「フィオリスは、5年前シアと同じく干潮時に迷い込んできた人間の少女と恋に落ちたんだ」
少女の年齢は、私よりも小さくてまだ10歳だったそうだ。私と同様、好奇心旺盛な子でどんな物も食べたし珍しい物を怖がったりもしなかったみたい。だけど、少女は私と違って家出をしてきたわけではないから、次の日の干潮時に帰らないといけなかった。
「でも、一晩共に過ごしただけで少女もフィオリスも気があって離れがたくなってしまっていたんだ」
少女は街へ帰りたくないと言ってフィオリスも、ここにいてくれたら嬉しいと答え共に暮らすようになった。
「しばらく良い時間が続いていたのよ。だけど、マナリス島には時々悪い魔法使いが襲ってくることがあってね……」
フィオリスと少女が、海岸で遊んでいる時に敵が少女に襲い掛かったらしい。フィオリスはすぐに敵に強い魔法を使って、やっつけたようだ。
「少女は怖くなっちまったんだろうな。今まで優しいフィオリスしか見ていなかったから」
「守ってくれたお礼も言わないで、ちょうどその時干潮時で陸が出来ていたから逃げるように島を出て行ったのよ」
「ひどい……」
もし、私が少女の立場なら絶対にそんな行動はしないのに。助けてもらったら、お礼をいうのが当たり前でしょう。自分が好んで傍にいたのに、怖くなったから逃げるだなんて……。
「ひどいだろ。しかも、その後もひどかったんだ」
「その後……?」
「少女は街では行方不明扱いになっていたから、突然帰って来て驚かれたらしい。今までどこにいたんだと親に問われて、正直にマナリス島の魔法使いの城にいたって言ったそうだ」
幼い少女はしっかりと状況を説明できるはずもなく、それだけを聞いたら大人は少女が魔法使いに攫われて監禁されていたと勘違いをした。マナリス島の魔法使いは、恐ろしい。子どもが攫われると噂をされるようになったようだ。
「フィオリスさんも2人も何も悪いことをしていないのに……」
私が子どもの頃から聞かされている話しはきっと、その時の出来事によって広められた噂なのだろう。
「ね………そんなことがあったものだから、フィオリスは人間が苦手になったし、愛や恋といった感情を失ってしまったのよ」
「マナリス島から出ているエネルギーのほとんどは、フィオリスの力なんだ。フィオリスの感情が1つでも欠けると国に影響が出ちまうってことが、その事件によって知ったんだよな」
言葉が出なかった。私が聞かされてきた話しは全部嘘だ。この国を生かすも殺すも魔法使いたちの気持ち次第、なんて言われていたけれど全然違う。
好きで雨を降り続けさせているわけではないんだ。そうさせてしまったのは、人間のせい。
「……ごめんなさい」
やっとの思いで出たのは謝罪の言葉だった。
「シアが謝ることはない」
「でも、私勝手にこの雨は故意で降らせているんだって思ってた。全部、人間が悪かったんだね」
噂というのは怖い。良いことも悪いことも正確な情報は伝わってこない。だけど、みんながそう言っているからと信じてしまうんだ。
「仕方ないさ。魔法使いという存在はそういうものだ。だけど、俺たちは諦めたくなくて誰か良い人間が来てくれないかと期待していたから、シアはここに簡単に入り込めたんだ」
「やっぱり、そうだったんだね。すんなり入れるなーって思ってた」
「でもね、シアみたいな人間はなかなか現れなかったのよ。フィオリスが人間が苦手になってしまったから、どうやらこの島には人間が嫌う空気が自然と出ているみたいなの。シア以外の人間は、城に入ってくるなんて出来なかったわ」
私は、もしかしてあの時感じたものかなと思い当たることはあった。島に近づくにつれて少し変わった空気感になってはいた。だけど、嫌な感じはしなかったのだ。
「そう、だったんだ。何で、私は大丈夫なんだろ……」
「それは俺たちにも分からないが、とにかく驚いたんだ。5年間ずっとダメで諦めかけていたからやっとチャンスがきてくれたってな!」
キラキラとした瞳を私に向けてアルトリウスさんは言った。何となく私は、これから何かを頼まれるのだろうなと感づいてはいた。
「こんなこと頼むべきではないって分かってはいるのよ……でも、」
「フィオリスに、愛という感情を取り戻す力になってくれないか」
「それは、私にフィオリスを好きになって欲しいってことだよね?」
「あぁ。ありえないことを言っている自覚はある。だけど、シアにしか頼めないんだ」
真剣な表情でお願いをしてくる2人を見て、私は少しだけ悩んだけれど良い機会だとも思ってしまった。まだ、ライリーとは別れてはいないけれど戻ったとしてももう前みたいな関係に戻れるような気はしていない。ライリーは良い人だから、私みたいな面倒な女よりもライリーの優しさを全部受け止められる人と一緒になった方が良い。
