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第2話 これから先は蛇足のような人生

 大聖堂に到着した。

 やけに荘厳な建物。開け放たれた状態にある、高さ五メートルはある壮大な両開きの扉をくぐり抜けた先、祭壇の目の前には光り輝く有機的なデザインの球体が僕らを待ち構えていた。


「ここで何をすればいいんだ?」


 すでに何人かの参加者も集まっている。


『〝特典〟は君たちが最後だね』

「うおっ」


 ふいに謎の球体から主催者の声が聞こえ、山代さんはのけぞって驚いていた。まだ僕たちで約半数といったところだが、〝特典〟の配布はちょうどここで終了となるらしい。

 運がいいのか悪いのか。


『私に触れたまえ』


 主催者の声に促されるまま、祭壇に近づいた僕らは球体の下の台に手をかけた。

 何やら一枚のカードがそれぞれに配られる。


「なんだ? これ」

「うぅん……?」


〝特典〟にしてはやけに地味だ。どんな効力があるかも分からないただのプラカード一枚を受け取り、そのまま僕らは他の参加者を見習って教会の長椅子に座る。

 全員が集まるまで待機することになった。


 ……随分と待たされることになった。


『さて、お揃いいただきありがとう。ここがゲームの舞台となるマルクトの中心地だ。ここにある商業施設は全て私を介して運営される。君たちはこの街で暮らしながら、ゲームのクリアを目指してもらう」


 たしかに、ここに来るまでの間に街の様子をある程度見渡すことができたが、参加者以外に人はいないにも関わらず、生花を飾った花屋の軒先や様々な店舗が並んだ商店街を見かけることができた。

 主催者は、純粋に殺し合いだけをさせるつもりじゃないらしい。


『まずは君たち全員にこれをプレゼント』


 ぽんっと目の前に突如として現れたプレゼントボックスから、シンプルなデザインの眼鏡が現れる。


『ぜひとも耳に掛けたまえ。それはこのゲームの補助アイテム・シーカー。君たちの武器であり、今後の生活を支えるものになる』

「思い入れのあるものなんだが……」


 僕にだけ聞こえる声量でぼやきながら、山代さんは眼鏡を付け替える。視力は合っているみたいだ。

 続くように、僕も生まれて初めて眼鏡を装着する。


『おっと、言いそびれていた。その眼鏡には【色】が表示されるよ』


 ――ザワッとこの場にいる全員がざわめくのを感じた。


 僕も思わず全身を強張らせ、食い入るようにレンズのなかの表示を探す。

 視界の左下に暗殺と決闘、二つのスキルが並んでいるのが見える。

 しかし、どこにも【色】と思わしき表示は映されていない。

 ホッとしたように息を吐く。


 ……ちらりと横にいる山代さんを盗み見る。

 分からない。


 他の参加者も、見える範囲の人物の反応は注意深く観察してみたが、【色】を持っているかどうかなんてリアクションだけで判別付くはずがなかった。

 ただ、たったいまこの瞬間から〝疑り合い〟が始まったのは確信した。


『さて、視界の右端に表示される数値。これはマルクト内でのあらゆる施設の利用に消費されるポイントだ』


 僕を含め、全参加者に最初は一〇〇ポイントが分配されているようだった。


『のち、一日毎に一ポイント加算される。基本的な生活には困らないが、いずれは足りなくなる設計だ』


 殺し合いをする上でも余生を過ごす上でも、重要なルール説明だった。


『ただし、人を殺せば十ポイントが加算される。それにより、ゲームをより有利に進行できるはずだ』


 ごくり、と生唾を呑んだ。

 現状、ポイントのレートというものが分からないから、どれほどの価値があるか判断付かない。しかしセフィラを持たない人間の殺人はペナルティがあるとした上で、こんなにも悪辣なルール作りをするのか、と思った。


 これでは、【色】を持っていないからと何も安心できないじゃないか。


『そうだ、おすすめの施設を紹介しておこう! 後ほど、図書館に足を運んでみるといい。ここでは初期スキルとセフィラスキルの他に、生活基盤を整える生活スキル。戦闘の際に強く出ることのできる攻撃スキルを用意している。ポイントを支払えば習得可能だ』


 ……なるほど。

 つまり争いに参加する気がなくても、護身のためにそういったスキルを習得しておく必要があり、それによって総ポイントも減り、殺人によるポイント稼ぎも余儀なくさせていく魂胆なわけだ。

