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赤い竜が入ったのは『アマノガワ』と看板に書かれた不動産屋だった。
出迎えたのは二〇代中盤ぐらいの明るい茶髪の女性で、赤い竜の姿の彼の見ても笑顔で対応している。着席を勧められ、カウンターの前にある椅子へと赤い竜は座った。椅子は縦横共にある程度の長さがある。それに竜が腰掛けても軋む事はなく、形を保ち続けている。
「近辺でお探しなんですね。一駅分くらいなら大丈夫……と」
椅子に座った竜は、天川と名乗った女性から不動産屋で訊かれるテンプレート的な質問に対して答えながら落ち着きなく店内を見渡した。
店内はお世辞にも広いとは言えない。ただ天井は異様に高く、幅も広めに取られている。椅子の数は二つと少ない。カウンターテーブルの向こう側にはドアがあり閉まっている。天川という女性はそんなドアの前の椅子に座っていた。先程から傍らにあるパソコンを操作している。
視線を一頻り彷徨わせた赤い竜は、質問が途絶えたタイミングで深呼吸をする。女性の手元から聞こえてくるタイピング音が途絶えたところで口を開いた。
「あ、あの。借りられるところ、ありそうですか? 色んなところ行ったんですけど、ドラゴン不可の賃貸ばっかりで」
今まで相当探したのだろう。不安げに尋ねる竜に、女性は一度パソコンに目を向けてから笑みを向けた。
「いえ、ありますよお客様」
「ほっ本当ですか!?」
テーブルを叩いて立ち上がった竜の尾が大きく揺れる。驚きと喜びで大きく揺れた尻尾は店内を緩やかに漂った。狭い店内で波打つように揺れ動いたが、どこかに激突する事は幸いなく、本人が尾の動きに気付いて事なきを得る。席に竜が戻ってから、天川は話し出した。
「ドラゴンも可のところは二軒ありまして、一軒は最寄り駅が隣駅のエリアになりますが……もう一軒はこの辺りのエリアですよ」
天川の話を聞いた竜の瞳は星を得たように輝いている。物件情報の書かれた紙を二枚竜の前へと出した。紙には竜族でも借りられるという賃貸物件の基本的な情報が載っている。一番上には大きく間取りが載っており、一人で住むには十分な住宅設備と思われた。
その物件情報の書かれた紙を繁々と見つめて、設けていた条件をクリアしていくのを確認する。その途中にある文字でふと止まる。しかし、竜は少し迷った後に顎を下げた。
「早速見てもいいですか?」
「もちろんです! 車……だと若干窮屈かもしれませんね。横になっていただいても構いませんが……」
赤い竜の体は、建物を覆い尽くすような大きさではない。天井も高く幅も広めにとっているとはいえ、中に入って対面に椅子に座って話せている。だが、座高は高く尾は竜の身の丈よりも長さがあった。後部座席に尾を押し込んだとしても、頭部がぶつかってしまうだろう。ただ頭部がぶつかるだけではなく、角がどこかしらに突き刺さってもおかしくはない。
「車……ボク、車にあまり慣れてなくて……。何回か横になって乗った事はあるんでですけど、酔っちゃって」
「それは……大変ですね」
「あとあと、ボクまだ飛行免許持ってないんです……」
重ねて告げられて、選択肢は狭まっていく。言っている
「わかりました! それなら歩いていきましょう。ここから歩いても一軒目はそう遠くないですから」
天川の力強い徒歩宣言に、赤い竜の大きな眼の瞼は上下を繰り返す。尾がゆらりと左右に揺れた。
準備をすると言って天川は扉の奥に一度消えたが、数分で出てきた。仕事用だろうカバンを片手に、出入り口の扉を開けて先に外に出て店の前で待つ。それを見て赤い竜も立ち上がって一歩ずつ出入り口のドアをくぐった。
「それでは行きましょう。お客様の新居になるかもしれないお家に」