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第4話 西浜防衛戦 ~麻乃 2~

 麻乃の指示で足を攻撃された敵兵たちは、立ち上がることができずにジタバタともがくだけに留まっていた。そのおかげで、ようやく海岸を埋める人影が少しずつ減って見える。気持ちに余裕が出てくると、今度は修治のことが気になってきた。


(修治は……? 修治も敵兵がおかしいことに気づいているはず……)


 その姿を探して足を止めた瞬間、麻乃は背中に殺気を含む視線を感じた。

 耳もとに息づかいを感じるくらい近くに誰かが立っている……そんな錯覚を起こさせるほどの強い視線だ。


 振り返ってみても、もちろん誰もいない。

 混乱した戦場から波打ち際へ、そしてロマジェリカ国の戦艦の一隻に視線を移したとき、誰かの視線とぶつかった。


(あたしを見ている……?)


 その視線に気づいた瞬間、周囲の喧騒がかき消え、背筋を冷たい汗が伝った。

 姿が見えるわけでもなく、向き合っているわけでもないのに、深く青い瞳が麻乃をジッと見つめているのがわかった。


 全身が泡立つような感覚に、神経が張り詰めていく。

 目を細めてロマジェリカの戦艦を睨み、それがなんなのか確認しようとした瞬間、戦艦から一斉に弓が放たれたのが見えた。


「弓隊はいないと思っていたのに……!」


 緩やかな弧を描いて真っ赤な塊が近づいてくる。


「……火だ!」


 威力はなくとも先端に火のついた矢は、標的を選ばず砂浜や敵兵にも突き立った。あの不自然な胴衣には、全て油が染み込んでいたのだろう。

 砂浜に滴った油を介して急速に燃え上がり、あっという間に海岸沿いが炎で埋め尽くされていく。


(火をかけた! まだ生きている兵もいたのに……味方だろうに!)


 敵兵のこととはいえ、あまりの仕打ちに憤りを感じるけれど、今はそれどころではない。両腕で熱と煙を避け、炎で囲まれた状況をどう判断するか迷っていると、修治の怒号が麻乃の耳に届いた。


「退けーっ! 海岸沿いから離れろ! 堤防側へ向かえ!」


 修治の指示に弾かれたように、近くにいた隊員たちは堤防へ向かって走り出した。砂浜の炎は壁のように広がり、波打ち際を伸びていく。


 海側にいた隊員たちの何人かが、炎を越えてこちら側へと転がり出てきた。麻乃はすぐさま駆け寄ると、上着を脱いで隊員たちの服についた火を叩き消した。麻乃自身の袖口にも油が染みていて、火が燃え移ったせいでやけどを負っている。

 勢いよく燃え上がる炎と黒煙に包まれて、しっかりと確認ができないけれど、体についた火を消すために海へ飛び込んだ隊員もいるようだ。


「隊長! これ以上は危険です! いったん、堤防へ退いてください!」


「あたしはいいから! あんたたちが先に……」


 隊員の小坂こさかに答えたのと同時に、炎の向こうから悲鳴に近い叫び声が響いてきた。敵艦からさらに弓矢が放たれたようで、麻乃と小坂の足もとに矢が突き立ち、慌てて飛び退いた。

 煙と熱気で視界が悪く、掴みなおした刀で矢を打ち払うだけで精一杯で、この場から身動きが取れない。

 炎を通しても、かなりの本数が麻乃たちのもとまで届いていることを考えると、海側にいる隊員たちはもっと多くの矢を受けているだろう。状況も見えず、助けにも行けず、なにもできないことに焦れているのに、麻乃の身体は思うように動いてくれない。


「麻乃っ!」


 呼び声に振り返ると、斧を振り上げた敵兵が麻乃の背後に迫っていた。咄嗟に構えるも刀を弾き飛ばされた上に左肩を斬りつけられて、生温かい血が腕を伝った。


(反撃しなければやられてしまう……!)


 腰に帯びたもう一刀の柄を握り、ハッと我に返った。


(駄目だ……これは炎魔刀えんまとう……!)


 帯刀しているのは麻乃の母親の形見だけれど、麻乃はこの刀を扱うことができない。目の前の敵兵は虚ろな目のまま斧をゆっくりと振り上げた。

 直後、麻乃の右肩を掴んだ手に引き寄せられ、倒れるようにしてなにかに凭れかかった。顔の横から空を切って誰かの腕が伸び、正面の敵兵が吹き飛んだ。


「麻乃、大丈夫かい?」


「穂高! どうしてここに……」


 肩を引き寄せたのは、麻乃と同じ蓮華で第八部隊隊長である上田穂高うえだほだかだった。穂高は上着の袖を裂いて麻乃の肩口を強めに縛り、落とした刀を拾ってきてくれた。


「西詰所の監視隊から中央に連絡があったんだよ。敵艦の数が多いってね。俺と梁瀬さん、今日は休みで中央にいたから連絡を受けてすぐに来たんだ」


「そうか……ありがとう、本当に助かったよ」


 第八部隊の隊員たちが加勢してくれたことで、一気に敵兵の数が減って見えるし、なによりも怪我を負った隊員たちを堤防まで速やかに撤退させることができている。


「急いで来てみて良かったよ。それより、敵兵の様子がおかしいって?」


「そう! あいつら、斬り倒しても起き上がってくるんだよ……」


 喉から血を溢れさせても立ち上がる敵兵を思い出しながら、穂高に話した。


「うん、梁瀬やなせさんがね、敵兵はなにか術にでもかけられているんじゃないか、って言っていたよ」


「術……? そうかもしれないけど……確実に仕留めたはずなのに起き上がってくるような、そんな術があるのかな?」


 穂高はまだ止まない弓の攻撃を、器用に槍で払い落とした。


「起き上がってくる? それで足を狙っているのか。それにしても……仕留めても起き上がってくるっていうのは一体……」


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