店から二人で歩き、辿り着いた賃貸物件。それは長屋のような見た目のアパートだった。まだ出来てから日が浅いようで、外観に寂れた様子はない。鍵を使って開けて、天川はその中の一室へと入る。ドアをストッパーで固定して、中へと促すと竜は中へと入った。
「わあ……綺麗ですねえ。それにボクでも入れます!」
「見た目からすると二階もあるように見えるんですけど、天井を高くしているだけなんですよ」
間取り図通りの部屋の間取りのはずなのに、紙越しに見た時よりも広く感じさせた。天井が高いだけでなく、動線を邪魔しないような空間作りをしている。その上で必要なものはある程度揃っているといった感じになっていた。一人暮らし向けの賃貸のようで、キッチンは広いとは言えない。ただそこに直接繋がるダイニング部分の先には窓があり、開放感を与えてくれている。
赤い竜はふと床を見る。床はフローリングで、窓から入る光を反射していた。
「この家って、部屋は洋室でしたよね」
「はい。あ、店で見せた書類持ってきていますよ。どうぞ」
天川はカバンから店の中で見せた紙を取り出した。二枚の紙の内、今訪れている物件の間取りの書かれた方の紙を竜へと渡す。客の竜は、長く大きな爪で器用に摘んで紙を見た。紙には先程見た通りの図があり、一部屋だけある部屋は洋室を示す文字が書かれている。
竜が紙から全身の意識を離すと、傍らにいたはずの天川がいない。天川は室内にあるドアの脇におり、竜の彼を待っているようだった。
天川が立っているその場所こそ、竜が言っていた一室へと続くドアの前だ。ゆっくりとした足取りで竜は向かうとドアノブが天川の手で動いた。
「お部屋がこちらです」
案内の言葉と共に繋がった部屋は、間取り図にある通りの広さだった。しかし、こちらも天井が高いお陰で床の面積だけに留まらない広さを感じさせる。ただ空間を広げているだけでなく、ロフト部分があり、上の空間も活用されていた。
「この広さなら……ボクでも十分ですね」
「はい。こちらは色んな種族に対応している賃貸物件なので」
「色んな……あっ!」
床を蹴るように前のめりになった赤い竜はハッとして足元を窺った。竜の長い爪が床を掻いてしまったが、床は傷付いていない。光を反射して艶めく床は少しも濁りが見られなかった。その事に竜の体から力が抜ける。天川は竜の足元を覗き込み、何を気にしていたのか確認すると納得した様子で頷いた。
「畳だとすぐ引っかかるし、フローリングはフローリングで滑るから足に力を入れちゃって。傷がついてなくて良かったです」
「なるほど……」
鋭利な爪を持つ種族が故に、人間のような暮らしにはどうしても不便を抱えているようだった。天川を相槌を打った後に、室内を見渡す。
「ご安心ください。そうそう傷はつきませんから」
「へ……? なぜですか?」
「皆さんが来られて、法律がいくつか変わりましたが……それは建築基準法もなんです。あらゆる力を持つお客様に対応して……床や壁の基準が上がったんです。今は更に傷つけにくいようになっていまして。それにはドワーフ作のアイテム類の使用が推奨されているんです。この家もそうです。床にも壁にも仕上げに使用しているとの事で」
──二〇〇〇年代。世界中で突如現れた幻想とされていた生物達。
恐ろしい力や体躯を持った彼らだったが、彼らは争いに来た訳ではなかった。驚き混乱していた人々だったが、時間を掛けて対話を重ねていった結果。人々は歩み寄り始め、現代社会に受け入れた。
しかし、受け入れたもののそれはただ言葉だけで済むものではない。まず取り組まれたのが法整備だった。現代の今もまだ追いついてはいないが、その中には人ならざる者達の住居に関わる建築関係も含まれている。
その一つとして建築物の安全性の向上が必要となり、強度を上げる必要が出てきた。そこで活躍しているのがドワーフが作った商品だ。
ドワーフは製造方面に強い種族であり、社会に出てきたドワーフ達は人外達に対する法が公布されると会社を立ち上げた。そのドワーフ達は職人向けの道具を色々と作り上げ、その質の高さに瞬く間に世に広まる事となり今や推奨される程である。
「ドワーフの……! それなら壁も? 炎に強いですか?」
「はい、使用されていないものよりも強いとか……」
「じゃあ火災保険料も安くで済んだり……?」
竜族を火を吐く者が多い。そんな竜族からすれば防火面に関しては気になるところなのだろう。火災を起こす確率が高い竜は火災保険はドラゴン用の枠があり特別料金になりがちであり、そこの負担が竜には大きい。竜からすれば、その負担をどれだけ減らせるかは重要な点だろう。
上に広さがあり、一人暮らしであれば十分な広さ。鋭利な爪でも傷つきにくい床。防火効果の高い家。竜にとっては求めていた賃貸と言える。
しかし、竜の尾は垂れており、店舗で見せていたような動きは見せない。
「……少し歩きますが、もう一軒の方行きますか?」
「え? は、はい。お願いします」
そんな竜に天川は声を掛けて、二軒目を勧めた。竜は半身を前へと傾けて、肯定する。
戸締まりをした後に、一通り見終えた一軒目を後にした。