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第十五話 王命下る

 アテナへの初搭乗の日から毎日レイテアはアテナの操作訓練に明け暮れた。

 今日も公爵領にある森林で特訓中だ。


(おじさま……頭がクラクラします……)

『慣れるのまでには少し苦労すると思うよ』


 特訓を始めて二日目。

 レイテアは慣れない三百六十度の視界に苦戦していた。なにせ頭上、左右、足下、背後が同時に見えるのだ。


『レイテアちゃん、目の力を抜く感じ──ふわっと見るようにするんだ』

(ふわっとですか?)

『大体人間は注意を払う対象に視線を向けるもんでね。視線を一点に集中させないというか……つまり”点を見る”より、“面を感じる”ようにするって言うか……わかりにくくてごめんよ』

(難しそうですがやってみます)


 実は男のアドバイス、生前サバイバルゲームで培った技術である、

 彼がデビュー以来ずっと戦ってきたフィールドは森林戦。

 初心者の彼にとって、木々や茂みを使って巧みに隠れるベテランゲーマーをさっぱり見つけられず、一方的に撃たれるばかりであった。


 昼過ぎのゲーム前。

 先輩ゲーマーから『視野を広くとり、違和感を感じた所へフォーカスするように』とアドバイスされ、それを実行していくうちに隠れている敵ゲーマーを容易く見つけられるようになったのだ。


(おじさま、少しは慣れました)

『すごいね、レイテアちゃん。しばらくはこの視界に慣れる練習にしようか』


 さらに二日経ち、レイテアが全天球視界に慣れた頃、王城から書簡が届く。

 ダロシウ王太子自らが持参したものだ。


「レイテア嬢、ディーザ侯爵領へのドラゴン偵察申請は通った。だがもう一つ案件がある」

「殿下、何でしょう」

「実は昨日ディーザ侯爵領から報せが来た。ドラゴンが山から下りてきて街の方へ向かっていると。騎士団派遣の要請だ」

「なんですって」


 この国でドラゴンというものは、滅多に目撃されないという存在。それが姿を人前に現すということは天変地異と同義である。


 以前、ドラゴンが公爵家の敷地に現れた時、大騒動になったが、それも至極当然なのだ。


「私個人としては反対だが、レイテア嬢のゴーレムは騎士団よりずっと速いだろう? 陛下もその点を考慮してレイテア嬢にディーザ侯爵領の防衛、可能ならば鎮圧の王命を決断された」


 既に王太子より国王やその他の重鎮にはアテナの性能に関する報告は上がっている。


「承知いたしました」

「取り急ぎ道中の関所や街道沿いにはゴーレム通行の知らせを出しておいた。明日にでも行けるか?」

「はい、問題ありません」


 ダロシウ王太子はレイテアの目を見つめ、懇願する。


「レイテア嬢、私はあのゴーレムに君が乗り込むことには今でも賛成出来ない。君の身に何かあったらと思うと心配でたまらないんだ。どうか無理だけはしないでほしい」


 その真剣な様子にレイテアも力強く宣言する。


「殿下、どうかご心配なさらず。わたくしとアテナがご期待に応えてみせます」

「……無事に帰ってきてくれ。これは私からの要請だ」

「承知しました」


『こりゃ思ったより深刻だな』

(ええ。気を引き締めないと)

『対ゴーレムを想定した動きばかり練習したが、ちょっとばかり準備が足りない。王子様のいう通り無理はせず、確実にいこう』

(はい)


 ───その夜。

 男とレイテアはとある高校の教室にいる。三度目だ。

 男は高校生の姿になっており、レイテアは女子制服姿だ。


「なんでドラゴンさんが夢でこの場所を再現するか、何となく心当たりあるなぁ」

「そうなんですか?」

「レイテアちゃん、俺さ、ここに通ってた頃、つまり十六〜十八歳なんだが、一番夢見てた頃なんだ」

「夢……ですか?」

「ああ。成人の早い君の国とは違って、俺が生きてたこの国では二十歳で成人となる」

「まぁ、随分と遅い印象ですね」

「その代わり平均寿命は八十歳以上だ。つまり寿命が延びた分、成熟も遅くなったんだよ」

「平均が八十歳以上ですか!それは……」


 レイテアは心底驚いた。

 ラーヤミド王国が国民に関する統計を始めて五十年ほど。平均寿命は男女とも四十歳である。

 幼少期に命を落とすのが少なくないのと、四十歳を越えると病になる者の割合が増えるためである。


「だからさ、レイテアちゃんから見たらガキなんだよ。この頃の俺って。色々と空想してたんだ、物語に出てくる不思議な存在や色んなことについてあれこれと」

「そうだったんですね」


 夢中になったSF映画や小説、マンガ、アニメ。

 それらは男の空想を逞しくする良い材料であった。


「んでおっさんになってそんな空想から無縁になり、生活に追われる日々でさ。そして死んだ。その記憶は無いけどこうやってレイテアちゃんの中にいるってことはそうなんだろう。おっさんになってドラゴンがいたり魔導があったりする、まるでファンタジーの世界に出くわすなんて夢にも思わなかったよ」


 男の空想は主に宇宙方面、その興味の中心は人型ロボットや宇宙船だった。


「あの頃の空想や妄想がレイテアちゃんのゴーレム作りに役立てて、俺は嬉しく思ってる」

「それは私(わたくし)もです。おじさまの助言がなかったら、アテナは誕生しませんでした」


「良い組み合わせね。きっと何かの導きがあるのよ」


 そこへ現れる全てが白い美女、ドラゴンの化身。

 その身体に右腕はない。


「街へ向かってるドラゴンのことだろう?」

「ええ、その通り。彼の魂はもう存在していません。あの楔はそういう呪いをもたらすものだと私達は探り当てました」

「それって……ドラゴンを傀儡にして操っているってこと? くそったれめ、酷いことしやがる」

「彼が人に仇なす前に止めてほしいのです」

「任された。操り人形になって望んでもいないことさせられるなんて、こんな不名誉で腹立つことはないから」

わたくしも同感です」

「どうかよろしく頼みます」

「ああ。あんたが右腕まで提供してくれた頼みごとだ。必ずやり遂げるよ」

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