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第二十六話 危機

 ラーヤミド王国北部の国境沿いにある第八耕作地。その中心にある宿舎。


 夕食時にちょっとした騒動があった後、湯浴みを済ませたレイテアは作業の疲れもあって微睡んでいるうちに眠りに入った。


「お嬢様、起きてください」


 小さな声の主はエミサ。手に短剣を携えたカシアも隣にいる。


「どうしたの」

「気配が複数こちらに向かってきています」

「こんな夜中に?」


 小声でやり取りした後、耳をそばだてるレイテア。しかし足音さえ聞こえない。


 エミサが天井を見る。

 天井板が外れ、黒い影が降りてきた。


 瞬間。

 エミサが右腕を払ったのと同時に黒い影は床に倒れ伏す。


 カシアはドアに張り付き警戒。


 ゆっくりと開き始めたドアへ、カシアは飛びこむ。

 直後くぐもった呻き声。


「外には二人」


 戻るとカシアはエミサに告げた頃には、天井からの侵入者は拘束されていた。

 レイテアは声が出せない。


『王族直轄の施設に不審者かよ……。レイテアちゃん、大丈夫?』

(……は、はい。少し驚いただけです)


口調とは裏腹に恐怖心に支配されているレイテア。

アテナに搭乗して戦闘もこなしているレイテアだが、肌で感じる暴力は初体験だ。


「カシア、ここの兵長に連絡を」


 すぐにカシアは部屋を出る。

 しばらくして足音と一緒に数人の兵士たちがやって来た。


「レイテア様、ご無事で?」

「は、はい」

「こいつらは……誰だ?」


 明かりをつけ風体がはっきり見えるが、全身青紫の布で包まれた男たち。

 少なくともレイテアは見かけたこともない。


「すぐに連行しよう。ご協力感謝します」


「アーシア様にも連絡が行ってます」


 その当人が部屋に入ってきた。


「レイテア!」

「アーシア様!」


 顔色が悪いレイテアをアーシアはそっと抱きしめる。


「怖かったでしょう?」

「はい……」

「すぐに当直以外の兵士に施設内を見回りさせたわ。どこから入り込んだのか……。あなたの侍女は優秀だけど、部屋の外に見張りをつける。あなたを狙ったということはアテナが狙いなのよ」

「アテナを……」

「あなたを狙うとしたら、間違いなく帝国ね」

「……」

「ダロシウお兄様の大切な婚約者、そして私の大切な学友。あなたに指一本触れさせないから」

「ありがとうございます、アーシアさま」


 レイテアにとって初めての経験。

 恐怖心は中々おさまらない。


 その時、一人の兵士が駆けつけてきた。


「アーシア様! 不審なものを発見しました。来ていただけますか?」

「わかったわ。すぐ行く」


 アーシア達が出ていくと、カシアとエミサがレイテアのそばへ跪く。


「今夜は私たちもおそばににいます。お嬢様はどうぞ安心なさってください」

「……ええ。それじゃお願いするわ」


 その途端。

 ドアをノックする音。

 カシアが開けると、兵士が三人立っていた。


「自分達がここで見張ります」

「お願いします」


 レイテアは頭を下げる。


 その時だった。

 レイテアの鼻腔を刺激する匂い。


「っ!」


 エミサが膝をつき、カシアは後ずさる、それをすぐに押さえつける兵士たち。

 レイテアも刺激臭で目が開けられない。


 首と腕を掴まれ、引き寄せられる感触。

 兵士は無言でレイテアを担ぎ上げ、部屋から立ち去ろうとしたのだが。


 足首を掴む者がいた。

 エミサだ。

 彼女の瞳孔は赤くなり、顔つきも獣のように見える。


「がっ」


 男の足首、骨が砕ける音がしたかと思うと、立ち上がったエミサが喉元に食らいつく。

 同時に足で残り二人を薙ぎ払い、兵士たちは倒れた。


 レイテアを抱えて仁王立ち。

 すぐに兵士たちの喉へ爪先をめり込ませ絶命させるエミサ。


「カシア、どうですか?」

「ケホッ、目が……」

「帝国の間諜が使う毒粉。カシア、あなたは回復に努めなさい」


 エミサはレイテアを抱えたまま、部屋を用心深く出た。


 廊下には誰もいない。


「エミサ、何があったの?」

「どういうわけか、ここの兵士が襲ってきました。前々からいたのか……しかし耕作地に駐屯する兵士は身元が確かな者ばかりのはず」

「アーシア様は大丈夫かしら」

「殿下にも優秀な護衛がいます。おそらくご無事でしょうが……」

「……」

「レイテア様?」

「……」

「レイテア様!」

「……おっと、レイテアちゃんは気を失ったようだ。俺だよ」


 エミサ、カシアに男の存在は知らされている。


「あなた、御使みつかい様ですね」

「そうそう。エミサちゃん、これ水で流してもダメかな」

「エミサちゃん……? その毒粉は水に溶ける性質があります」

「あ、洗い流そうとしたら余計に酷くなるわけだ」

「そうです。何もしないのが最善です」

「エミサちゃん、俺さ、今起きてることに心当たりがあるぜ」

「何がです?」

「兵士たちだよ。あれは帝国の道具で傀儡にされてる。ディーザ侯爵領を襲ったドラゴンと一緒だ」

「あれですか……」

「あの楔型の道具は魂を剥がして、意のままに操る。長距離は無理みたいだから、操ってるやつが近くにいるはず」

「厄介ですね」


 エミサは顔を顰めて、聴覚を研ぎ澄ます。

 何やら宿舎が騒がしくなっている。


「顔見知りの同僚が突然襲ってくるんだ。兵士達も混乱してると思う」

「まずはお嬢様の安全確保を」

「一番安全なのはアテナの中だ」

「……そうですね。格納庫へ向かいます」

「エミサちゃん、すごく強いけど一人で大丈夫かい?」

「私はケモノつきという種族です。大抵の敵には引けを取りません」

「んん? ライカンスロープってやつか? だからあの毒粉もあまり効かなかったのか」

「兵士から毒粉の匂いがした瞬間に目を瞑りましたから」

「すげえな。じゃお願いするよ。俺、いやレイテアちゃんの目は当分ダメっぽい」


 今も涙が溢れて止まらない。


「少々荒っぽく移動します。しっかりと私に掴まってください」


 エミサの身体が一回り大きくなり、腕は銀色の毛に覆われる。顔も既に狼のそれに近くなっている。


「行きますヨ」

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