人組が池のそばを歩いてました」
戻ってきたテナリパは、翼竜から下りてそう伝えた。その場所はヴァルダも覚えており、思わず笑みが漏れる。
「分かった。手間をかけてすまなかったな」
礼を言い、ヴァルダはそれで話は終わりのつもりだった。しかしテナリパは、翼竜に乗ろうとせず、もじもじしている。
「ああ、そうか」
ザノーは思い出したように工房の中へ入っていき、紙袋を持って戻ると、それをテナリパに渡す。
「ありがとう。じゃあ、またね」
テナリパは笑顔で手を振ると、紙袋を大事そうに抱え、翼竜に乗って飛び立った。
「何を渡したんですか?」
東へ去っていく翼竜を見送るザノーに、キルイが尋ねる。
「パンだ。工房の奥で焼いている」
翼竜の方へ目をやったまま答えるザノーに、「やっぱりスピ魔族はパンが好きなんですね」とキルイは言って、同じように空を見つめた。
「すぐ勇者たちに知らせないのか?工房の奥に、取っときの剣がある。そいつを持たせて弟子をひとっ走りさせようと思っていたんだが」
「いや、今はまだ必要ない」
ザノーの提案に、ヴァルダは首を横に振る。
「勇者たちが信用するとは限らんからな。見知らぬ者がやってきて魔族の動きを知っていると言ったところで、にわかには聞き入れがたいだろう」
「ボクが行ってもダメですかね?」
キルイの立候補にも、ヴァルダは賛成しない。
「クルードが自分のところへ来て、魔族がやってくると言って剣を渡されて、何も疑わんか?」
「ボクはクルードさんを信じますよ」
意に反する回答をされ、ヴァルダは苦い顔をする。
「では、どうするんだ?」
ふたりのやり取りは無視して問いかけるザノーに、「勇者たちにはおとりになってもらう」と、ヴァルダはこともなげに言った。