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第6話

カフェを出た後、三人は夕日に染まる帰り道を歩いていた。


「あ、私この角で曲がるから! またね!」


美羽が手を振って別れ道へ。残された姉弟は沈黙のまましばらく歩いた。


やがて、人気のない河川敷に差し掛かったところで、天音が立ち止まった。


「晴翔...」


「うん?」


「あのね...さっき、本当はどうだったと思う?」


晴翔は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「正直に言うとさ...お姉ちゃん、浮いてたよ」


天音の顔から血の気が引いた。


「やっぱり...」


「でも、一瞬だけだったし、見間違いかもしれない」


晴翔は必死に合理的な説明を探そうとした。でも、はっきりと見た光景は消えない。姉の体が、ほんの一瞬だけど確かに宙に浮いていた。


「晴翔...私、おかしくなっちゃったのかな」


天音の声が震えていた。


「そんなことないよ」


「でも最近、変な夢ばかり見るし...」


天音は自分の手のひらを見つめた。


「今朝も言ったでしょ? 空を飛ぶ夢の話...」


「うん」


「あれ、夢じゃなかったのかもしれない」


「どういうこと?」


天音は河川敷の芝生に腰を下ろした。夕焼けに染まる空を見上げながら、静かに語り始めた。


「三日前の夜、窓を開けて星を見てたの。そしたらね、『もっと近くで見たいな』って思った瞬間...」


「瞬間?」


「気づいたら、屋根の上に立ってたの」


晴翔は言葉を失った。


「最初は夢だと思ったんだ。でもベッドに戻ろうとしたら、フワッて...空に浮いちゃって」


「マジで?」


「うん。怖くなって『下に降りたい』って思ったら、ゆっくり降りられたの」


天音は膝を抱え込み、小さく続けた。


「それから毎晩、同じような夢を見るようになった。欲しいものが手に入ったり、空を飛んだり...でも、夢だと思ってた」


晴翔は姉の隣に座った。


「お姉ちゃん、他にも何かある? 浮く以外に変なこととか」


天音はしばらく考え、それから小さく頷いた。


「ちょっと...やってみる」


彼女は芝生から小さな石を拾い、掌に乗せた。そして目を閉じて集中する。


「お姉ちゃん?」


「しーっ」


数秒後、天音が目を開けた瞬間——石が淡く光り、ゆっくりと宙に浮かび始めた。


「うわっ!」


晴翔は思わず後ずさった。石は天音の掌の上10センチほどの位置で静止し、ゆっくりと回転している。


「これ、どうやってるの?」


「ただ...『浮いて』って思っただけ」


天音の表情には恐怖と不思議さが入り混じっていた。彼女が手を閉じると、石はふわりと彼女の掌に戻った。


「どうしよう、晴翔...私、何かおかしくなっちゃったみたい」


天音の声が震えていた。晴翔は姉の肩に手を置き、精一杯の冷静さを装った。


「大丈夫だよ。一緒に考えよう。きっと何か理由があるはずだ」


「怖いよ...」


「俺がついてるから」


姉弟は夕焼けの中、しばらくそうして座っていた。晴翔の頭の中では様々な可能性が駆け巡る。科学では説明できない現象。でも、目の前で起きているのは事実だ。


「誰にも言わないで...お願い」


天音の切実な声に、晴翔は強く頷いた。


「当たり前じゃん。俺たちだけの秘密だよ」


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