「テナリパに勇者たちの現在地を見に行ってもらったのはそのためだ。このままいけば明日の昼頃には、うまい具合に、勇者たちは町の数キロ手前まで来る。ワシらはそのそばの山に隠れ、やってくる魔族らに不意打ちをくらわすのだ」
「なるほどな。だが魔族らが来るのが遅れ、勇者たちが町へ来てしまったらどうする。町が戦場になるんだぞ」
「そのときは力づくでもワシらで勇者を止めに行けばよい。不意打ちができなくなるだけで、損はないからな」
ザノーはヴァルダの案に考えを巡らせているのか、黙って目を伏せる。少ししてヴァルダを見据えると、「俺はどうすればいい」と訊いた。
「お主には、ワシらの戦いぶりを見て、剣を打つに値するかを見定めてもらおう。それから、勇者に剣を届ける弟子を
「わかった。剣を届ける役目はマトーにやらせよう。弟子の中では一番勇敢だ」
ザノーはそう請け合った。
「でもそれだと、やっぱり勇者さんたちは疑うんじゃないですか?」
「ピンチのときに訪れた助けなら、多少、不審に思ったところで受け入れるだろう。要はタイミングの問題だ」
ヴァルダの答えに、キルイは腕を組んで難しい顔をする。ザノーは横目でそちらを見たが、何も言わなかった。
「念のため他の弟子たちは、明日の朝には避難してもらってくれ。日暮れまで山の上の方にでもいてもらえばいいだろう」
「そうだな、準備をするよう伝えておこう。お前たちも今日はここで休むといい」
「ああ、そうさせてもらおう」
話が終わると、ザノーは工房の方へ向かおうとする。
「あの、工房を見てもいいですか?」
キルイはそれを呼び止め訊いた。ザノーは眉一つ動かさず、「好きにしろ」とだけ答える。すると今度は、「パンを焼くところも見ていいですか?」と訊くので、「ああ……」とさすがのザノーも、声に困惑の色が混じっていた。
翌日、ザノーとその弟子マトーを加え、四人で山を下り、西へ向かった。目指すは、昨日テナリパから聞いた情報をもとに、昼ごろ勇者パーティが歩いていると思われる地点だ。そこまでくると、ヴァルダは他の三人とともに山際へ近づき、身を隠せそうな場所を探した。
「よいか。テナリパの話からすれば、魔族は東の方から来るはずだ。翼竜に乗った連中が正面まで来たら、ワシがまず魔法でそやつらをできるだけ撃ち落とす」
足場の安定した木の陰を待ち伏せの場所に選んだヴァルダは、三人にこの日の作戦を説明する。
「そうすると残った魔族どもの中に、翼竜を降りて向かってくる者がおるはずだ。キルイはそやつらを叩いてくれ」
「わかりました」
キルイは真剣な表情でうなずく。
「ザノーはワシらの戦いをきちんと見ていてくれ」
「ああ」
ザノーはただ短く返事をした。
「マトーは合図したら勇者のところまで剣を渡しに行ってくれ。魔族に見つからんよう、できるだけ山の中を走るのだぞ」
「わかった」
勇者に渡すための剣を背負ったドワーフのマトーは、師匠と同じように気難しげな様子で答えた。
「まだ昼までには時間がある。肩ひじ張らず、ゆっくりしておってくれ」
すべきことを確認すると、ヴァルダはそう言って表情を緩めた。
ややもすれば、まどろみにいざなわれそうなほど穏やかな陽気だったが、睡魔に付け入る隙を与えぬほどの緊張感は保たれていた。変化のない景色の中、ただ待ち続けているのはなかなかの忍耐を要したが、キルイの声でその様相に変化がもたらされる。
「あれ、勇者さんたちじゃないですかね?」
指さす先には、確かに人らしき姿が見える。しかしヴァルダには、それが誰なのかはまったく分からなかった。
「ザノーよ。お主には見えるか?」
「人間がふたりと、エルフがいるな」
その答えを聞いて、「やっぱり勇者さんたちだったみたいですね」とキルイは笑顔と見せた。
