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西浜防衛戦

第3話 西浜防衛戦 ~麻乃 1~

 堤防の上に立ち、海岸を振り返った麻乃の目に飛び込んできたのは、これまでに見たことがない数の戦艦と、船からこぼれ落ちるように砂浜に降り立ったロマジェリカ国の兵だった。


 麻乃が隊長として受け持っている部隊は第七部隊。隣には第四部隊が立ち並んでいる。第四部隊は修治が隊長だ。

 西浜、南浜、北浜の各詰所で、敵国の襲来を阻むために待機する部隊の組み合わせは、一番巫女であるシタラの占筮せんぜいによって、吉凶をみて取り決められていた。麻乃と修治の部隊は、ほぼ毎回と言っていいほど一緒の組になっている。

 ほかの誰と組むことになってもうまくやれるつもりでいるけれど、昔から一緒に過ごしてきた修治とくむことで、わずかな不安もかき消され、心強さを感じていた。


 とは言え、今日の敵襲はいつもと大きく違う。

 とにかく敵兵の数が多い。

 海を渡ってくるせいか、いつもは一万には及ばない程度の数だったのが、今日はゆうに一万を超えている。


「なんだ……? 今日はやけに多いな」


「うん、多いねぇ」


 唖然とした顔で呟いた修治に、麻乃はざっと海岸を見渡して答えた。


「予備隊は?」


「今日は北浜で朝からジャセンベルと交戦中みたい。残りは南浜と中央。あたしらだけじゃキツイかな?」


「ふん……まぁ、大したことはないだろう。腕の見せどころだな。銃や弓隊はいないようだし、さっさと散らしてお帰りいただこうか。麻乃、おまえのほうは左手をたのむ。俺たちは右手に向かう」


「わかった。じゃ、あとで」


 後ろに控えている隊員たちを振り返り、海岸の左手を守る指示を出して堤防から飛び降りた。向かってくる敵兵を前に臆するものは一人もいない。


 ――堤防の向こう側へは、決して敵兵を通さない――


 いつでも隊員たちの誰もが強い思いを抱いて戦い続けている。


(今日だって、兵数は多いけど……)


 麻乃と修治の部隊なら、単純に一人当たり百人を倒せばいいと考えれば、苦戦を強いられることはないだろう。

 現に麻乃の周りにいる隊員たちは、次々と敵兵を斬り伏せている。

 敵兵は数が多いだけで動きは素人同然、やみくもに武器を振り回しているだけに見える。


(武器も使い古したやりびた剣と斧ばかりじゃないか)


 ただ、防具だけは妙に厚手の胴衣を巻いていてバランスが悪く、なにか不自然な気がした。

 周囲の敵兵を斬り倒した麻乃は、もう一度、海岸に視線を走らせた。

 ロマジェリカの襲撃のときには必ずと言っていいほど、前線まで出てくる強者や指揮官の姿が見えない。


(こいつら……一体、誰が指揮をとっているんだろう?)


 これだけの兵数に対して指揮官が一人もいないのは、どう考えてもおかしい。

 いつもとは違う部隊なのだろうか?

 仮に違う部隊だったとしても、指揮官くらいはいるはずだ。


 開戦から時間が経ち、麻乃だけでも七十の兵を倒しているけれど、敵兵が減ったように感じない。足もとが重くもつれるような感覚に、疲労だけが重なっていくようだ。

 傍らで敵兵を相手にしていた隊員の川上が、突然、麻乃の背後に寄り添ってきた。


「隊長! こいつら変です!」


「変? なにが……」


 手にした刀を構え直し、ひどく焦った様子の川上を振り返ると、その足もとに転がっていた敵兵がむっくりと起き上がった。


 喉から溢れ出た血が、その胸もとを濡らしている。それはどう見ても致命傷で、普通であればこと切れているはずなのに、武器を振りかぶって近づいてくる。同じように周辺でも、倒れた敵兵たちが何人も起き上がりはじめた。


「なんだ……こいつら……」


 戸惑う麻乃に向かって伸びてくる敵兵の腕を、川上が次々に斬り落としていく。背後から斬りつけてきたのを、身を低くしてかわし、回り込んですり抜けざまに胴を斬り払った。

 深く食いこんだ刃と吹き出す血しぶきに、明らかに命を絶った感触が伝わってくるのに、また、起き上がってきた。

 余りにも異様な光景にこらえ切れなかったのか、川上が嘔吐した。


(死んでない……死なないっていうのか? さっきからロマジェリカの兵が減った気がしないのはこのせい?)


 斬り払ったままの格好で呆然としていた麻乃の手に、生温かいものが滴ってきた。刀身を伝ってつば鍔を濡らし、柄糸にまで染みているのは、血ではなく透明な液体だ。濡れた指先をすり合わせると、ぬるりとした感触だ。


「血……? じゃあない……油だ……」


 たった今、斬ったばかりの胴衣からジワリと染みだして砂浜を湿らせている。足もとが妙に重く感じていたのは油で濡れた砂のせいか。


 奇妙な敵兵はどういうわけか、麻乃の周辺に群がってくる。小柄な体を生かして敵兵の腕を掻い潜り、今度は膝下あたりから足を斬り落とした。

 敵兵は足を失って立ち上がることができずに、ただ、もがいている。


「川上! 足だ! 足を落として動きを止めるんだよ! 誰か! 伝令を! 起き上がる兵は足を狙うように!」


 倒しても倒しても向かってくる敵兵に苦戦を強いられている川上だけでなく、周辺の隊員たちにも行き届くように大声で指示を出した。


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