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第二十五話 宿舎にて

 第八国境耕作地、その中心に巨大な施設がある。 

 町と言っても差し支えない広さの敷地内に大小様々な建物が所狭しと並んでいる。 

 四百名余りを収容する兵舎、作業所、作物の貯蔵倉庫、家畜小屋、工房を擁するその場所は有事には軍事拠点として機能する。


 レイテアが第八王女アーシアとともに滞在して四日目。

 予定通り数キロに渡るバリケードの設置は終了した。


 大勢の兵で賑わう大食堂でレイテアはアーシアとともに夕食の最中だ。

 二人ともここで提供される、つまり兵と同じ物を食べる。


 レイテアの後ろに控えて給仕しているのはカシアともう一人の侍女。

 名前はエミサ。黒い髪に感情の見えない灰色の瞳。レイテアやカシアと同年代に見えるが、より華奢な体つき。


 この地へ赴くことになったのが決まったと同時に、レイテアの父親ルスタフ公爵が任命した侍女。考えるまでもなく護衛を勤めるのだろう。


「レイテア、この度の働きに王家を代表して感謝するわ」

「お役に立てて何よりです」

「それにしてもアテナはすごいわね。土木や建築、何でもこなせるゴーレム。これで量産さえ出来ればいいのだけれど……」


 ため息をつくアーシア。

 現在、アテナの形作っている“考えるスライム”にはルスタフ公爵家より出される生ゴミや庭木を枝打ちしたものを与えているが、これらは現状維持に過ぎず、体積を大きく増やすには、ドラゴンの脚などという入手不可能に近い食材でない限り不可能なのだ。

この結論は早い段階で出ており、関係者は皆アテナの二体目以降を諦めた。


『アーシアちゃんには悪いけど過ぎたる力は国を滅ぼしかねないからなぁ』

(どういうことですか?)

『アテナが何体もいたらラーヤミド王国は最強の武力を手に入れたことになる。周辺の国にとってそれは許しがたい脅威。そうなるとどんな無茶な手を使ってでも潰しにかかってくるよ。例えばアテナの強奪とか』

(そんなことに……)


 二人の前に紅茶が出される。


 レイテアがカップに手を伸ばした途端、エミサが素早く動いた。


「レイテア様、アーシア殿下もしばしお待ちください」


 全員がその行動に驚いていると、エミサは紅茶の香りを確かめている。


「これには睡眠剤が混入しています。飲まれない方が良いかと」

「何ですって?」

「私はあらゆる薬物の匂いがわかります。これを淹れた者の拘束を」


 言うが早いかエミサは食堂の厨房へ向かう。


 大きな物音がした後、エミサが一人の女を後手にして連れてくる。その後ろから料理長もついてきた。


「も、申し訳ありません! 不眠を訴える兵隊さん用のティーポットと間違えてお出ししてしました」

「私の監督責任です。どうか寛大なご処置を!」


 女は大変取り乱した様子で弁明し、料理長は真っ青な顔で頭を下げる。


「そう。以後気をつけてちょうだい」


 アーシアは冷静にそう告げる。


「あなた、もういいわ。彼女を解放なさい」

「承知しました」


 アーシアに言われた通りに女の拘束を解くエミサ。

 女と料理長はしきりに頭を下げながら厨房へと戻っていく。

 先程まで賑やかだった兵士達は静まり返っている。


 アーシアはそんな彼らを気遣うように話しかける。


「あなた達がいるからラーヤミドの民は飢えや他国からの侵略を心配せずに暮らせる。ここでの働きで辛いこともあるでしょう。かと言って眠れないからと薬に頼りすぎるのもあまり良いことではないわ。医師にきちんと相談なさい」

「はっ!」


『すげぇなエミサって。俺、あの子がちょっと怖いぜ』

(普段はお父さまの護衛をしていますから)

『アーシアちゃんもさすが王族って感じだな』

(王位はダロシウ殿下が継ぎますが、アーシア様もこの地を治める方です)

『ここが帝国に一番近いんだよね?』

(はい。しかし山に遮られていますから、一番の要所はここより西のマヤオ平原です。砦があります)

『ふーむそうかぁ。山岳部隊みたいなのってある?』

(それはどんなものでしょうか?)

『その名の通り、山越えを想定してる軍隊だよ。ラーヤミドには無いよね?』

(はい。山や森には危険な獣が多いのでそこを越えるのは現実的ではありません)

『そうだといいんだけどなぁ……』

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