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第34話 魔王城の裏口へ

「そう言えば、魔王はどこで眠っていたんですか?」


 翌朝、翼竜のいる岩場へ向かって歩こうとした矢先、キルイが訊いた。


「ここから左へ少し行ったところです」

「せっかくだから見に行ってみましょうよ」


 ピーリの答えを聞き、キルイはヴァルダに誘いかける。さほど遠回りにならないようだったので、ヴァルダは了承した。


 そうして見に行った魔王の眠っていた場所だったが、なんの変哲もない木の根元で、そこに魔王が眠っていたと思われる窪みがあるだけだった。


「洞窟の中だったりすると、かえって見つけられてしまう場合がありますからね。ですから、こうしてあまり特徴のない場所を選んだのです」


 ピーリの説明を聞いて、窪みの周りをぐるりと回ったキルイだったが、あっという間に興味を失ったようだった。ヴァルダの「行くか」の声に、「はい」と元気よく答え、わずかな滞在時間でそこをあとにした。



 小屋を出て三日目の朝、この日もピーリは歩きながら昔話を滔々とうとうと語り続けていた。まだ幼かったカンダフにせがまれて陣形魔法を使って見せた際、そのカンダフを空へ吹き飛ばしてしまった話に差し掛かったとき、ピーリは「ここです」と立ち止まった。辿り着いた場所では大小さまざまな岩が地面から突き出しており、山のようにも谷のようにも見える。


「この奥に翼竜がいるんです。私が行って借りてきますので、しばらくお待ちください」


 ヴァルダはカンダフがどうなったのか続きが気になったが、ピーリはそう言い残してそそくさと走り、岩場の中へと姿を消した。


「やっぱりスピ魔族と翼竜は、わかりづらいところにいるんですね」


 キルイは体を傾けて岩場の奥を覗こうとする動きをしたが、もちろんそれで見えるはずもない。ヴァルダは、まもなく再び翼竜に乗らなければいけないことに気が沈み、胸の痛くなる思いをしはじめていた。


 やがて、岩場の脇を滑るように一体の翼竜が現れ、ふたりの前に下りて来た。その背中には、もちろんピーリが乗っていた。


「さあどうぞ、お乗りください」


 ピーリは翼に二度触れて翼竜を座らせた。それは以前にも見たしぐさで、ヴァルダは翼竜に乗ったときの恐怖がよみがえってきくる。自然と足取りが重くなったが、「早く乗りましょうよ」とキルイに急かされ、仕方なく歩く速度を上げて翼竜にまたがる。そしてすぐ、キルイもヴァルダのうしろに腰を下ろした。


「行きますよ」


 ピーリの声が聞こえ、翼竜が羽ばたきはじめたのが分かる。ヴァルダは早くも頭を下げ、ピーリの腰あたりに手をまわしていた。


「ヴァルダさん。そんなに怖がらなく……」


 キルイがそう言っている途中で、浮かび上がった翼竜が、一度がくっと高度を下げた。その瞬間にヴァルダが腕にぎゅっと力を込めたので、ピーリは「うっ……」とうめき声を上げる。


「どうした。何があった」


 顔を下げたまま、ヴァルダは喚くように訊いた。


「ちょっと重量オーバーなのかもしれませんね。でも大丈夫ですよ。魔王城までなら行けると思います。裏口の近くには翼竜を管理するスピ魔族がいますから、死角になる城の隅まで飛びますからね。ヴァルダさんは、もう少し気楽にしていてください」


 ピーリはそう言ったが、ヴァルダはいつ墜落するとも知れぬと気が気ではなかった。



 そして結局、大丈夫ではなかった。魔王城の手前で、翼竜はふらふらしたかと思うと、急激に高度を下げだした。ヴァルダは祈る思いでピーリにしがみついたが、しがみつかれた方はたまったものではない。またしても「うっ……」とうめくことになった。しかしヴァルダの祈りが通じたのか、翼竜は地面にぶつかる直前で強く羽ばたき、荒れ地に軟着陸を果たした。


 翼竜はそのまま萎れるようにへたり込んだ。三人はすぐに降り、ピーリが翼竜の状態を確認する。


「疲れているだけのようですが、すぐに飛ぶのは無理そうですね。魔王城まであと一歩だったんですが……」


 そう言って、口惜しげに前方へ目をやった。魔王城はすぐそこだが、その周囲は抜け落ちたように地面がなくなっている。ピーリの言う通り、確かに地面が裂けたようだとヴァルダは思った。


「底がまったく見えませんね」


 ぎりぎりまで近づいて崖下を覗き込むキルイに、「危ないぞ」と及び腰でヴァルダは声をかけた。そして、「ここをどう渡るか考えねばならんというのに」とぼやいていると、そこへ戻ってきたキルイが思わぬことを口にする。


