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第十四話 その名はアテナ

「レイテア嬢、私はここで見学させてもらう」


 ダロシウ殿下はそう言って従者が用意した椅子に腰掛けました。


 ここはルスタフ公爵領にある森の中。

 人形ひとがたゴーレム『アテナ』の素体が完成したあの日から一ヶ月。


 昨日、ガードさんから『鎧が完成した』との一報を受け、木材運搬用の大型馬車でここへ運び込み、今日はゴーレム機動試験の日。


 いよいよです!

 幼い頃よりずっと夢見てきた白い巨人。

 それが完成し、とうとうわたくしゴーレムアテナに乗り込むんです。 

 胸の高まりが抑えきれません。


 荷台にかけられた布が取り払われ、アテナが半身を起こした途端、


「な、な、な」


 殿下が椅子からずり落ちました。


「レイテア嬢ぉぉぉぉっ! あ、あれは何だぁ!」


(殿下は驚きすぎです)

 『いやいやいやいや。いきなりレイテアちゃんの顔をしたゴーレム見たら誰だって驚くさ。しかも婚約者だろ』


「殿下、先日提出しました申請書類の通り、大型ゴーレムです。アテナと命名しました」

「なぜ君の顔と同じなんだ!」

「“考えるスライム”がわたくしの身体構造を模倣していますので……」


 見上げるわたくし達。

 アテナが立ち上がり、顔が三階建ての公爵邸と同じ高さになり、わたくしたちは見上げるかたちになります。


 まるで白鳥が羽根を広げたような意匠の白い装甲はおじさまの提案によるもの。


女性らしい曲線で構成された体躯を装甲が隙間なく覆い、まるで鎧姿の騎士のよう。


『関節の動きを妨げないようにしたからなぁ。チラッと見える絶対領域! 最高!』


 時々おじさまは意味がわからないことを言いますが、最近は聞き流すことにしました。


 頭を半分だけ覆う兜。そこから流れるようにブロンドヘアがのぞいています。

 こうしてみると女神像を思わせます。


 殿下以外の方たちは驚きのあまり、声も出ないご様子。


 アテナはわたくしを一瞥すると、片膝ついてしゃがみ、待機の姿勢へ。

 そしてアテナの大きな手のひらが優しくわたくしを包み込み、胸の辺りへ持ち上げます。


 胸部装甲が開き、中へ乗り込むと“考えるスライム”はすぐにわたくしと一体化。

 瞬時に視界がアテナのものに切り替わり、まるで巨人になったような気分を味わいました。


頭上に見える空、背後に公爵邸、右の方に庭園、左に領地、足元と全てが同時に見えてますが、これはおじ様から聞いていた全天球視界というもの。少しめまいがしそうです。


 殿下やガードさん、工房の職人さん達、ポーシェさま、その他今日集まった人々を上から見下ろす視点は新鮮ですが……。


 殿下の声も聞こえてきます。


「おいっ! レイテア嬢があのゴーレムに食われたぞ!」

「がっはっは! 王太子殿下! あれはお嬢ちゃんが乗り込んだんですよ。中から操作するんでさぁ」


 ポーシェさまが


「レイテアちゃん、どうだい?」


「練習すればそのうち慣れると思います」


「じゃ、まずは歩いてみよう」


 一歩、一歩と歩きます。

 自分自身が歩いてるのと同じ感覚。


『同期は完璧だな。レイテアちゃん、ナイフを使ってみようか』

(はい)


 顔を動かさなくても見えるので、手の動きだけで腰に装着されているナイフを抜き、そして構えます。これを作るのにガードさんは大変苦労なさったとか。


 騎士達との特訓で教わったように、想定される相手との立ち合いを思い浮かべながらナイフを振り回しました。


人間と変わらない動き、それには殿下を始め、その場にいた方々は大いに驚いた後、賞賛の声が上がりました。


わたくしはアテナと完全に一心同体とならねばなりません。


 ドラゴンからの依頼、それを果たすために。

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