『まず、ルールを説明する』
深い闇のなかでどこからか聞こえてくるその声は、僕たちを当然のように参加者として定めた上で、これから行うゲームの詳細を簡単に手解きしてくれた。
概要としては、【色】を奪い合うゲーム。
まず、参加者は計五〇〇人にのぼる。こちらはその日の死者のうち、無作為に選出された天寿以外の死因の人間がプレイヤーとして強制参加させられることになる。
そこに蘇生に対する意欲は関係ないらしい。
次にゲーム開始時、うち九人にのみ【色】というスキルが与えられる。これは別名セフィラと呼ばれる。
この九つのセフィラには、ゲームを有利に進めることができる特別な能力がある他、ゲームクリアには絶対に欠かせない〝鍵〟として機能するのだそうだ。
セフィラを持っているかいないかは見た目で判断することができず、人狼のような疑り合いの要素がこのゲームの面白いところだと声主は嬉々として語った。
次に【色】の奪い方について。
その手段は殺害による奪取のみとされる。
殺害方法は主に二通りあり、暗殺と決闘を選択することができる。
まず暗殺の場合、いつでも発動させることができるがタイムリミットが設けられているのが特徴。制限時間内に暗殺を成功させた場合、ターゲットがセフィラを保有していれば奪うことができ、セフィラを持っていなければ失敗としてペナルティを負う。
当然、制限時間内にターゲットを殺められなくても失敗となり、ペナルティを負う。
そして決闘の場合。こちらはお互いの了承が必要であり、お互いの承認によって引き分けとすることもできる。発動は宣誓を条件とし、定められた範囲内での一対一の殺し合いが前提。
受諾者は申請者のセフィラの有無に関わらず、ペナルティを負うことは一切なく、申請者は受諾者がセフィラを有していなかった場合にのみペナルティを負う。
ペナルティは、対象者がセフィラを有しているかどうかの他プレイヤーへの開示となる。
セフィラを持っていれば慎重になるべきだし、持っていないからと調子をこけば誰にも相手してもらえず、警戒されるのでゲームクリアが遠のく仕組みだそうだ。
すなわち、上記二種の攻撃方法を駆使して極力ペナルティを負わずに【色】を集めるのがこのゲームの趣旨。
いち早く九つのセフィラを集めた者が、唯一【蘇生権】を勝ち取ることができる。
『どう? ワクワクするだろう?』
まったく心躍らない。むしろ傍迷惑なデスゲームだと思った。
そこまでするほど生に渇望もなければ、殺し合いに巻き込まれるのなんて勘弁だ。この時点で僕の気持ちは「どうか【色】とは無縁でいられますように!」だし、ゲームが開始した時にセフィラを与えられないよう願掛けするばかりだった。
『ゲームの舞台は私の箱庭〈マルクト〉となる。君たちは次の瞬間、平野の丘で目が覚めることだろう。街の大聖堂へ迎え。早い者勝ちで〝特典〟を用意している』
――特典? と気になるワードに疑問を生じさせた次の瞬間。
確かに声主の言う通り、僕は平野の丘で目を覚ますことになった。
視界いっぱいに澄み渡る青空を見た。
「!?」
ガバッと起き上がる。
肉体がある。顔をペタペタと触って、事故死したはずの僕の肉体が生前のまま改めて〝生きている〟ことを実感した。
呼吸もできるし、瞬きもできる。手を前に伸ばすと、指先がわずかに震えていることから自身の緊張を悟った。同時に、ここが夢やゲームの世界じゃない、生身でいる異世界だと痛感した。
ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。
先ほどの説明もあってか、我先にと麓の街を目指す参加者が少なくない人数、存在した。
遠目に見ていても伝わる真剣さに、僕は慄く。
やはり僕は場違いな人間だ。
「はあ……」
深刻なため息をついて頭を振る。と、苦しそうに蹲っていたコート姿の男性を発見し、僕は心配して思わず駆け寄った。
まだゲームは始まっていないみたいだから、警戒されないだろうという確信があってのことだった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……すまない……」
腹部に手を添えて呻く男性の背をそっとさする。
息が苦しそうだ。心臓病でも抱えているのだろうか? それとも事故のトラウマか?