「この距離なら、ヴァルダさんの魔法防壁で向こう側まで行けるんじゃないですか?」

「ん?」


 ヴァルダは対岸までの距離を目測しながら思案した。言われてみれば、いつぞやの海のような、まったく不可能な距離ではない。


「そうだな、やってみよう」


 ヴァルダはうなずき、杖を構え魔法防壁を展開する。それは橋のように、魔王城へ渡る道を作った。


「おお、すごい。こんなに長い魔法防壁を作れるなんて」


 ピーリが感心している間に、キルイはさっそく、その上を歩き出した。すると少し進んだところで、「わっ!」と声を上げる。強風にあおられ、つま先立ちになっていた。


「キルイ!」


 ヴァルダは思わず叫んだが、キルイはどうにかバランスをとり、両のかかとを着地させる。


「横風が吹くので、気をつけてくださいね」


 何事もなかったように手を振り、そして小走りで対岸に到着した。


「やれやれ、脅かしおって」


 ヴァルダはそうつぶやくと、ピーリを先に行かせる。そして自分の番になると、風が吹いてもいいように重心を落とし、魔法が途切れないように注意しながら、のそのそと歩き出した。


 どうにかヴァルダが渡り終えると、三人で壁に隠れながら、城の隅からそっと顔を出して、裏口のある方を覗いた。中央にある裏口らしき場所の奥に、三体の翼竜とスピ魔族の姿が見える。しかし、周囲を警戒する様子はない。隙を見て音を立てないよう注意しながら走り、開け放たれていた裏口から、いとも簡単に魔王城へ侵入した。


「いい匂いがしますね」


 薄暗い城内に目が慣れない中、キルイの言う通り、魚を焼いたような香ばしい匂いが漂っているのがヴァルダにも感じられた。


「あちらに調理場があるんです。今日は食事の日なんですよ。見つかると騒ぎになるので気をつけてください」


 少しずつ視界がきくようになってくると、ピーリが指さした先で、スピ魔族が慌ただしく食事の準備をするのがおぼろげに確認できた。ヴァルダは調理場へ興味を示すキルイを引っ張り、ピーリのあとについて城の中へと進んでいく。壁に等間隔で配置された燭台に目をやりながら歩いていたピーリは、あるところで立ち止まり、左右を見回した。


「ここです。ここから玉座の裏までいけるのです」

「ここですか?」


 キルイが首を傾げる前で、ピーリがなんの変哲ない石壁を押すと、ドア一枚分の壁がわずかに奥へ下がる。さらにそれを横へずらしていくと、その先に通路が見えた。


「隠し扉だ」


 キルイは無邪気にはしゃぐ。するとピーリが、「静かにっ」と小声で鋭く咎めた。


「誰かに来られては面倒です。ささ、はやく中へお入りください」


 言われた通り、ふたりは隠し扉をくぐる。ピーリは最後にもう一度、左右を警戒してから隠し通路に入った。中は真っ暗だったので、ヴァルダが魔法で明かりを灯すと、扉の内側に取っ手となるへこみが見えた。ピーリはそこへ手を差し入れ扉を閉じ、さらに少し押すことで元の位置に戻した。


「なんでこんな場所があるんですか?」

「それは私にも分かりません」


 キルイの問いかけに、ふたりを先導するため、扉の前から移動しながらピーリは答えた。


「ですが、私がこの場所を知ったのは、たまたま前の魔王様が、臣下の者に連れられ逃げていくのを見たからです」

「メイエスさんを!?」


 キルイは驚きの声を上げ、すぐにしまったとばかりに口を押さえる。


「前の魔王様をご存知なのですか?」

「うん。今はヴァルダさんの家にいるよ」


 戸惑った様子のピーリに対し、キルイは極端なほど声を潜めて答えた。ヴァルダは嫌なことを思い出させられたと苦い顔をする。


「なんと、そうでしたか。前の魔王様がいらしたころは、それは平和でした。人間と戦わない道を選んだのですからね。私は最後の数十年しかお仕えできませんでしたが、お人柄も立派な方でした。しかし多くの魔族がその姿勢に不満を溜め込み、ご高齢になられたこともあり、最後は今の魔王様に追いやられてしまったのです」


 しんみりした口調で、ピーリは昔を懐かしんだ。


「生きておられたとは知りませんでした。ぜひお会いしたいものです」

「そのためには、今の魔王を倒さんとな」


 ヴァルダの言葉に、「ええ、行きましょう」とピーリは力強くうなずいた。


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