 ゾッとする。


『最後に。大切な衣食住に関してだが、衣服、食料に関しては商店街で。住まいに関しては、〝特典〟のカードを持つものから優先的にお好みの場所を選ぶことができる。そこのパネルを確認するように』


 ……よし。極力他人には関わらないよう、人里離れた物件を選ぶことにする。


『それでは、ただいまよりゲームを開始する』


 地獄に一本垂らされた蜘蛛の糸のようなゲームが、ついに始まることになってしまった。


 ♢ ♢ ♢


 ぞろぞろと参加者が思い思いに動き始める。僕は〝特典〟のカードを手にしながらひとまず、パネルのほうへ向かうことにした。


「剣崎、待て」

「? なんですか?」


 と、山代さんが僕を呼び止めた。

 彼は少しだけぎこちない表情で、言葉を選ぶように僕に言う。


「改めて、ありがとう剣崎。ここから先は……ゲームのルール的に馴れ合いは避けるべきなんだろうが、お前がいて頼もしかったのは事実だ。その感謝をまず伝えたい」


 すっと手が差し出されるので、「こちらこそ」と僕も手を握る。先ほどよりも少し握力が強い。疑問に感じて彼の表情を見ると、眼鏡越しに薄目にした、彼の何かを見透かすような表情が気になって、問いかける。


「山代さん?」

「あ? ああ、悪い。なんでもない」


 パッと手を離され、やっと解放される。

 痛みを誤魔化すように右手を払った。


「なあ剣崎」


 山代さんは尚も僕を呼び止める。

 住居選択も早い者勝ちの気配があったので、選択肢が多いうちに確認しにいきたいところなのだけど……。

 それよりも深刻そうな顔の彼を心配した。


「さっきの話の続きなんだが……。お前は消極的な姿勢だったよな。実際のところ、生き返りたいとは思っているのか?」

「……正直なところ、あまり思っていないです。だからこの先、どうしようかなとは」


 僕が渋い顔で打ち明けると、「そうか……」と山代さんは重苦しい声のトーンで相槌を打った。

 そして次にこんなことを口にする。


「なら、俺と協力しないか?」

「え? 馴れ合いは避けたほうがいいんじゃ……?」


 先ほどと言っていることが真逆だ。山代さんのことは信頼しているのでその申し出自体は嬉しいものだったが、思わず疑問が口を衝いて出てしまう。

 しまった、と思って口を噤む頃には、山代さんは少しだけ悲しそうな表情をしていた。


「わ、悪い。そうだよな。いまのは俺が変だった。気にしないでくれ」

「は、はい……?」


 どこか後ろめたそうに距離を取った山代さんが、それで話は終いだとそそくさと僕から逃げるように去っていく。

 その態度の変化が寂しく、「しくじったな……」と僕は反省した。

 時たま、口を衝いて出た言葉で人を傷つけやすい人生だった。



 気を取り直してパネル前へ。



 ここではカードを挿入後、物件を選んで契約する仕組みみたいだ。

 総勢五百人の参加者ということで、物件数もそれだけの人数を内包できるように予めなっている。

 ……が、街中の集合住宅で一室を借りるという選択肢もあるらしく、これは見るからにハズレだな、と思った。


 命の奪い合いをするような環境下で、見知らぬ他人と壁一枚隔てた部屋に入居するほど僕の肝は据わっていない。

 優先的に部屋を選べる〝特典〟カードを手にしていなければ、このような物件が回ってくる可能性すらあったのか……と思うと肝が冷えた。

 相当なもの好きしか自分から選ばないはずだ。


 ともかく、最初は街から遠く離れた僻地の物件にしようと思っていたが、いざというとき誰の助けも呼べずに死ぬのは恐ろしいなと思い直し、中間択の郊外の一軒家を選択。


 無事に契約が成立し、視界上に『河辺の家Bをアンロックしました』とまるでゲームのようなバナーメッセージが表示された。

 ほっと息を吐いてひとまず安心する。


 ……――何はともあれ。


 僕にとってこの先最良のシナリオは、【色】に関わることなく。命を狙われることもなく。のんびりと蚊帳の外で過ごしていたら、いつの間にか誰かがゲームをクリアしていたという展開だ。

 それがもっとも平穏無事にこの時間をやり過ごせる。


 誰も手にかけない。

 そして、痛い思いをしない。

 その二つを胸に、僕は僕なりの蛇足のような人生を綴っていこう。

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