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レッドドラゴン3











 もう一軒の紙を取り出し、天川は眺める。外観の写真は掲載されておらず、間取り図や基本情報のみだ。事前に部屋の数や設備などは知っていても実際に場に行ってみればイメージと異なる事は多々ある。竜もその類なのか否か、何か思うところがあるようだった。

 しかしその事は口には出さず次の物件へと向かっている。天川は紙を両手で握りながら横目で竜を見た。竜は人型の種族と違い表情が分かりづらく、読み取れない。



「……お客様。何か聞きたい事はありますか?」

「え? 聞きたい事ですか?」

「はい! もう少し詳しいご希望であったりだとか……周辺情報だとかですね」



 読みにくい表情を窺うよりも言葉を交わした方が早いと判断した天川は尋ねた。

 物件を探す時、自分の中には条件がいくつもあるが全て叶うものはないだろうと最低限の条件だけを伝える事は多い。中でも今回訪れた竜は今までに巡ってどれもダメだったのだから尚更だ。そんな竜が最初に提示した希望には入らなかった条件が、彼にはあるのだと推測したのだろう。

 周辺情報はプリントアウトした紙に、メートル形式で近くの店舗が記載されている。しかしそれは日常的に使われたり公共施設であったりが多い。天川が記載しているのもそれだ。そのため記載されていない何かの施設だったり、道だったりもあり得た。

 それを引き出すためヒントでも与えるように天川は口に出したのだ。ところが竜は「うーん」と唸った。



「今のところはあまり思いつかないですね……。コンビニとかスーパーは近くにありそうですし。小さいお店だとボクが何か壊しちゃいそうで……食べ物とかのお店はボク達向けのお店はほとんどないですし」

「そう、ですか……」



 必要なコンビニやスーパーは一定以上の大きさであれば人外でも利用にそう支障はない。そのため、どちらの物件も周辺環境としては問題ないらしい。希望の事も同時に訊いてはいたが思いつかないが答えだろうと、天川は身を引くしかない。



「あ。でも……なんだか良い感じですね。この辺」



 話題がなくなってしまったところで、竜は辺りに意識を向ける。二軒目に大分近付いて来ているが、近付くに連れて建物の量や種類が若干減ってきていた。道路を走る車の量も緩やかになっている。急変する程の差はないが、それだけで緩やか時間がこの地域に訪れているように感じさせた。その変化は竜の客にとっては、良い変化のようだ。



「下町でも子育て世帯向けという訳でもないんですが、この辺りからは〝良い感じ〟になりますね。治安も悪くないですし」

「へー」

「目的の物件はもう少し先です」



 物件まで歩きながらも、竜は再び辺りの様子を見ていた。道を行き交っていくのは人間と、たまに人間と見紛うような別種族と人型だが人間とは大きく違う種族だ。本屋に入る別種族を見た竜が小さく声を漏らす。



「どうかされました?」

「あっ! いえ! すみません、田舎者で……」

「引っ越す可能性のある場所ですし、そんなものですよ。上京してきた方は皆同じような感じです」



 上京という言葉を使ったが、その言葉は正しいのかと天川は心の中では悩んだ。何せ彼ら人ならざる者達は今まで山奥にいたという訳ではない。人間達が認識出来ない場所にいたに過ぎないのだ。政府の公式的な発表では、それを『世界の影』と呼ぶらしいが名称や説明だけがあったところで、直接的な関わりがないいち市民にはよく分からない。

 ただ、本にん自らが人間と同じような表現をしているのだから大丈夫だろうと天川は思って気にしない事にした。



「ボクここ最近初めて人間のいる大地に来たんですけど……思ったより制限が多くて。本屋さんとか……燃えちゃうかもしれないので、本屋さん側もお断りしているところも多くて」

「それは……仕方ないとはいえ辛いですね」



 本屋など火気厳禁の場所からすれば竜族は天敵も天敵だ。身動きするだけで物を壊してしまいそうな小さな店だけでなく、火に弱い商品を取り扱っている店は入れない。竜族にとっては何かと不便で現代では住みづらい事だろう。



「人間じゃないと……というか、竜族だとどうしても住居にはお金がかかるって両親から聞いたので予算はちょっと高めにして、お金を用意してきました。ただ家賃も高いけど、家賃以外が高くて……でもボクが過ごすだけで壊れちゃうような家は……。お店は行かなければ良いけどお家はそういう訳にもいかないですし。お父さんからもうちょっと訊けば良かったかなぁ」



 困った様子で呟く竜を天川は横目で見る。親の存在や悩みを聞いていたが、正面へと視線を戻した。



「お客様。到着しました」

「話していたらあっという間ですね」



 正面に見えた物件に、天川は声を掛ける。到着を知らされた事で思考から抜け出した竜の意識は前へと向いた。そうして二軒目の物件を認識する。



 ──そこには二階建ての一軒家があった。

 外観は新しいとは言えず、ところどころ年月を感じさせるが老朽化が激しいとまではいっていない。隣家との距離は然程離れてはいないが小さな庭程度のスペースがあり草木が生えていた。



「二軒目の戸建ての賃貸物件です」


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