「シア、朝だよ! おはよー!」
朝、カレアムの声で目が覚めてあぁ昨日の出来事は夢ではなかったんだと思いながらのそのそと起き上がった。
「よく眠れた?」
「おはよ。ぐっすり眠れたよ~」
ここ最近家だとあまり眠れていなかったから、久しぶりに安眠出来た。カーテンを開ければ相変わらず雨は降り続いている。
「海、綺麗だなぁ」
「シアは海が好きなのか?」
「うん、海に限らず自然が大好きだよ~」
私が住んでいた家の周辺は、割とごちゃごちゃとしている地域で綺麗な物が少なかった。だから、時々見る海や山といった自然に私は癒される。
「ここにはもっと綺麗な景色があるから、今度見せてもらうと良いよ!」
「楽しみだな」
そんな会話をしながら私は、ネグリジェから綺麗な洋服に着替えてカレアムと共に部屋を出た。城内は、朝も夜もあまり雰囲気は変わらない。綺麗なのだけれど、少し空気がじめじめするし暗い気がする。
「おぉ、おはよう!」
階段を降りる所で、アルトリウスさんと一緒になった。
「おはよう!」
「昨夜はよく眠れたか?」
「うん、おかげ様でぐっすり。家よりも良く眠れちゃった」
「ははっさすがだな」
「私ってそんなにすごいの?」
「あぁ、すごい。まあ、その辺の話も後でしよう。朝一番にすることはまず飯だ!」
廊下を歩き、辿り着いたのは昨日食事をした場所の隣にあるキッチンだった。私は特にやることがなかったので、アルトリウスさんが料理をしている所を見させてもらった。
「魔法で作ってるんじゃないんだ!?」
「あぁ。料理には、魔法を使いたくないんだ。料理に大事なのは、想いだからな」
そう言いながら楽しそうに、人間と同じように料理をするアルトリウスさんを見てふと恋人のライリーのことを思い出した。私が急にいなくなって、心配しているだろうか。今日からご飯はどうするのだろうか。ライリーは料理は出来ないから、少し心配だ。
「知らない、知らない!」
私は首を振って、忘れようとした。
「どうかしたか?」
「ううん、何でもない。私も何か手伝うよ」
「そうか? なら、ポットにお湯を沸かしてもらっても良いか?」
「うん!」
それから、しばらくすると良い匂いがしてきて匂いに誘われたかのようにナダリアさんが起きて来た。
「おはよ~~わ~シアちゃん、お洋服似合っているわね!」
「おはよう! そうだ、洋服たくさんありがとう! サイズぴったりでびっくりしちゃった」
「あたしの得意な魔法なの。好きだなぁと思った人に合うサイズ、デザインの服をすぐに用意出来てしまうのよ」
「すごいな~~」
そんな会話をしながら、私とナダリアさんは先に席に着いた。料理には魔法を使わないけれど、配膳は魔法に頼るそうだ。
「フィオリスさんは良いの?」
豪華な朝食が綺麗に食卓に並べられても彼は現れそうにない。結局、昨日最初に会った時以来姿を見てはいなかった。
「あぁ、あいつは起きるの遅いから放っておいて良いんだ。起こそうとしたら怒られるしな」
「そうなんだ」
「気にせずに、食事にしましょう! いただきます」
ナダリアさんの掛け声と共に、私たちは食事を始めた。朝食はパンを主食にホテルのバイキングみたいなおかずがたくさんあった。
「これってジャム?」
私が指さしたのは、私たち人間が使っているのと同じような形の瓶には入っているけれど色が虹色のジャムのような物。キラキラと輝いていて、まるで宝石のようだ。
「そうよ。この島に実る魔法の果物から取ったジャムなの。食べると幸福になれると言われているわ」
「素敵! たくさんつけちゃおう~」
虹色のジャムが乗ったパンは、とても神々しく見えた。
「んんん~~おいしい~~」
普通の人間ならば、抵抗しそうな見た目の色だけれど私は何の抵抗もなく美味しく食べられた。
「色んな物食べてきたつもりだけど、まだまだ知らない味がたくさんあるんだなぁ」
「そりゃあそうだろ。人間界には存在しない物だからな! こんな色のオムレツも存在しないだろ?」
そう言ってアルトリウスさんが指示したのは、水色のオムレツだった。
「幻想的な色! それがオムレツなの!?」
「あぁ、食べれば信じてもらえるはずだ!」
オムレツと言えば黄色以外には思いつかない。水色のオムレツを口に入れると、確かに広がる味は良く知るオムレツの味だった。
「ほんとだ……」
「だろ!?」
「魔法で何かしてるわけじゃないんだよね。それでこの色になるって不思議……」
「ここには言葉では表せられない不思議なものがたくさん溢れているから、ぞんぶんに楽しんで行ってくれ」
その言葉がとてもありがたかった。ここ最近、ずっと苦しかったから昨日から今日にかけて久しぶりに心が軽くなっている。
「今日は、特別な場所であたしたちの話もちゃんとするわね」
「特別な場所?」
