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第十七話 初陣

「ドラゴンがこっちに来るぞっ!」

「きゃあぁぁぁっ! おかあさーん!」

「にっ、逃げろぉ!」


 それまで辛うじて列をなしていた避難中の人々は、ドラゴンに驚き我先にと駆け出した。


「あがっ」


 転倒し踏まれる者。


「ふぐっ、ふえっ、お、お母さん、どこ?」


 親とはぐれた幼子。


「列を乱すな! 落ち着いてっ! 勝手に走るなっ!」


 人々に怒鳴る兵士。

 大混乱である。

 逃げ去るのに放り捨てられた荷物に躓き転ぶ男、子どもを抱えて走る母親、年老いた老母を背負って逃げる若者。


 それら群衆に迫るドラゴン。その白い瞳は黒く濁り、理性の光はない。


 不意に地響と同時に地面が揺れ、人々は混乱しながらも音がした方を向いた。見上げるような大きな人影。


「なっ」


 言葉を失い、逃げるのも忘れ茫然と立ち尽くす群衆を庇うように立つのは白い、羽のような鎧を纏い、金の髪を振り乱す巨人。

 アテナである。


「なんだ?」

「きょ、巨人?」

「ゴーレムか?」


 兵士は人々を促す。


「立ち止まらないで!」


『ギリギリ間に合った』

(おじさま、どうしますか)

『でかいな……神経が集中していて打撃に弱い……まず鼻先を蹴飛ばそう』

(はいっ)


 地面に大きな足跡を残しながら助走するアテナをなぎ倒そうと低く地を這うように飛んでくるドラゴン。


『回し蹴りを』


 左足を軸に綺麗に弧を描くアテナの右足が、ドラゴンの鼻先を蹴り飛ばす。

 轟く悲鳴をあげ、ドラゴンは身悶えし向きを変えたのに合わせて、アテナも並走していった。


『次はあの角を狙おう』

(わかりました)


 そのままアテナはドラゴンの首筋、背中側へ飛び上がり、両の腕でしがみつく。


『ナイフを使おう!』


 アテナは腰からハルミヤ鋼製のナイフを引き抜くと、まず角の根元を狙う。


 金属と金属を打ちつけあったような音が響く。


『硬えな! 折れるまで何度もだ』

(はいっ)

『俺はさ、初めて本物のドラゴン見た時になんとも言えない神々しさ、気高さを感じたんだ』

わたくしもです)

「こんな風に狂わされて! こんな醜態を晒して! 俺たちが終わらせよう!』

(ええ!)


 アテナによる数度の打撃で角は輝きを失い、もとの赤い色に戻る。


『もういっちょ!』

「! 離れます』


 アテナが身をかわした途端、ドラゴンの長い尾が通過する。

 三百六十度を捉える視界、そのおかげでレイテアは後ろから迫る尾が見えたのだ。

 ドラゴンから離れる際に、胸あたりに黒い金属片──まるで楔のようなものが刺さっているのが見えた。


『あれか! ……うっ』

(おじさま! 大丈夫ですか!)


 苦しそうな男の声。


『あ、ああ。大丈夫だよレイテアちゃん……あれを、あの黒い楔が例のものだろう』

(はい! ドラゴンさんが言っていたものですね)


 ドラゴンはアテナに体当たりしようと突進。

 それを跳んでかわしたアテナを掠めて、ドラゴンは勢いまかせて建ち並ぶ住宅を粉々に破壊しながら突き進む。


 すぐさま飛び乗りドラゴンの羽根を掴むアテナ。


『こ、この航空力学を無視した羽根、切っちゃえ!』


 ナイフを突き立てる。

 まず一枚。

 ドラゴンの悲鳴。

 四肢を出鱈目に動かして身を折り曲げドラゴンが苦しみ、その勢いでアテナは振り落とされる。

 一瞬で姿を消したドラゴンはアテナの上空へ移動すると、そのまま落下を始めた。


『ぎ、ギリギリまで待って、地面にキスさせるんだ』

(わかりました)


 ドラゴンに気づかないふり。

 全天球の視界があるレイテアには上から迫るドラゴンをはっきり捉えている。


(今!)


 ドラゴンの鼻先がアテナに触れるか触れないかのタイミングで横っ飛び、ドラゴンは大音響と土煙を派手にあげながらその顔を地面に突き立てる。


『あ、あの黒いやつを』


 アテナはナイフでドラゴンの胸元にある黒い楔を削り取ろうと、何度も突き刺す。


『う、うう、ぬぐあああ!』

(おじさま!)  


 男の苦悶する声にレイテアは躊躇する。


『レイテアちゃん! つ、続けて! 早くっ!』

(はっはい!) 


 楔がドラゴンの血肉とともに外れると同時に角は光を失い、やがて力なく崩れ落ちた。

 しばらく警戒し、ドラゴンの各部位を触るアテナ。生命の灯火は消えたようだ。


(おじさま?)


 レイテアは気がつく、男の気配がしないことに。


(おじさま! 返事してください!)

(おじさま!)

(おじさま!)  


 いくら呼びかけても聞き慣れた男の声は返ってこない。

 ドラゴンが倒れたことにより、歓喜の声を上げる人々と裏腹に、アテナ内部にいるレイテアはひとり、焦燥感にかられていた。

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