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第32話 ピーリの覚悟

「あの魔族、地下から出てきた人と知り合いなんですかね?」

「そのようだな。敵意はなさそうだが、油断してはならん」


 ヴァルダは警戒を強めながら、改めてキルイとともに、魔族からカンダフと呼ばれた男のもとへ歩いていった。


「他の皆さんも無事ですか?」

「ああ。ちゃんと陣形魔法を使う前に、花火で知らせたからな」

「え、あなたが陣形魔法を使ったんですか?」


 思わず声を上げたキルイに対して、カンダフと魔族は緊張を走らせ、同時に視線を向ける。それでヴァルダは、慌てて名乗ることにした。


「ワシはヴァルダで、こっちはキルイと言う。旅をしていたところ、二日前に陣形魔法が使われる光を見たのだ。それでここまで来たのだが、地下から人が出て来て驚いておったところだ」

「ああ、そうだったのか」


 カンダフは戸惑いつつ、訝しげな視線をヴァルダとキルイそれぞれに向けた。


「俺はカンダフ。この町の者だ。こっちはピーリと言って、魔族だが悪い奴じゃない」

「二日前に発動した魔法の陣は、私が書いたものなのです。普通の魔法は苦手ですが、陣形魔法は得意なものですから。この町の人たちとは、それ以来の付き合いなんです。魔法の発動のさせ方は代々受け継がれていて、カンダフ君は十年ほど前からその役割を担っていたんです」


 カンダフに紹介されたピーリは、町の秘事ひじとも思われるようなことを、滑らかに話した。


「できれば使いたくはなかったんだがな。魔族が翼竜に乗って襲ってきたから、仕方なくだ」


 そう言ってカンダフは、沈痛な面持ちで跡形もない町に目をやる。身を守るためとはいえ、大切な町を自ら破壊する行為は胸が張り裂ける思いだったろうと、ヴァルダはカンダフの心中を推し量った。


「でも、なんでこんなに長く地下にいたんですか?」

「それは以前に、陣形魔法を使ったあとは二日ほど地下に隠れているよう決めていたからです。すぐに出てくると、状況を確認に来た者たちに見つかってしまうかもしれませんからね。私も昨日ここへ着いた時点で地下へ行きたい衝動にかられましたが、ちょうど様子を見に来たのか翼竜が下りて来たので、慌てて森に隠れたんです。その後は、私のせいで何かあってはいけないと、森の中から様子を窺い続けていました」

「おーいカンダフ、もう上がっても大丈夫そうか?」


 キルイの疑問に対するピーリの饒舌な返答がちょうど終わったころ、カンダフが出てきた穴の奥から反響した声が聞こえてきた。小走りで声のした場所まで行ったカンダフは、膝をついて穴のそばへ顔を近づけ、「ああ、いいぞ」と呼びかける。するとしばらくして、他のいくつもの場所で、カンダフが出てきたときと同じように扉が開き、何人もの人が顔を出した。


「ああ、ケリーゼさん、シュスキ君も!よかった、本当によかった……」


 姿を見せた者たちの無事を確認するたび、ピーリは喜びに打ち震えている。


「地下室がたくさんあるんですね」


 キルイはあちらこちらで地下から上がってくる人々を見やりながら言った。


「それぞれの建物の地下に部屋があって、さらにその下には大きな空間が作ってあるんです。そこに集まってもらうことによって、誰かが勝手に地上に出ることを防げますし、食料や水を貯蔵してあるので、空腹もしのげます」


 ピーリは興奮冷めやらぬ口調で説明する。しかしヴァルダには、人々のピーリに対する視線がよそよそしいように感じられた。そして、それが正しいことはすぐに分かった。


「なあピーリ。魔王が復活してから、とんと姿を見てなかったが、今さら町に何の用だ」

「そうだ、どこにいたんだ」


 地上に出た町の人々から、厳しい声が飛ぶ。


「それは……」


 先ほどまでは多弁だったピーリが、言いよどんで俯いた。しかしほどなくして、おずおずと顔を上げる。


「私は魔王城にいました。それが私の務めでしたから」


 そう打ち明けると町の人々はざわつき、敵意のこもった目をピーリに向けた。一方でキルイは地下に興味を示し、穴の中を覗いたり、声を出して反響する様子を聞いたりしている。


「ですが、この町で陣形魔法が使われたと知り、いてもたってもいられず城を飛び出してきたのです。そして皆さんが姿を現すのを、森の中で待っていました」

「それでどうするんだ。これから魔王城へ行って、俺たちが生きてることを知らせに行くつもりか」

「そんなことはしません!私はここで皆さんと、町の復興のために働くつもりです。もう魔王城には戻りません」


 ピーリが懇願するように叫んでも、人々の反応は冷ややかだった。


 もちろん町の人々も、ピーリがそんな悪い魔族でないことは承知しているだろう。しかし、同じ魔族に町が襲われ住む場所を失った今、心がささくれ立っているのは仕方がない。それに、群集心理とは恐ろしいものだ。ひとりひとりが魔族であるピーリに複雑な感情を抱いていたとしても、それが敵愾心に集約されて襲い掛かってしまう。ヴァルダがそう考えていると、キルイが地下へ入っていきかけるので、「やめなさい」と制止した。


「ピーリ。すまないが、今はお前を受け入れることはできない。きっと勇者が魔王を倒してくれる。それでほとぼりが冷めたら、また来てくれ」


 カンダフは悲しげにそう伝えた。そんなカンダフにさえ、町の人々から罵声が飛ばされる。一方で、この悲劇の中心人物であるはずのピーリは、何かを思いついたように明るい顔を見せた。


「なるほど。魔王様がいなくなればいいんですね」


 そう言ってピーリは、ヴァルダとキルイのそばへ寄り添うようにする。


「分かりました。では、この方々と魔王様を倒してきます」


 突然のことに、ヴァルダは呆気にとられた。そして町の人々はまたざわつく。


「おいピーリ。そんな無茶なことを言って、旅の方を困らせるな」


 カンダフが戸惑いながら止めようとするが、ピーリは胸を張って自信をのぞかせる。


「無理ではありません。この方々は、魔王様配下の精鋭たちを倒して、勇者パーティを救ったのです。魔王様を倒すのに充分な力を持っています」

「おい、待ってくれ。何を言っとるんだ。確かにワシらは魔王を倒しに行くのではあるが……」


 ピーリの宣言と、期待や疑念の込められた人々の視線に、ヴァルダはまごついた。


「大丈夫です。私に考えがあるんです。一緒に来てください」


 そんなヴァルダをなだめるように、ピーリがささやいた。


「いいじゃないですか。ピーリさんがまた町の人たちと仲良くできるように、魔王を倒しましょう」


 キルイは目的が手段とすり替わったようなことを言うので、ヴァルダは眉根を寄せる。しかしピーリは、それをふたりが自分に同意したものととらえて意気込んだ。


「では魔王を倒したら、またこの町で受け入れてくれますね」

「あ、ああ……」


 ピーリに気圧されながら、カンダフはうなずいた。


「皆さんもいいですね」


 念押しされた人々は、ぴたっと静かになった。


「では、行きましょう」


 ふたりに声をかけるとピーリは森の中へ入っていき、キルイは歩調を同じくする。ヴァルダはいまだ理解が追いつかないながらも、この場で町の人々の視線にさらされているのはいたたまれず、遅れてふたりについていった。


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