目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第33話 ペラペラと語られる過去

「ピーリさんは魔王城にいたときに、ボクたちの話を聞いたんですか?」


 森の中を歩きながらキルイが尋ねると、ピーリは「ええ、そうです」と背中で答える。


「剣の折れたリヴラ王国の勇者を助けるために加勢したんですよね?かなりの精鋭を向かわせたのに、不意打ちで手ひどくやられたと、魔王城でも話題になったのです。そのあと差し向けられた刺客も撃退したと聞きました」

「ボクたちのこと、魔王に知られてたんだ。だからあのあと、魔族が襲ってきたんですね」


 キルイは驚きつつも、納得したようにうなずいた。ヴァルダは、やはりそうだったかと苦い顔をする。それでも、できる限り自分たちの存在を周囲に知らせないようにしてきたのは間違いではなかったと思うことで、溜飲を下げた。


「ところでピーリさん、どこへ向かってるんですか?」


 キルイは何気なく尋ねたが、ヴァルダもそのことが気にかかっていた。魔王城へ向かうなら、町からまっすぐ南へ進むのが最も早い。問われたピーリは、足を止めずに体をひねってふたりの方を向き、「魔王城の裏口へ回るんです」と言って、また前を向いた。


「森を抜けてしばらく行くと、岩場があります。そこで、スピ魔族という平和的な魔族が世話している翼竜を借りるんです。魔王城のまわりは、地面が裂けたような深い穴に囲まれていて、本来なら警備の厳しい正面の石橋からしか入れません。ですが、翼竜であれば裏口に行けます。そこから秘密の通路を通って、玉座の間へ直行するんです。不意打ちの得意なおふたりにはぴったりでしょう?」

「すごい!魔王のところまでまっすぐ行けるんですね」


 キルイは喜んだが、ヴァルダは卑怯者と言われているような気がして、妙な心持ちになった。


「二百年前、私はその通路を使って、魔王様を助けるため外へ連れ出したのです」

「え?」


 ついでのようにピーリが思わぬ告白をするので、キルイは思わず声を上げ、ヴァルダも驚きのあまり目を見開いた。しかしピーリは振り返りもせず、当時のことをよくある思い出話のように続ける。


「あのときは城中が大騒ぎになっていました。私は状況を知らせ魔王様の助けを乞うために、秘密の通路から玉座の間へ行ったのです。しかし私が見たのは、瀕死の魔王様でした。勇者たちは勝利を確信したのか、すぐにとどめを刺さなかったので、その隙に私が眠らせたのです。導眠魔法も得意なものですから」


 ピーリの話は、とどめを刺す直前に伏兵に眠らされたという、勇者パーティの女エルフ、リステの話に符合する。まさかピーリが魔王を救った魔族だったとは。そして今、その者とともに、魔王を倒しに行こうとしている。


 ヴァルダの頭には、何かの罠ではないかとの疑念が浮かんだ。しかし、町の人々との関係を修復したいのは本当だろうし、おしゃべりなたちであることを差し引いても、内情をペラペラしゃべり過ぎている。裏はないだろうと、すぐにその考えを打ち消した。


 辺りが暗くなると、ピーリは手のひらの前に魔法で光を灯しながら、ふたりを先導した。ヴァルダがどこまで行くのだろうと不安になってきたころ、「この先に小屋があるんです。もう少しだけ歩いて、今日はそこに泊まりましょう」と、ピーリが声をかける。その言葉通り、ほどなくして小さな小屋が暗闇に照らし出された。