「えぇ。楽しみにしていてね」
「うん!」
それから楽しく美味しい時間は過ぎていき、2人は朝のやることがあるから少し待っていてと言われた。私は、ぶらぶらと城内を散歩してみることにした。扉がたくさんあって、ワクワクする。勝手に開けない方が良いのだろうことは分かっていたので、開けはしなかったけれど1Fの1番奥の部屋の扉が少し開いていて、私はこっそり覗き込んだ。
「あ……」
そこには、出窓に座りぼんやりと外を眺めているフィオリスさんがいたその姿は、何だかとても儚くて、今にも消えてしまいそうな……そんな風に感じた。
「フィオリスさん」
私が小さく呼びかけると、フィオリスさんはようやくこちらに気が付き怪訝そうな顔をした。
「……お前、まだいたのか」
「実は、しばらく住まわせてもらうことになりました。よろしくお願いします」
「……」
フィオリスさんは、何とも言えない表情をしていたけれど帰れとも出ていけとも言わなかった。彼は、魔法使いなのだから本当に嫌であれば私を追い出すことなんて容易いはずなのにそれをしない、ということはそこまでするほどではないのだろうか。
「私、シアって言います。18歳の平凡な人間です。フィオリスさんとも仲良くできたら良いなぁって思っています!」
「あ、シアいた! アルトリウスとナダリアが呼んでるよ!」
「分かった、今行く!」
カレアムに呼ばれて私は、フィオリスさんにお辞儀をしてからその場を去った。
「もしかして、フィオリスに会ってた?」
2人の元に行くと、ナダリアさんにそう聞かれた。
「え! 何で分かったの!?」
「フィオリスの匂いがしたから~」
「えぇ、すごい」
「嫌な事されたり、言われたりしなかった?」
「全然! 私が一方的に自己紹介してきただけ」
「も~つれないわね……」
「仕方ねーだろ。あいつは人間が苦手だからな」
切なそうに、アルトリウスさんは言った。
「人間が苦手……?」
魔法使いが怖い、と感じる人間がいるようにフィオリスさんは人間が怖いのだろうか。
「まあ、その話もこれからするからさ。こっちに来てくれ」
アルトリウスさんに促されて、私は2人の後を着いて行った。昨日は訪れなかった3階まで階段で登り、その廊下の1番突き当りで立ち止まった。アルトリウスさんが手を翳すとそこに、突如扉が現れた。
「扉!?」
「ふふ、驚くのはまだ早いわよ」
ナダリアさんがそう言う横で、アルトリウスさんが扉を開く。開かれた扉の先には、キラキラとした空間が広がっていて……ナダリアさんに手を引かれながら、私はその空間に足を踏み入れた。
扉が閉まると、そこには辺り一面、色とりどりのお花畑が現れた。
「うわー!!! 素敵!! 何ここ!?」
「魔法で創り出した空間だ。だから、ここは雨が降っていないんだ」
「アルトリウスって、こんな見た目なのにロマンチックな魔法が使えるのよ」
「見た目は関係ないだろ~~」
「アルトリウスさんの魔法ってところが、ギャップがあって素敵だと思う! ほんとに久々に太陽を感じてる……」
もう5年、太陽を感じられていないから今すごく幸せだ。太陽って時には痛いくらい暑かったけれど、失って初めて大切だったんだと実感している。
「太陽は、どうしたら戻ってくるのかなぁ」
私は、花畑にしゃがみこみ花に触れながら聞いた。
「この国のエネルギー源が俺たち魔法使いだってのは知ってるか?」
隣に腰を下ろしてアルトリウスさんは、言った。
「うん。この国を生かすも殺すも魔法使いたちの自由だって聞かされて育ったよ」
「生かすも殺すも、か……まぁ、普通の人間は魔法使いを恐ろしいものとして思うよな」
「そういう人のが多いけど、でも私はみんなと出会う前からずっと魔法使いってそんなに怖いものなのかなって疑問に思ってたよ」
5年前、雨が降り続くようになるまではこの国はとても平和だった。人間同士の争いもなければ、魔法使いが襲ってくることだってなくて、私たちは穏やかに日々を生きていた。
「魔法使いなんだから、私たちを亡き者にしたければいつだって出来るはずなのにしないってことはそんな悪くないんじゃないかって私は思ってたんだ」
「シアは、ほんとに良い子ね」
ナダリアさんはよしよしと私の頭を優しく撫でた。その手は、人間と同じで暖かかった。
「も~子ども扱いしないでよ~」
「あたしから見たら、子どもよ。人間がみんな、シアみたいに思ってくれたらフィオリスも傷つかなかったのにね……」
「そうだな……」
「フィオリスさんは、人間に傷つけられたの?」
「あぁ、あいつが人間が苦手なのは5年前、裏切られたからなんだ」
「5年前……」
それは、この国に雨が降り続くようになったのと同じ年……。
それから、ぽつぽつと語られたフィオリスさんの過去は悲しい話だった。