そんな風に思っていた。
「良いよ!」
「ほんとか!?」
「ホントに良いの?」
「うん。まあ、フィオリスさんが私を好きになるかは分からないけど、私はフィオリスさんと恋をしてみようと思う!」
恋をしてみる、というのは変な言葉だ。だけど、そういう変なのも面白いかもしれない。だって、私は平々凡々な毎日に嫌気が指して家出をしてきたのだから。魔法使いと恋をする、だなんて最高に楽しそうだ。
「シアちゃん、ありがとう!!」
「本当に感謝してもしきれない。困った事があれば何でも言ってくれ」
「ありがとう! フィオリスさんと仲良くなれると良いなぁ」
現状、望みが薄すぎるけれど良い方向に変えていけたらと願いながら美しい花畑を眺めた。
それから、城の中に戻り雨が降り続く外を見て切なくなった。魔法で創り出した空間は、あんなにも美しかったのに。この降り続く雨は、フィオリスさんの悲しみを表しているのかもしれないなと過去の出来事を聞いた後だと思ってしまう。
「シアちゃん、もし良かったらこの後お茶でもしない?」
「ぜひ!」
ナダリアさんの部屋で、私たちは女子会をした。ナダリアさんの部屋は、とても綺麗で見た目が綺麗だと部屋も綺麗になるのだなぁなんて思った。
「どうぞ、お口に合うと良いのだけれど」
「ありがとう! 綺麗な色~」
頂いた紅茶は、レモングラスのハーブティーだった。
「おいしい……」
「良かった。お茶会に誘ったのはね、アルトリウスがいない所で聞きたいことがあったからなの」
「聞きたいこと?」
「シアちゃん、今もしかして恋人がいるのかなって思ってね……」
「あーバレてたかぁ」
さすがナダリアさんだ。女の勘は鋭いというものだろうか。このまま触れられなければ黙っていようかなと思っていた。別に話す必要はないと思ったから。
「恋人がいるのに、フィオリスと恋をしようとして良いのかなって」
「良いの! 確かに恋人はいるんだけど……彼との関係が嫌になっちゃって家出してきたようなもんなんだよね。別れた訳ではないけど、たぶんもう前みたいには戻れないし、今度会った時にはちゃんと別れ話をしようと思ってる」
今度はいつになるかは分からないけれど。
「そうなのね。シアちゃんが良いのなら良いのだけど」
「うん、ありがとうナダリアさん。でも、フィオリスさん難しそうだなぁ」
ハーブティーをひと口飲んで私はそう呟いた。まだ2回しか会っていないし、その2回ともが無愛想で不機嫌そうだった。
「……そうね。でも、5年前の出来事が起きる前までは明るかったのよ。よく、アルトリウスとくだらないことでじゃれ合ったりしていたわ」
「想像できない……!」
フィオリスさんはずっとああいう感じなのかと思っていたけれど違うんだ。
「そうでしょう? フィオリスってね、ちょっと複雑な家庭で育ったから少女からの想いや少女と過ごしていた時間が本当に特別で楽しい時間だったのだと思うのよ。そんな時間を裏切られたら殻に閉じこもってしまっても仕方ないわ」
「複雑な家庭……?」
私がそう問いかけた時、バンッと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。
「ナダリア、シア。しばらく外には出ずここにいて欲しい」
アルトリウスさんは、静かに言った。
「何かあったのね」
「あぁ。フィオリスを悪く思う人間たちが来てて……今、フィオリスが対応してる」
「何? どういうこと?」
「時々起きることなんだ。外を見たら分かる」
私は窓の外を見た。そこでは、城の前で武器を持った人間たちがフィオリスさんを囲っていた。フィオリスさんは襲い掛かって来る人間に自ら手を出すようなことはしなくて、ただ一方的にやられてしまっている。
「助けに行かないと!」
「無駄だ。これは、俺の問題だからって俺たちに助けを求めないんだ。フィオリスは、絶対に自分から人間に手を出すことはしないんだよ。毎回、気が済むまで相手をしてやってる」
「何それ……」
こんなことが今までもあったというの? 私が知らないところで、人間たちは私たちが生きる国を守ってくれている魔法使いを攻撃していたなんてひどすぎる。
「帰って行ったわ」
ナダリアさんの言葉を聞いて、私は部屋を飛び出していた。今すぐにフィオリスさんの傍に行ってあげたくて……。
1階の玄関付近に来ると、少しふらついた足取りのフィオリスさんがちょうど中へ入って来るところだった。