 ピーリは手持ちのカギで小屋の入り口を開け、中へ入る。二人もそれに続いた。


「狭いですが、三人ならどうにか寝ることはできます。長年、使っていたので少々ガタはきていますが、野営するよりはいいでしょう」


 そう言って、ピーリは部屋の中をあちこち照らし出し、ふたりに小屋の具合を見せる。雨風をしのぐには充分な造りだったが、小屋はところどころ傷み、修繕のあとがあった。


 簡素な卓を囲んで、ふたりは携行食を食べた。キルイがピーリにも勧めたが、「私は先日、食事をとりましたので」と遠慮される。


「やっぱり魔族って、あんまり食べなくても大丈夫なんですね」

「できれば私は毎回、人間の方々と一緒に食事をしたいんですが」


 うらやましそうに言うキルイに、ピーリは肩をすくめた。

「ピーリさんは魔王城で働いていたんですよね?この小屋には、いつ住んでいたんですか?」


 短い食事のあと、キルイは訊いた。そのころにはピーリに代わり、ヴァルダが光の魔法で明かりを灯していた。


「この近くで、魔王様を眠らせていたのです」


 ピーリはまたしても、さらっと驚きの告白をした。


「先ほども言いましたが、陣形魔法だけでなく、導眠魔法も得意ですので。それを側近の方に見込まれ、傷ついた魔王様を眠らせ続け、経過の観察と周囲への警戒を任されたのです。魔王様のケガは、致命傷でない限り、安静にしていれば自己治癒しますからね。

 はじめは、ずっと魔王様のそばに張り付いていたのです。ですが、森の中はいたって平和でしたし、魔王様にかける導眠魔法は数日に一度でしたから、このあたりを散歩する機会が増えました。森の外で人間たちが集まっているところを見かけたは、そのころのことです」

「それが、ドラスリーベの町を造った者たちか」


 ヴァルダの問いかけに、ピーリは静かにうなずいた。そして、遠い目をしながら穏やかに話しを続ける。


「森の中でずっと静かな生活をしていたので、彼らの活き活きとした姿は輝かしく、目を奪われました。それ以来、私は幾度となく彼らの様子を見に行きました。そんなあるとき、彼らは町の防衛機能について話し合っていました。敵から襲われたときに、どう防ぐのかと。その最終手段として採用したのが、地下に隠れ、陣形魔法で町ごと敵をせん滅するという方法です。その結論に至るまでには、かなりもめていましたが、町の人々の大切な命を守るためだと、最後には皆が納得したようでした。

 その後、彼らの中に魔法使いにつてがあるという者がおり、何か月かかけて呼びに行くという話をしていました。私はそこへ出ていって、自分にやらせてくれと申し出たのです。それは自然な行動でした。彼らはもちろん驚いていましたが、私がずっと森から見ていた話をすると、呆れながらも受け入れてくれました。

 それ以来、町の人々との交流は続き、私も町の一員のような気持ちでいました。この時間がいつまでも続くようにと、魔王様が完全に回復したあとも、ずっと眠らせていたのです」

「なに?そんなことをしていたのか」


 ヴァルダが思わず発した言葉のとげに、ピーリは怯む。


「え、ええ……魔王様は百三十年ほどで完治したようでした。しかし私は、時折やってくる側近の方に対し、全快はまだ先だとお伝えし続けたのです。ですが、そんな悪あがきも、つい一年ほど前にばれてしまいました。折悪しく町にいる間に側近の方がやってきて、魔王様の回復を知り起こしてしまったのです。小屋へ戻ってきた私はそのことを知らされ、それ以来、魔王城での務めに戻ることになってしまいました」


 ヴァルダはその話を聞き、なんともいえない気持ちになった。七十年前に魔王が全快してすぐ復活していたなら、そのとき勇者にふさわしい者が魔王を倒したはずだ。そして恐らく、自分の生きているうちに新たな魔王が現れることはなかっただろう。


 しかし、ピーリの思惑通り魔王を眠らせ続けられていたら、その復活自体がなかったことになる。魔王と戦える機会を得られたのは、ピーリにとって運悪く現れた魔王の側近のおかげだったわけだ。自分にとってはそれが幸運だったのだが、それならロアと組んで冒険者をしているときに魔王を目覚めさせてくれていたらと思わないではない。


 そしてリステのことを考えると、複雑な気分になった。魔王を倒し損ねたことを後悔したリステは二百年の間、いつでも魔王と戦える準備をしていたが、それはピーリによって七十年も引き延ばされてしまっていたわけだ。しかし、魔王が全快した時点で復活したとして、リステが勇者に見合う者とパーティを組めていたかは分からない。それにリステは、二百年越しの魔王復活を定めと言っていた。勝手に他人が同情を寄せる必要はないのかもしれない。


 ヴァルダが魔王復活の時期のことで思索を巡らせている間も、ピーリの昔話は止まらなかった。しかし、ふと気づくと、キルイが眠そうにしている。


「続きは明日、歩きながら聞かせてくれ。今日はもう眠るとしよう」


 そんなヴァルダの提案でこの場はお開きとなったが、ピーリはやはり話し足りないようで、残念そうな顔をしていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?