「ちょっと……死んだときの記憶がキツくてな」
「な、なるほど……」
どうやら後者らしい。
四十手前ほどの年齢に思える、逆立てた黒髪に下縁の眼鏡、筋肉質体型のその男性は、ゆっくり時間をかけて呼吸を整えるとようやく落ち着きを取り戻した。
「改めて申し訳ない。俺の名前は山代賢一という」
「僕は剣崎冬馬といいます。気にしないでください」
精悍な顔立ちをした渋い男性だった。
友好の証として握手を求められ、僕も喜んでその手を取る。これも奇縁だからと情報共有を交わしながら街まで一緒に降りることにした。
「剣崎も、その……死人なんだよな?」
「はい。交通事故で、ぽっくり」
奇妙な会話だなあ、と思いながら、頬を掻いて打ち明ける。飛び出してきた黒猫を避けて電柱に衝突し、頭を打ったのだと思う。
打ちどころが良かったというべきか、悪かったというべきか、意識が混濁していてあまり痛みを覚える時間がなかったのが幸いだった。
事故の記憶がないわけではないが、山代さんと違って尾を引きずるようなことはない。
「山代さんは、えっと」
会話の流れで思わず問い返そうとしてしまって、触れるべきじゃないかと言葉を濁す。山代さんは苦笑すると、もう振り切ったのか、なんでもないことのように語った。
「ああ、通り魔に刺されたんだ。俺は」
「え……」
予想だにしない死因だった。この日、通り魔殺人のニュースを目撃したわけでもなかったから、そんなことが僕の死んだ当日、日本のどこかで同時に起きていたかと思うと目を白黒させる。
気を回した上手いリアクションができなかった。
「まさか、死後の世界があるなんてなぁ……」
「こんな悪趣味なゲームをしているとは思いませんでしたけども……」
これなら罪に応じて天国か地獄に振り分けられる普遍的な死後の世界でよかった。
まさか一時的に蘇生させられた上で死人同士で命の奪い合いをし、現世でのやり直しを褒賞としたゲームをすることになるとは思いもしていなかったし、
それを面白がる神様のような上位存在がいることもなんだかショックだった。
とぼとぼと歩きながら考える。
「山代さんはこのゲーム、どう考えますか?」
彼はちらりと僕の顔を一瞥し、たっぷりの間を置いてからようやく答える。
「日本の一日あたりの平均死者数は約四千人だという。この倍率をくぐり抜けて与えられた一世一代のチャンスなのだとしたら、賭けてみるのも悪くはないかもしれない」
「でも、求められているのは人殺しですよ」
「俺たちはいま死んだも同然の存在のはずだ」
山代さんは決定的な事実から目を背けるように、自分にそう言い聞かせるような形で口にした。
それも、間違いではない。僕たちは一度死んだ身であり、ここは一時的に保存された二段階のゴミ箱フォルダの中身でしかない。
ここで行った殺し合いは、仮に蘇生したとして、蘇生後の人生に持ち込まれる罪ではないはずなのだ。
「まぁ、できるできないは別だ」
「……それはまったくその通りですね」
山代さんは通り魔に刺され、無念があるのだろう。
僕も心残りというのはある。
だけど不注意の交通事故程度であっけなく死んだ僕という人間が、他の四百九十九人の願いを絶ってまで生にしがみついていいのかというと、僕は首を傾げる。
「剣崎はどう考える?」
「……僕にとっては、消火したと思っていた焚き火に残っていた火種みたいな時間です」
幸いにも、この世界はとても景色が良く、空気が鮮明で、開放感に溢れている。
もしも【色】とは無縁に過ごせるのなら、いっそのこと余生のような暮らしをしようかとも思った。