しばらくすると、ヴァルダにもそれが勇者パーティだと分かるようになってきた。しかし、あまりに近づかれてしまうと、魔族を待ち伏せる位置を変更しなければならない。
「そろそろ魔族どもがやって来ればいいんだがなあ」
のんびりした口調でつぶやいて東の空へ目をやると、いくつかの点がかすんでいるような気がした。それを裏付けるように、「来ましたね」とキルイが表情を引き締める。
「数は分かるか?」
「ん?ああ……」
ヴァルダは再びザノーに訊いたが、反応が鈍い。そんな師匠に代わり、「十八だ」とマトーが答えた。
「数はそこまで多くないんですね」
「ああ。だが精鋭ぞろいらしいからな。気は抜けんぞ」
そう言ってヴァルダは、まだ姿のはっきりしない翼竜の群れを睨む。そして今度はクルードらのやってくる方へ目を向け、その進み具合を確認し、再び東の空を見上げる。
「この場所での待ち伏せで、ちょうどよかったようだな」
ヴァルダがほくそ笑んでいると、「あ、スピードを上げました!」とキルイが叫ぶ。
「勇者たちを見つけたのだ」
そう答えながら、ヴァルダは木の陰から出て杖を構える。しかし、まだ魔法は撃たない。もっと近づき、自分たちの前を通り過ぎる瞬間を狙うのだ。
ヴァルダはじっとそのときを待った。翼竜がみるみる大きくなり、背中に乗っている魔族の姿もはっきり分かるようになる。もちろん魔族たちの目は正面の勇者たちだけに向けられていた。自分たちが狩る側ではなく、狩られる側だとも知らずに。
ついにヴァルダは魔法を放つ。巨大なそれは猛烈なスピードで魔族に向かい、群れの真ん中あたりにいた三体をまとめて塵にした。そして、第二撃で怯んでいた後続の二体を、さらに次に放った魔法でもう一体を撃ち落とし、それぞれ少し遅れて地面に激突する音が響く。
「これならまずまずか」
呑気につぶやくヴァルダのもとへ、魔族らの攻撃が集中する。ヴァルダは他の三人が隠れている木を守るため、大きく魔法防壁を展開して、そのすべてを防いた。
「遠距離からの攻撃は問題ないな」
そう言って魔法を撃ち返すと、一体の魔族をとらえたが、魔法防壁で防がれる。しかし続けざまに放った魔法で撃墜した。さらに、翼竜に乗ってヴァルダらの方へ向かってきた別の魔族へ向けた一撃は、突如として旋回してかわされ、中空で消滅する。ヴァルダは、隙を見ては次々と魔法を放つが、上空の魔族たちは攻撃をかわすことに重点を置きはじめたのか、撃ち落とすことができなくなった。しかし手を休めると、上空から魔法が雨あられと降ってくる。
どうやら魔族らは、上空に意識を引きつけておきたいようだとヴァルダは気づいた。その証拠に、地上へ降り立った何体かの魔族が、ヴァルダらのいる方へ向かってくるのが見える。キルイが気をはやらせていなければよいがと振り返ると、案の定、飛び出す構えを見せているので、「まだ早い」とヴァルダは制止した。
「奴らはお主に気づいとらん。充分に引きつけてから打って出るのだ。マトーは勇者のもとへ行ってくれ」
「分かった」
指示を受けたマトーは、山の中を、勇者パーティの方へ向かって走り出す。すると、それに気づいたように走り寄る魔族が西の方へ目を向ける。ヴァルダはそこへ魔法を放ち、再び自分たちに意識を向けさせた。すると、上空からヴァルダに向かって、今まで以上の攻撃が降り注ぐ。それでもヴァルダは、魔法防壁ですべてをしのぎ切った。
その間に、地上の魔族はかなり近くまで来ていた。恐らく、魔法使いひとりくらいなら、接近戦で軽く八つ裂きにしてやるとでも企んでいるのだろう。しかし、地面に何かが落ちる音がして、魔族らはそちらへ向く。もちろんそれは、上空から魔族が落ちた音だったが、ヴァルダの攻撃によるものではない。スモルとリステが、魔族を射程に入れられる位置まで近づいてきたのだ。それはキルイが攻撃を仕掛けるのに絶好のタイミングだった。