カフェを出た後、三人は夕日に染まる帰り道を歩いていた。
「あ、私この角で曲がるから! またね!」
美羽が手を振って別れ道へ。残された姉弟は沈黙のまましばらく歩いた。
やがて、人気のない河川敷に差し掛かったところで、天音が立ち止まった。
「晴翔...」
「うん?」
「あのね...さっき、本当はどうだったと思う?」
晴翔は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「正直に言うとさ...お姉ちゃん、浮いてたよ」
天音の顔から血の気が引いた。
「やっぱり...」
「でも、一瞬だけだったし、見間違いかもしれない」
晴翔は必死に合理的な説明を探そうとした。でも、はっきりと見た光景は消えない。姉の体が、ほんの一瞬だけど確かに宙に浮いていた。
「晴翔...私、おかしくなっちゃったのかな」
天音の声が震えていた。
「そんなことないよ」
「でも最近、変な夢ばかり見るし...」
天音は自分の手のひらを見つめた。
「今朝も言ったでしょ? 空を飛ぶ夢の話...」
「うん」
「あれ、夢じゃなかったのかもしれない」
「どういうこと?」
天音は河川敷の芝生に腰を下ろした。夕焼けに染まる空を見上げながら、静かに語り始めた。
「三日前の夜、窓を開けて星を見てたの。そしたらね、『もっと近くで見たいな』って思った瞬間...」
「瞬間?」
「気づいたら、屋根の上に立ってたの」
晴翔は言葉を失った。
「最初は夢だと思ったんだ。でもベッドに戻ろうとしたら、フワッて...空に浮いちゃって」
「マジで?」
「うん。怖くなって『下に降りたい』って思ったら、ゆっくり降りられたの」
天音は膝を抱え込み、小さく続けた。
「それから毎晩、同じような夢を見るようになった。欲しいものが手に入ったり、空を飛んだり...でも、夢だと思ってた」
晴翔は姉の隣に座った。
「お姉ちゃん、他にも何かある? 浮く以外に変なこととか」
天音はしばらく考え、それから小さく頷いた。
「ちょっと...やってみる」
彼女は芝生から小さな石を拾い、掌に乗せた。そして目を閉じて集中する。
「お姉ちゃん?」
「しーっ」
数秒後、天音が目を開けた瞬間——石が淡く光り、ゆっくりと宙に浮かび始めた。
「うわっ!」
晴翔は思わず後ずさった。石は天音の掌の上10センチほどの位置で静止し、ゆっくりと回転している。
「これ、どうやってるの?」
「ただ...『浮いて』って思っただけ」
天音の表情には恐怖と不思議さが入り混じっていた。彼女が手を閉じると、石はふわりと彼女の掌に戻った。
「どうしよう、晴翔...私、何かおかしくなっちゃったみたい」
天音の声が震えていた。晴翔は姉の肩に手を置き、精一杯の冷静さを装った。
「大丈夫だよ。一緒に考えよう。きっと何か理由があるはずだ」
「怖いよ...」
「俺がついてるから」
姉弟は夕焼けの中、しばらくそうして座っていた。晴翔の頭の中では様々な可能性が駆け巡る。科学では説明できない現象。でも、目の前で起きているのは事実だ。
「誰にも言わないで...お願い」
天音の切実な声に、晴翔は強く頷いた。
「当たり前じゃん。俺たちだけの秘密だよ」